翌朝、姉の店へ行くと、入口の自動ドアに紙が貼ってあった。開きにくいときは一歩下がってください、と丸い字で書かれている。僕が言われたとおりに下がるより早く、奥から姉が出てきて、手でドアを押し開けた。
「重いんだよ。人を選んでるみたいになる」
店の壁には、写真を入れていない額が並んでいた。細い銀色のもの、木目を塗って作った茶色のもの。カウンターの下に古いフィルムの箱が飾ってあり、その上ではスマートフォンから写真を送るための説明が小さな画面を流れていた。姉は僕を奥の作業台へ案内し、客が来たら少し待っていて、と言った。

母の写真を見せてもらうつもりだった。家にもアルバムはあったが、姉が使いたいと言ったものは、全部こちらへ持ってきていた。店主の了解を得て、仕事の合間に傷や変色を確認しているのだという。直すといっても母を美しくする作業ではない。端にひびが入った紙から画像を取り込み、失われていないものまで消さないように拡大して見る。
「この辺に傷があるでしょう。枝なのか傷なのか、元を知らないと判断しにくい」
姉が画面を示した。母が橋の上に立っている。三十代の母だった。袖を肘までまくり、水筒を持った手を欄干へ置いている。写真の端には僕の帽子だけが写っていた。橋の向こうにある木の枝と、紙の擦れた線が重なっていた。
「描いて足しちゃだめなの」
「やるときもある。でも、お母さんのこの写真ではしたくない」
僕はそうか、と言った。僕の仕事では、邪魔な電線を一本減らすことがある。曲がり角の見え方を分かりやすくするために、現実には見えていない建物の側面を少し描くこともある。何のための絵かが明らかなら、その方が親切な場合がある。姉が作業しているものには、同じ理屈を持ち込めなかった。
写真は二十枚ほどあった。母が食卓にいるもの、海辺で靴の中の砂を出しているもの、親戚の家の犬を膝へ乗せたもの。最後の山行の日に撮ったものは四枚しかなかった。一枚は登山口の掲示板。一枚は道の下でしゃがんでいる僕。三枚目には杉のあいだを歩く姉の赤い上着があり、四枚目は枝に光が当たった、何を写そうとしたのか分からない写真だった。
「この日は、お母さんがカメラ持ってたんだっけ」
「最初はね。途中で私にくれた。荷物を直すからって」
「だから写ってないのか」
姉は返事をしなかった。母のいない四枚の写真を、撮った順に並べ直した。姉の上着を撮った写真の右下に、黄色い布がわずかに写り込んでいた。カメラを構えている母の袖なのだと思う。姉は黄色い布のところで指を止め、写真を一枚増やすことはしなかった。
店のベルが鳴った。年配の男の人が封筒を持って入り、免許の更新に使う写真はここでいいのかと聞いた。姉は奥の丸椅子を出し、上着の襟を整えたいか尋ねた。相手の眼鏡が光を拾うので椅子を少し動かし、今の表情でもう一枚だけ、と声をかけた。そのあいだ僕は、母の袖の黄色を拡大した画面の前で待っていた。
姉は人の顔をよく見る仕事をしていた。相手が笑いたいのか、笑いたくないのか、急いでいるのかを、僕よりずっと早く見分けた。客が帰ったあと、姉はさっきの人は十年前にも来た、と言った。覚えていたのではなく、前の写真を封筒に入れて持ってきたから分かったらしい。
「写真って、持ってきた人が自分の説明をしなくてよくなることがあるんだよ」
姉はそれだけ言い、母の写真を閉じた。
午後、父に頼んで、押入れの資料を出してもらった。前日に姉が古賀さんと会うと言った「明日」は、先方の都合で七日に変わった。空いた一日を、僕は図の材料を集めるために使うことにした。まだ、ほかの理由を言う必要はなかった。
資料は透明な衣装箱に入っていた。茶封筒、新聞の切抜き、山の略図、誰が置いていったのか分からない名刺。箱の底に、母の勤務先から届いた手紙が数通あった。旅館の洗濯場で働いていた母へ、同僚が近況を書いたものだった。家族への見舞いの言葉より、直った乾燥機や、辞めた従業員についての話が長かった。
僕は一通を読んだ。新しく入った人が母の棚を使うことになった、と書いてあった。残していたゴム手袋は片方に穴があったので処分した、そのことで怒らないでね、と続いていた。母が家の外で誰かを怒ったことを、僕はほとんど想像したことがなかった。山へ消えた母を思い出すとき、いつも、こちらへ何かを言おうとしている顔が浮かんだ。その顔にはゴム手袋を捨てられて文句を言う余地がなかった。
「これ、取っておいたんだ」
「捨てる理由がない」
父は箱の縁に肘を置いた。探すために役立つ紙だけを保管していたわけではなかった。僕は手紙を、捜索の紙とは別に戻した。
捜索資料の中には、僕と姉から聞いた話を父が書き留めた紙があった。公的な調書ではない。誰かにまた同じことを聞かれたとき、混乱しないように父が自分でまとめたものだという。最初の一枚では、待ち合わせ場所が「広いところ」となっていた。次の一枚では「樺平」に直されている。時刻には何度も線が引かれ、最後に丸がついていた。
十月十九日、父の手書き。
千紗は先に北尾根を行った。玲子から、樺平で待つように言われた。
直人は石積みの付近に玲子と残った。そのあと一人で北尾根へ。玲子は、先に行って、すぐ追いつく、と言ったとのこと。
姉弟が樺平で合流した時刻は確定せず。
父は僕の横から紙を見て、よく何度も聞けたものだな、と言った。父は自分の書いた日付を見ていた。
「同じことばっかり聞いた」
「しょうがないよ」
「しょうがない、か」
父は最後の言葉を繰り返した。僕は紙を次へ送るふりをして、父の顔を見なかった。
箱の中に、僕の描いた絵が三枚あった。捜索が始まってから、知っている場所を描いてみてほしいと言われたものだった。一枚目の母は丸い顔で、胸から下が黄色く塗ってある。二枚目では、石積みの隣に母が立ち、僕の方を向いていた。三枚目は学校で描いたらしく、裏に名前があった。やはり母は、こちらを向いている。
「上手くなったよな」
父は今の僕の仕事について言ったのだろう。僕は三枚を重ねて裏返した。どれも違う、とは言えなかった。
夕方、姉が帰ってきて、箱が出ているのを見ると膝をついた。僕の絵を先に取った。端が折れないように両手で持つところが、店で写真を扱っていたときと同じだった。
「私、このお母さんがいちばん好きだった」
姉が選んだのは、石積みの隣にいる絵だった。顔の両側から黒い髪がまっすぐ下り、口が横へ開いている。歯を描くのが難しかったので、口の中は白いままだった。笑っているようにも、何かを伝えているようにも見えた。
「ここにいたんだって分かるから。待ってればよかったんだって」
僕は姉の手から絵を受け取った。紙が薄く、指の影が裏から見えた。写真にいなかった母が、僕の絵ではこちらを見ていた。
姉が自分の部屋へ上がったあと、父は衣装箱を押入れへ戻した。重そうだったので手を出すと、前側を持て、と言われた。二人で持ち上げた箱は、予想より軽かった。二十一年分の全部ではなかった。残す場所を決められたものだけが、ここに入っていた。
[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]
本作はフィクションです。登場する人物・団体・地名・資料・捜索記録は創作であり、実在の登山道案内や安全指針ではありません。挿絵は架空の場面を描いた生成画像で、実際の記録写真ではありません。