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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

黒い三角は空を覆う n+

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今になっても、あのときの空の暗さを思い出すと、胸の奥がざわめく。

私はまだ中学生で、父の車に乗って釣りに出かける途中だった。朝の空気は澄んでいて、林の向こうから鳥の鳴き声が聞こえていたのに、あの瞬間だけは世界の音が吸い取られたように感じた。

林の影から、異様に黒い塊がぬるりと現れたのだ。三角形をしていて、最初はステルス機かと思った。近くに自衛隊の基地があるから、そういう珍しい軍用機を見たのだと自分を納得させようとした。しかし父が運転席から低く唸るように「なんだあれは……」と呟き、車を停めて見上げたとき、胸の中の理屈は一気に吹き飛んだ。

黒い三角は異様に大きく、幅は七十メートルか、百メートルはあるように見えた。しかもかなり低空をゆっくり移動しているのに、音がしない。耳の奥にかすかな振動が伝わるだけだった。エンジン音も風切り音もなく、ただ影だけが空を滑っていく。

ちょうどそのとき、小学生が補助輪付きの自転車で暴走してきて、窓から空を指さした私に気づいた。子供は空を見上げて、意味不明の声をあげた。つまり、幻覚でも見間違いでもなかった。誰かと共有できたことが、かえって不気味さを際立たせた。

その巨大な三角が頭上に差しかかったとき、腹部の中央にトンボの複眼のような丸い模様が浮かび上がった。格子状の網目をしていて、その一部に逆さまの風景が映っていた。森が天地を反転して揺らめき、空が地面に突き刺さるように見えた。まるで世界の裏側を覗かされているようだった。

父は急にハンドルを切り、車を反転させて追跡を始めた。黒い三角は逃げるでもなく、淡々と国道の上空を漂っていく。人も車も多いのに、誰一人としてそれに気づいているようには見えなかった。信号待ちの人々は退屈そうに携帯を弄り、車列は無関心に流れていた。まるで私たちだけが別の次元に取り残されたようだった。

四号線に差しかかったとき、不意に黒い三角は「ぽっ」と消えた。爆発でも加速でもなく、煙すら残さず、そこに在ったものが唐突に無くなった。残されたのは、ただ曖昧な耳鳴りだけ。父は無言でハンドルを握りしめ、私は声を出すこともできなかった。

それ以来、あの出来事は父と私の間だけで語り継がれる秘密になった。釣りの話題のたびに必ず思い出すが、どちらも真相を追求する気力は湧かなかった。ニュースにもならなかったし、写真も残していない。あるのは、あの日の空に浮かんだ黒い影の記憶だけだ。

十年以上経ったある夜、ネットを漂っていて偶然「黒い三角の飛行機」を見たという書き込みを見つけた。全く同じ特徴が書かれていた。静かに漂い、巨大で、境界線が曖昧で、光を反射しない。時には星空を覆い隠し、時には日中の景色の裏返しを見せるという。

胸が凍りついた。あれは私たちだけの幻ではなかったのだ。別の土地、別の時間で、同じものを目撃した者がいた。

その瞬間、背筋を撫でる冷気が走った。思い出すのも嫌なくらいの不気味さが甦ったのは、ただの共感のせいではない。私は確信したのだ。あれは空を移動する単なる「物体」ではなく、人の認識そのものを操る「仕組み」だったのではないかと。

見える者と見えない者。音のない巨体。腹部に映る反転した世界。あれは飛行機ではなく、私たちの知覚の境界を切り裂くための装置だったのだ。

では、なぜ父と私にそれが見えたのか。なぜ小さな子供には見え、大人の群衆には見えなかったのか。理由は今も分からない。ただ、あの三角が最後に消える直前、ほんの一瞬、網目の中心に「私たちの車」が映り込んでいたのを覚えている。しかも、逆さまの車内にいる私と父は、どちらも無表情でじっと空を見上げていた。

その映像が現実だったのか幻覚だったのか、今となっては確かめようがない。けれど、時折思うのだ。あの日以来、私と父はすでに「別の場所」に移されてしまったのではないかと。今の世界そのものが、あの黒い三角の腹に映っていた反転像の中ではないのかと。

だから私は、窓の外を見上げるたびに、暗い空を漂う三角形を探してしまう。そして見つけてしまったら、その瞬間に全てが「元に戻る」ような気がして、心臓がきしむほどに怖いのだ。

[出典:301 :本当にあった怖い名無し:2011/01/31(月) 08:27:47 ID:OsJCGR1o0]

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