伝聞:知人から聞いた話(伝聞)
知人の家の風呂には、魚がいる。
浴槽に水を溜めておくと、気まぐれに現れるらしい。
彼の家の風呂は、特別なところなどなにもない、一般的なものだ。彼が子供の頃にリフォームしたというから、二十年ほど前のモデルだろう。細かな機能面はともかく、構造は今のモデルとそう変わらない。もちろん、魚がうっかり入り込むような構造ではない。
浴槽は、普段は蓋をしている。これは昔からの習慣だ。シャッタータイプの、ごろごろと丸められるタイプの蓋である。
これを開けると、たまに魚が泳いでるらしい。
「どんな?」
「種類はよくわからない」
聞くところによると、銀色で、キラキラしてるらしい。尾やヒレの端が、青みを帯びている。大きさは「昔食べたイワナの塩焼きくらい」というから、まあ、その程度だろう。
その魚は、たまに現れる。特に予兆や条件はない。だから、いると驚く。ぎょっとして見直すと、もういない。
最初は気のせいだと思ったそうだ。だが家族も目撃し、また自分自身も繰り返し見たことで、そうではないと思い直した。
「まあ、それだけといえばそれだけなんだけどさ」
魚はいるが、それだけなのだ。風呂の湯が生臭くなるとか、そういう弊害はないらしい。だから、当初こそ風呂蓋を開けるたびにヒヤヒヤしていたが、そのうち慣れたそうだ。
害がないなら気にならない。
現実的だ。
家族全員そうだというから、そういう家風なのだろう。
「魚が消える瞬間とか、見てないのか?」
「見たよ。慣れれば、そう驚くことじゃない」
慣れた頃に、じっと観察してみたらしい。ちなみに、彼の実験によるとゆっくり開けたときはいない。魚がいるのはある程度勢いよく開けたとき限定だそうだ。
さっと開けて、魚を見る。
魚が驚いたように身を翻す。
そして、とろんと溶ける。
そうとしか言い様のない消え方で、水に馴染んでしまう。
「あれはもともと水なんじゃないかな」
「もともと?」
「そう。それが気まぐれに、魚の形になった。そういうものなんじゃないかと」
「根拠は?」
「ない。勝手にそう思ってるだけ」
ずいぶん飛躍したことを言う、と思ったが、別に議論をしているわけではないので指摘はしなかった。
「……君の家の浴槽は、そういうものが形を持ちやすい場所なのかもな」
「だとしたら、すごいのはメーカーだ。どういうテクノロジーなんだろうな」
「開発に陰陽師でも関わってるんじゃないか」
「そうかもしれない」
そんな冗談を言って、笑いあった。
完全に余談だが、リフォーム前の古い風呂では、こういうことはなかったそうだ。
数時間後、俺は眠りから覚めた。
その話を聞いた翌日の朝、どうにもその魚のことが気になって仕方がなかった。実際に見てみないと納得できない性格だった俺は、早速知人の家を訪ねることにした。友人の家に到着すると、彼の家族に事情を話し、浴槽を見せてもらうことになった。風呂場に入ると、確かに普通の浴槽があるだけだ。俺は勢いよく蓋を開けてみた。
すると、そこには見たこともない美しい銀色の魚が泳いでいた。俺は驚いてその場に立ち尽くしたが、その魚は突然消えてしまった。魚が消える瞬間を目の当たりにしたことで、俺も友人の言っていたことを信じざるを得なくなった。
俺はどうしてもその魚の謎を解明したくなり、図書館やインターネットで調べることにした。すると、江戸時代の古い文献に興味深い記述を見つけた。そこには「水に住む精霊」という存在が描かれていた。その精霊は、時折人間の目に見える形で現れることがあるという。
数週間後、予期せぬ出来事が起こった。
ある日、友人から突然の電話がかかってきた。彼は慌てた様子で「お前に見せたいものがある」とだけ言って電話を切った。何事かと思い、再び彼の家を訪れると、彼の家族全員が興奮気味に待っていた。彼らは風呂場に連れて行き、蓋を開けると、今度は魚だけではなく、小さな古い木製の箱が浮かんでいた。
その箱を開けると、中には古代の日本の文字で書かれた古文書が入っていた。専門家に依頼して解読してもらった結果、それは江戸時代の呪いの一部であることが判明した。その呪いは「水の精霊」を呼び出し、守護者として家を守るというものであった。しかし、時が経つにつれてその力は弱まり、精霊はただの幻影となってしまったのだという。
彼の家がその呪いにかかっていた理由は不明だが、一説によると彼の先祖がその呪いをかけた張本人であったという話もある。こうして、風呂の魚の謎は解明されたが、新たな謎が浮かび上がったのだった。
後日談
その後、友人の家族はその古文書を専門家に預け、詳細な調査を依頼することにした。調査が進むにつれて、さらに驚くべき事実が明らかになった。その古文書は、実は江戸時代の有名な陰陽師が書いたものであり、彼の家系に代々伝わるものであった。
友人の家族は、その陰陽師の末裔であることが判明し、その家には代々「水の精霊」が守護者として存在していたのだという。精霊の存在が弱まり、ただの幻影となってしまった理由は、現代の風呂の使用方法が古代とは異なっていたためであった。古代の風呂は自然の水を使用し、精霊が宿るのに適していたが、現代の風呂は人工的な構造であり、精霊が完全に現れることができなかったのだ。
この事実を知った友人の家族は、古代の風呂を再現し、精霊の力を取り戻すための儀式を行うことにした。専門家の指導のもと、古代の風呂の再現が進み、ついに儀式が行われた。その結果、水の精霊が再び姿を現し、彼らの家を守ることが確認された。
友人の家族は、精霊の存在を大切にし、その力を次世代に伝えることを決意した。彼らの家は再び守護者に守られることとなり、古代の伝統が現代に蘇ったのだった。
こうして、風呂の魚の謎は完全に解明され、友人の家族は新たな絆を築くことができた。しかし、この話を聞いた他の人々は、その不思議な現象が本当に存在するのかどうか、未だに疑問を抱いている。真実は常に目の前にあるとは限らない。
(了)