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祠に手を合わせた日 r+3,110

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ずっと心に引っかかっていることがある。

誰かに聞いてもらいたくて、この話をする。長くなるのを先に謝っておく。

きっかけは、もう四十年近く前のことだ。
両親が離婚し、私は母に連れられて母の故郷の山あいの集落へ引っ越した。人は少なく、ほとんどが顔見知り。スーパーなんてなく、小さな個人商店が一軒あるだけ。山に抱かれた、鬱蒼とした静けさに包まれた場所だった。

同年代の子供は、男二人と女の子が一人。男の子たちはいじめっ子で、私は近づかなかった。けれど女の子――「きーちゃん」と呼ばれていた――とはすぐに仲良くなった。川で沢蟹をつかまえたり、畑の周りで追いかけっこをしたり。彼女は明るく、よく笑った。

ある日、きーちゃんが言った。山に野いちごを採りに行こう、と。
祖父母から、山には獣や妖怪が出るとさんざん脅かされていた私は躊躇した。猪も熊も蛇も怖い。なにより夜な夜な聞かされた「山に棲むもの」の話が頭を離れなかった。だが、きーちゃんは平気そうに笑い飛ばし、どうしても行きたいと譲らなかった。結局、私は根負けしてついて行った。

最初は怖かった。だが山道ですれ違った人がこちらを見て「子供だけで入っちゃいけないよ」と言ったこと、そして何よりきーちゃんが植物や山菜、きのこの種類を教えてくれるのが面白くて、気がつけば私は夢中で山を登っていた。
途中、大きな岩の脇に小さな祠を見つけた。きーちゃんは立ち止まり、手を合わせた。私も真似をした。祠のひんやりとした空気が、今でも思い出せる。

野いちごの群生地にはすぐに着いた。赤くつやつやした実は宝石みたいで、私たちは夢中になって口に放り込んだ。甘酸っぱさが舌に広がり、笑い声が山に吸い込まれていった。
だが、斜面を降りようとしたとき、きーちゃんが足をすべらせ、膝と腕を擦りむいた。赤い血がにじみ、私は急に怖くなった。祖父母に「山に入るな」と言われていたのを破った後ろめたさが胸を圧したのだ。泣きながら帰ろうと訴えると、きーちゃんは渋い顔をしたものの、私につられて引き返してくれた。

その日の夜。祖母と風呂に入りながら、いつものように一日の出来事を話してしまった。叱られると思ったが、祖母は黙って最後まで聞いてくれた。そして少し考えたあと、不思議な「おまじない」を教えてくれた。
「悪いことはなくなれ、元の場所に飛んでいけ」――そんな意味だと言った。おへその下に力を入れて、心の底から唱えないと効かない。とっておきだから、滅多に使うなと念を押された。私は何度も復唱し、動作も習った。

次の日、さっそくきーちゃんに試した。傷口に手をかざしてぐるぐる回し、彼女の顔を視界に入れつつ、見ないふりをして唱える。汗ばむほど一生懸命に。終わると、きーちゃんは一瞬しかめ面をしたが、すぐに笑って「ありがとう」と言った。その笑顔に、私は胸が温かくなった。

……だが、その後、祖母は繰り返し言った。「あれはもう使っちゃいけないよ。お前だけのとっておきだからね」と。
私はその言葉を聞き流し、弟や友達が怪我をしたときに軽い気持ちで使ってしまった。意味も分からずに。

やがて私は集落を離れ、母と再婚した父と暮らすことになった。きーちゃんと泣きながら別れ、二度と会うことはなかった。忙しい生活に流され、あの山も祠も思い出すことは減った。

大学に入ってから、民俗学の授業で祖母のおまじないを思い出し、教授に話した。教授は興味深げにメモを取り、数週間後に私を呼んで言った。
「あれは怪我を治す呪文なんかじゃない。本格的な『退けの呪い』だよ。意味はこうだ――お前の正体は知っている、近寄るな、あるべき場所に帰れ、近づくなら類縁の命を代償に消す、というものだ」
私は耳を疑った。祖母がそんなものを私に教えたなんて。教授は「簡単に真似できるものじゃないから心配いらない」と言ったが、私は震えが止まらなかった。

その夜、母に電話した。だが母はおまじないのことなど知らないと言った。そして、何より私を驚かせたのは――母はきーちゃんの存在を知らない、と言ったことだ。
「女の子なんていなかったよ」と、あっさり。
頭が混乱した。私はたしかにきーちゃんと遊んだ。あの祠の前で笑い合ったはずだ。けれど、家族も写真も、誰も彼女の存在を証明してくれなかった。

その後も断片的に奇妙なことが繋がっていった。
祖母は私がきーちゃんと山に入ったと知ると、服や靴を一斗缶に入れて焼いた。「印が付いたかもしれないからね」と言った。
あのとき、私は泣き叫んで止めたが、祖母は一切耳を貸さなかった。
後になって思えば、祖母は「何か」を必死に遠ざけていたのだろう。私を守るために。

さらに数年後、集落に残っていた男の子が川で亡くなったという噂を聞いた。彼は「女の子と一緒に山に入った」と友人に言われていたらしい。けれど誰もその女の子を知らなかった。

弟に話をしたときも、妙なことを言われた。
「姉ちゃんがおまじないしてくれると、母さんの首の後ろから白いモヤが出て、俺の傷に入って、代わりに紫色のミミズみたいなモヤが抜けてった。数日後、母さんは体調を崩した」
彼はそう淡々と話した。私の右手の小指に「何かいる」と言い残して。

今、私は娘を持つ身だ。娘は幼いころ、よく押し入れに向かって笑い、見えない誰かに手を振っていた。描いた絵の中に、どこかきーちゃんを思わせる女の子が紛れていることもあった。
そのたびに背筋が凍る。私はもう、二度とあのおまじないを使わないと決めている。だが、娘のそばに「それ」が来ていないかと怯えながら生きている。

祖母は、あのとき何を思って私にあの呪いを授けたのか。
きーちゃんは、果たして誰だったのか。
祠の前で笑っていた顔を思い出すと、懐かしさと同時に底知れぬ恐怖が胸に広がる。

私はいまだに眠れぬ夜、手の小指をじっと見つめてしまうのだ。

[出典:792 :本当にあった怖い名無し:2018/08/08(水) 00:15:07.79 ID:+yN1GjIu0.net]

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