俺は昔、父の都合で田舎の実家に住んでいた。
小学校低学年だった俺は、休日昼間はよく一人で留守番していた。
二階で本を読んで、夕方にパートから帰ってくる母を待つのが日課だった。
ある日、二階に居ると玄関から物音がしたような気がした。
俺は耳がよかったから、玄関をゆっくりと静かに閉める音までが聞こえた。
最初、母が帰ってきたかと思ったが、母ならいつも二階の俺に声をかけるはずだった。
なんかおかしい……と俺の全身が固くなった。
いざとなったら逃げられるように窓を開け、俺はドアを開けると一階に続く階段を覗き込んだ。
ごそ……がさ……
その時はデカいゴキブリでも居るのか?と思った。
その頃の俺は勝手に人の家に上がりこんでくる人間がいるなんて想像もしなかった。
俺は音のする場所を目指して、静かに台所に進んだ。
……誰もいなかった。
俺は気のせいかと思い、二階に戻ろうとすると、
キィィィイイイ……
と台所の洗い場の下の小さな戸が開いた。
ゆっくりと開いていく……
下水に続くパイプが見え……
手が見え……
折りたたんだ足も見えた。
俺は蒼白になって音を立てずにゆっくり一階の居間に逃げた。
こっそりと押入れの障子に入り、体操座りをして震えていた。
小一時間も入っていただろうか。
その間、何の気配も音もしなかった。
俺はずっと、アレは何だったのか想像していた。
押入れの上や奥の暗闇に幽霊が居るんじゃないか、とビクビクしながら母の帰りを待った。
しかし、もし母が帰ってきたら今度は母がアレと出会うんじゃないか、と考え付いた。
俺は心臓をバクバクさせながら真相を確かめねば、と思って家を見廻った。
……誰もいなかった。
それこそ食器の引き出しや戸棚の中まで見たが、異常は無かった。
洗面台の下のカビが人に見えたのかも、と勝手に自己完結した俺は、安心して二階に戻った。
部屋に入ろうとして、足が止まった。
……俺のベッドが膨らんでいる。
布団から、足が出ていた。
俺は涙目になって後ずさりしながら、それでも音を立てないようにがんばった。
何かと目が合った。それは、布団から出ていた男の顔だった。
鼻から上が布団の向こうから、ジッと見ていた。
俺が悲鳴をあげて階段を駆け下りる後ろで、布団がすごい勢いで捲り上げられる音が聞こえた。
家から飛び出た俺は、通行人のハゲたオッサンに助けを求めた。
オッサンが通報、家から出られずにいた犯人検挙。
犯人は某運送会社の配達人で、俺とも顔見知りだった。
本社からの電話での謝罪。
元から異常な性癖の噂があった……とは後から近所連中に聞いた。
母親がショックを受け仕事を辞めたり、引っ越したり、と色々あったが……
それは蛇足だな。
(了)