第32話:見えない物と見えた物
これはある男性の、学生時代の体験なんだよねぇ。
当時、彼は運動系のクラブに入っていたんだけど、これはその合宿の時に起こった出来事なんだよ。
合宿が行われたのはあるお寺。
メンバーの一人の実家だったそうなんだけど、寺が彼等のために解放してくれたのは、奥まった広間。
廊下と広間の間には何枚か障子が閉じられてて、でその障子には光を取り入れるために一番上の段と、それから、一番下の段に横長の板ガラスが嵌めてあった。
つまり部屋の中から見ると、下のガラス越しには廊下が見えて、上のガラス越しには廊下の天井が見えると、そういう格好だな。
で、そこで彼らは昼間はクラブ活動をして、夜は旅行気分で遊んでたと。
で、そんな合宿生活の何日目かの夜に、それは起こった。
この話をしてくれた人物が、夜中に目を覚ましちゃったんだなぁ。
昼間のクラブ活動だろう?それから夜は深夜まで仲間と騒いでたんだから、疲れてるはずなのに、何故か目が覚めちゃった。
で……妙に思うこともなくって、で、結局もう一度寝ようと思って、寝入りかけたんだけど、その時に音に気が付いた。
パタパタパタパタパタパタパタパタパタ……
廊下を誰かが、小走りに走っていくんだよ。
で、目が覚めたのはその音のせいじゃないんだよ。
その音は聞こえてなかったからね。
なのに、そうかーこの音で目が覚めたんだなーって何か納得しちゃったんだって。
彼の布団は廊下側の一番端に敷かれてた。
要するにすぐ目の前が障子、でその向こうが廊下になる。
で足音はかなり近いところ。
障子を一枚隔てただけのすぐ外側の廊下を誰かが走ってるみたい。
で、だから目が覚めたんだろうと思ったんだけどね。
パタパタパタパタパタパタパタパタパタ……って誰かが走って行く。
廊下の板の間の上を裸足で走ってる音なんだよ。
で、お寺の誰かが何か急いで走ってるんだろうと思ったんだって。
でぇ、急いでんるんだけど、合宿中の彼らを起こさないように気を使ってるって。
なんかそんな感じだった。
パタパタパタパタパタパタパタパタパタ走ってる。
で、ウトウトーとしながらその音を聞いてたんだけど
「おい、違うぞ」
そう思った。
お寺の人が用事で走ってるんじゃないんだよ。
なぜかっていうと、広間の前の廊下って確かに長いんだけど、でもそれ位の速度で走ったらほんの一瞬で走っちゃうようなね、それ位の距離なのよ。
なのに、足音が遠ざかっていかないの。
延々広間の前の廊下を行ったり来たりしてる。往復してるんだよ。
で、彼すっかり目が覚めちゃってね「これは変だぞ……」と。
だって、この部屋を借りてる合宿のメンバーに用があるんだったら、障子開けて入ってくるはずだし、で、他の部屋に用があるんだったらそっち行っちゃうでしょ?
なのに、延々ひたすら広間の前の廊下を往復してるんだよ。
「おい何だよこれ変だぞ、一体誰何だよ」と思った。
で、彼は闇の中で目を凝らしたの。
だってすぐ目の前に障子があって、その障子の一番下はガラスでしょ?
だからそのガラス越しに目の前に廊下が見えるのよ。薄暗いけど……
で、足元だけは見えるだろうと思って目を凝らしたの。
パタパタパタパタパタパタパタパタパタッ
て足音近づいてくるから一体誰なんだろうと思ってね。
で、ひょっとしたら同じ合宿のメンバーの誰かがイタズラしてるんだろうと見てたんだよ。
そうしたらそれのジャージの足元が見えるはずでしょ?
パタパタパタパタパタパタパタパタパタッ
足が走り抜けた……
ところが、どういうわけか音だけなの……足がないの……
ガラス一枚だよ?なのに、足がないの。
音だけがパタパタパタパタパタパタパタパタパタッて走って行くの。
「嘘だろうーー」と思って、そしたら往復するんだって。
で、怖くなってきてねぇ。
頭まで布団に潜り込んで耳塞いでー
で、そうこうしてるうちに眠っちゃったんだって。
でも、足音はずぅぅぅっと聞こえてた。
で、朝になって全員起きだしてきた。
「おい、昨夜の足音聞いたか!?」
って言いだしたのは彼じゃなかったんだよ。別の奴だったのよ。
他にも聞いた奴がいるんだよ。
で「おお、聞いた聞いた俺も聞いた!!」って皆言うの。
ほとんどの奴が、音聞いてるのよ。部屋で寝てたほとんどの人間が。
「あれ何だったんだよ気持ち悪いなー誰だよあんなことするの!」
で、彼言ったんだって
「俺なぁ下のガラスから覗いたよ」って。
「覗いたんだけどー誰も通らなかったぜ」
「えー嘘だろう、やめてくれよーじゃあ幽霊かよー?」
って皆言うんだけど、誰か見てなかったのか?誰か足見てなかったのか?って話になって……
すると、今まで一人で黙ってた奴が言い出したの。
「俺見た……」
そいつ、一番奥の隅で寝てたんだけどね。今まで黙ってたのに、俺見たって言い出したの。
「おい、どんなだった?どんな足だった?てか誰の足だったんだよ??」
そしたらそいつ首振って
「足じゃない……」
で、そのまま黙って視線を上に向けるの……
で、皆も釣られて上見たんだよ。彼が見てるのは、障子の一番上の段のガラス。
要するに、部屋の中から廊下の天井が見えるそのガラスだよねぇ。
そこを見てるの。
で、そいつが言うんだよ。
「あそこから、あの一番上のガラスからデッカイお婆さんの顔がこっち見てた!!」
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]