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八重咲きの桜【ゆっくり朗読】1300

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知人から聞いた話。

投稿者「よしきり ◆4lTInXds」 2022/01/03

知人の実家には、大きな桜の木がある。

品種のわからない、八重咲きの桜だ。

ソメイヨシノよりも色が濃く、ちょうど入れ違いに咲く。

この桜、見事な花を咲かせることで地元でも知られているのだが、そのわりに特別手入れもされていない。

いや桜に限らず、知人の家の庭木はあまり手入れをされていないらしい。

邪魔になれば枝を切るくらいはしていたらしいが、あとは伸びるも枯れるも成り行き次第という風だった。

元々、庭木を植えたのは知人の高祖父に当たる人だという。

彼は大変な園芸好きでマメに手入れをしていたらしいのだが、家族はそうでもなかった。
知識も興味もないものだから、彼の死後は必要最低限の手入れで済ませていたらしい。

そういう扱いなので、知らぬうちに枯れていることは珍しくない。

件の桜も、一度は庭から消えてしまったそうだ。

祖父母が結婚したばかりの頃だという。

気づけば花もつけず葉もつけず、静かに枯れていたそうだ。

それが数年後、庭の全く別の場所で新しく芽を吹いた。

春先に、草木に紛れて細い幹を伸ばし、数えるほどの花を咲かせているのを、祖母が見つけた。

そのままぐんぐんと伸びて、桜は今の姿になったという。

祖母曰く、枝も幹も枯れ果てたが根は人知れず生き長らえて、ようやっと芽を吹いたのだろう、という話だった。

なるほどそういうこともあるのだなと、知人は納得すると同時に、樹木の生命力に感動したそうだ。

後日、祖父に呼ばれて部屋に行くと、こんな話を聞かされた。

「あの桜は母ちゃん(=祖母)が産んだんじゃねえかと俺は思ってるよ」

新婚の頃。

ある晩に、ふと目を覚ますと祖母がいなくなっていたことがあるという。

用足しかと思ったが、十分、二十分と経っても戻ってこない。

なんぞあったかと祖父が探しに行くと、祖母は庭にいた。

草地の中に、ぽつねんと立ち尽くしていたという。

その瞼は静かに閉じられていて、まるきり寝顔のままだった。

ぎょっとした祖父が近づこうとすると、祖母の隣にすうっと人影が浮かび上がった。

若い男だったという。

涼やかな目元の美男子だった。

それが、まるで恋人のように祖母の傍らに立ち、そしてすうっとその下腹部を撫でた。

祖父は、その男が人間ではないと直感したらしい。

その上で、自分の嫁に馴れ馴れしく触ったことに激怒した。

同時に、なにかおかしなことをされたのではと恐怖した。

怒鳴り付けて庭に降りると、男は現れた時と同様に、すうっと消えた。

後に残されたのは、ぽかんとした顔で立ち尽くす祖母だけだった。

大丈夫か、と聞くと、祖母はなぜ自分は庭にいるのかと祖父に聞いたそうだ。

祖母は布団から出た覚えもなく、庭に降りた記憶もなかった。

気がついたら庭にいたのだという。

祖父が今しがた見たものを説明しようとすると、祖母は突然、腹痛を訴えた。

下腹部を押さえてしゃがみこみ、痛い痛いと訴えた。

祖父は慌てて祖母を部屋まで連れていき、寝かせたそうだ。

もっとも、痛みはごく短時間で、部屋に戻った頃にはほとんど治まっていたという。

騒ぎを聞き付けた曾祖父母が起きてきて、医者を呼んだりしているうちに、祖父は自分が目撃したものを話すタイミングを見失った。

祖母の身体に異常がなかったこともあり、そのまま話すことなく現在に至る。

「それで、なんでばあちゃんが桜を産んだなんて話になるんだ?」

「桜が咲いてるのを見つけたのが、その翌年の春だったんだよ」

「それだけ?」

「いんや。あの晩、母ちゃんが立ってたのが、今、桜がある場所なんだ」

祖父はあの夜、祖母が桜を産み落としたと考えていた。

産み落とした桜の成長した姿が、今ある桜の木なのではないか。

祖母が訴えた腹痛は、陣痛だったのではないか。

あの男は、祖母の腹に桜を宿したのではないか。

そんな風に、考えていたそうだ。

「つまり、庭の桜は君の伯父ってことになるのか」

話を聞き終えた私のしょうもない冗談に、知人は大真面目な顔で、

「伯母かもしれないだろ」と答えた。

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