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長編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

【考察】メイデイミステリー:謎のほうから来た~Mayday Mystery~ nc+

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1995年――最初に広告を見た年

1997年5月1日、アリゾナ大学の学生新聞『デイリー・ワイルドキャット(Daily Wildcat)』に、一ページを丸ごと使った広告が載った。

商品名も会社名もない。紙面には数式、地図、歴史上の人物、複数の言語、音符らしきものが入り交じり、その隅には笑っているようにも見える小さな顔が描かれていた。

大学三年生だったブライアン・ハンスにとって、その広告は初めて見るものではなかった。最初に目にしたのは大学一年生だった1995年。翌1996年にも、同じ5月1日に似た広告を見ている。

当時は学生の悪ふざけだと思っていた。

しかし三年続けて目にすると、事情が違って見えてきた。1997年、ハンスは学生新聞のウェブサイトを担当しており、一ページ全面の広告を出すには相応の料金がかかることも知っていた。

誰かが毎年金を払い、読者の限られた大学新聞に、意味の分からない広告を出している。

では、これはいつから続いているのか。

1997年――十六年前まで遡った広告

編集部には過去の新聞が保存されていた。

ハンスは前年の5月1日を開いた。広告はあった。その前年にもある。そこまでは自分でも見た広告だった。

さらに、自分が入学する前の号へ進む。1994年、1993年、1992年。年を遡っても、同じような広告が現れた。ページの内容は毎年違うのに、数式や引用や奇妙な図が並ぶ作りと、あの小さな顔だけは何度も出てくる。

最も古いものは、1981年5月1日だった。

ハンスが初めて広告を目にした1995年より十四年前。そして彼が本格的に調べ始めた1997年の時点で、少なくとも十六年間、誰かが同じ新聞の同じ時期に広告を出し続けていたことになる。

編集部に尋ねても、正体は分からなかった。決まった頃になると掲載の依頼が来る。料金は支払われる。それだけだった。

新聞社にしてみれば、内容が不可解でも、正式に代金を払って掲載される広告の一つにすぎなかった。

1997年――「メイデイ・ミステリー」の開設

そこでハンスは過去の紙面をスキャンし、インターネット上に並べた。

そのサイトが「メイデイ・ミステリー(May Day Mystery)」である。

サイトには1981年以降に確認された広告の画像や関連資料、ハンス自身の調査記録がまとめられた。紙の新聞に埋もれていた広告を、誰でも調べられるようにしたのである。

アドレスは「maydaymystery.org」。

当時のインターネットには、今ほど整備された検索サービスも巨大なSNSもなかった。それでもサイトを見つけた人間が別の人間へ知らせ、広告を読み解こうとする者が少しずつ集まった。

数学に詳しい者は式を調べ、外国語を読める者は文章を訳した。歴史上の人物、宗教的な引用、地図、記号。何年分もの広告をつなぎ合わせれば、偶然では片づけにくい反復も見つかった。

ところが、誰が何のために作っているのかだけは分からなかった。

1998年――謎の側から届いたメール

1998年、ハンスはサイトに助けを求める文章を載せた。

自分一人で読み解けるところまでは来た。しかし、目的地には届かない。もっと多くの人の知識が必要だ、と。

その後、彼のもとへメールが届いた。

署名は「ジ・オーファネージ(The Orphanage)」。

知らない名前ではなかった。広告の中に以前から現れていた言葉である。

メールには長い説明も自己紹介もなかった。ただ、ハンスが広告を追っていることを、送り主が知っているとしか思えない文面が記されていた。

ハンスがインターネットに公開したのは、新聞に載った広告の記録である。彼は広告の向こうにいる誰かを探していた。

その誰かが、彼を見ていた。

以後、連絡はメールだけではなくなった。ハンス宛てに郵便物が届くようになり、外国の硬貨や紙幣、新聞の切り抜きなどが封筒に入っていた。

しかし送られてくる物が増えても、ジ・オーファネージ(The Orphanage)が何なのかは分からない。団体なのか、数人なのか、一人がそう名乗っているだけなのか。それすら確定しなかった。

1998年――広告主と対面する

やがて、ネットの外から接触が来る。

当時ハンスは、パソコン修理の仕事もしていた。ある日、修理を頼みたいという依頼が入った。

依頼主の名はロバート・トルーマン・ハンガーフォード。

その名前を、ハンスは知っていた。

毎年、新聞社へ広告掲載の連絡を入れていた人物だった。

長年追い続けてきた謎の広告に関係する男が、なぜか自分を指名して、家のパソコンを直してほしいと言っている。

ハンスは依頼を受け、ハンガーフォードのもとへ向かった。

家の中に、答えらしいものはなかった。壁一面の暗号も、秘密結社を思わせる道具もない。ハンガーフォード自身も、奇妙な広告から想像するような人物ではなかった。物静かで、応対は丁寧だった。職業は弁護士だった。

ハンスはパソコンを直した。

そして広告について尋ねた。

ハンガーフォードは、広告との関係そのものを完全に否定したわけではなかった。しかし、その先については語らなかった。

ハンスが持ち帰れたのは、修理代と、目の前の男が長年追っていた広告に関わっているという事実だけだった。

その後――解読されないまま残ったもの

それから年月が過ぎた。

メイデイ・ミステリー(May Day Mystery)には新しい人間が訪れ、広告を解こうとする者も増えた。ジ・オーファネージ(The Orphanage)について様々な説が生まれた。

暗号だという者もいれば、思想を伝えるための文章だと考える者もいた。広告の中に現れる「プライズ(Prize)」という語から、最後まで解読すれば何らかの報酬へたどり着けるのではないかと推測されたこともある。

ハンガーフォード自身も後年、自分がジ・オーファネージ(The Orphanage)の法律顧問であり、その活動に関係していることを認めている。しかし、ジ・オーファネージ(The Orphanage)とは何なのかという問いには答えなかった。

広告を完全に読み解いた者がいるのかも分からない。

分からないまま、長い時間が過ぎた。

現在――まだ終わっていない

普通なら、そこで終わる話である。

作った人間が年を取り、大学を離れ、新聞の読者も入れ替わり、古いウェブサイトだけが取り残される。初期インターネットの奇妙な遺物として保存され、いつか更新が止まる。

メイデイ・ミステリー(May Day Mystery)は、そうならなかった。

1981年に確認された広告は、その後も形を変えながら掲載され続けた。ハンスが大学生だった時代も過ぎた。彼が作ったサイトを最初に見た人々も年を取った。

それでも、新しく広告を見つけた人間が現れ、新しく意味を考える人間が現れる。

最初の広告を出した人物が何を望んでいたのかは、今もはっきりしない。

時系列だけは残っている。

1995年、ハンスは広告を初めて見た。

1997年、それを謎として追い始めた。

1998年、ジ・オーファネージ(The Orphanage)から連絡が届いた。

追っていたはずの謎が、いつの間にか彼の存在を知っていた。

40年以上、大学新聞に現れ続ける暗号――「May Day Mystery」はどこまで解けたのか

May Day Mysteryを読むうえで、最初に分けるべきものがある。

確実な事実と、そこから導く仮説だ。

この区別を崩すと、すぐにCIA、秘密結社、暗殺事件、革命組織といった刺激的な物語へ流される。だが、現時点で確認できる事実だけでも、このミステリーは十分に異様である。

まず、確実に確認できることから整理する。

確実な事実

1981年以降、アメリカ・アリゾナ大学の学生新聞『Arizona Daily Wildcat』に、奇妙な広告が長期間にわたって掲載されてきた。

広告には、数学、地図、聖書、歴史上の人物、ギリシャ語やヘブライ語、座標、化学式、文学、音楽、政治史などが混在する。

さらに重要なのは、広告同士が独立していないことだ。

ある広告が過去の掲載日を指し、別の広告が未来の日付を示し、何年も後の広告が昔の文章を再び参照する。現在整理されている批判校訂版では、1981年から2026年までの広告系列が追跡されている。(srcl.net)

この広告群を追跡した人物の一人が、Bryan Hanceだった。

1995年5月1日。当時アリゾナ大学の学生だったHanceは、『Daily Wildcat』に掲載された異様な広告を見つける。翌年にも、さらにその翌年にも同種の広告が現れた。

1997年に新聞社のウェブマスターとなったHanceは過去の紙面を調べ始め、広告内の日付を手掛かりに、過去の広告同士がつながっていることを確認した。

その後、HanceはMayDayMystery.orgを立ち上げ、資料を公開した。彼は「The Orphanage」を名乗る相手から連絡を受けたとも証言している。(deseret.com)

もう一人、実在と関与がかなり明確な人物がいる。

ツーソンの弁護士Robert Truman Hungerfordである。

新聞社関係者は、HungerfordがMay Day広告の掲載について連絡を取っていたと証言している。2017年の『PHOENIX magazine』の取材では、Hungerford自身がMay Day Mysteryを「work of art」と表現し、背後には「society」が存在すると述べた。

さらに彼は、解読するなら神学的内容から始めるべきだと語り、1989年と2008年の広告が重要だと示唆している。(phoenixmag.com)

広告そのものにも、繰り返し現れる要素がある。

「Level」
「quadrigae」
「The Agenda of 5/72」
ルター
カルヴァン
グスタフ2世アドルフ
クロムウェル

これらは一度きりではない。

複数年にわたって反復されている。(srcl.net)

Hungerfordはさらに、2022年の取材でMay Day Mysteryの目的を、

「total social/theological transformation」

と説明し、その起点として1969年8月30日を挙げている。(deseret.com)

ここまでが、現在確認できる事実である。

では、これらをどう読むべきなのか。

ここから先は仮説になる。

仮説――これは「一つの暗号」ではない

May Day Mysteryを、一つの暗号文として読むと行き詰まる。

広告にはあまりにも異質な要素が混ざりすぎているからだ。

数学。神学。地図。歴史人物。外国語。法律。金融。座標。音楽。

通常の暗号なら、一つの規則で変換できるはずだ。

だがMay Day広告はそう見えない。

そこで重要になるのが「quadrigae」である。

キリスト教には古くから、聖書を複数の意味の層で読む「四重解釈」が存在する。

一般には、

文字的・歴史的意味
寓意的意味
道徳的意味
終末的・天上的意味

という四つの読み方に分けられる。

この四重解釈は「quadriga」と呼ばれる。(academic.oup.com)

そしてMay Day資料には、「quadrigae」と「Level」が並んで登場する。

1989年以降の広告では「Third Level」「SECOND LEVEL」といった表現が確認され、1992年の広告にはLEVEL 1からLEVEL 4までの欄がある。(srcl.net)

ここから一つの仮説が立つ。

広告に異質な情報が混在しているのは、全部が同じ暗号だからではない。

同じ出来事や思想を、異なる意味の層から読ませるためではないか。

つまりquadrigaは、暗号表ではなく「読み方のルール」なのではないか。

ただし、ここでも断定はできない。

May Day資料には五つのLevelが登場する例もあり、四つのLevelを中世神学の四重解釈へ固定的に対応させる証拠はない。

したがって、

Level 1=文字的意味
Level 2=寓意的意味
Level 3=道徳的意味
Level 4=終末的意味

と決めつけるのは危険である。

より妥当なのは、quadrigaを多層的に読むための思想的モデルと見ることだ。

仮説――宗教改革史は「思想が現実になる過程」を示している

May Day広告には、同じ歴史人物が何度も登場する。

マルティン・ルター。
ジャン・カルヴァン。
グスタフ2世アドルフ。
オリバー・クロムウェル。

この並びは偶然とは考えにくい。

ルターとカルヴァンは宗教改革。グスタフ2世アドルフは三十年戦争でプロテスタント側を支えたスウェーデン王。クロムウェルは清教徒革命とイングランド共和国の中心人物である。

ここから、次のような流れが考えられる。

ルター――教義が変わる。
カルヴァン――教義から共同体秩序が作られる。
グスタフ2世アドルフ――宗教的対立が国家と戦争へ展開する。
クロムウェル――宗教的世界観が政治体制そのものを変える。

これは広告作成者が示した公式解答ではない。

あくまで解釈である。

ただし、Hungerford自身がMay Day Mysteryの目的を「社会的・神学的な全面的変容」と表現しているため、この仮説には一定の整合性がある。

つまりMay Day Mysteryが追っているテーマは、

思想が、どのように現実の社会的・政治的な力へ変換されるか

なのではないか。

確実な事実――1969年、1972年、1981年

年代にも、反復されるポイントがある。

1969年。

HungerfordはMay Day Mysteryが1969年8月に形成されたグループから生まれたと説明している。2022年の取材では、開始日を1969年8月30日まで特定している。(phoenixmag.com)

次が1972年。

後年の広告には繰り返し、

「The Agenda of 5/72」

という文言が登場する。

2000年の広告には、創設者たちがAgendaの実行開始を誓ってから28年余りが経過したという趣旨の記述もある。(srcl.net)

そして1981年。

現在確認されている新聞広告系列はここから始まる。

ここまでが事実である。

仮説――三段階の内部史が存在した

これらを並べると、

1969年――グループまたは思想の発足
1972年――Agendaと誓約
1981年――新聞広告系列の開始

という三段階が浮かぶ。

この構造自体はかなり自然だ。

ただし、1972年のAgendaそのものは発見されていない。

したがって、

誰が誓ったのか。
何を実行しようとしたのか。
実際に何かを実行したのか。

そこは分からない。

この空白を、革命計画や秘密作戦で埋めてはいけない。

資料がないからだ。

確実な事実――広告は互いを参照している

May Day Mysteryの重要な特徴は、時間をまたいだ相互参照である。

一枚の広告だけを読んでも意味が完結しない。

ある広告が別の日付を示し、後年の広告が昔の広告を再び呼び出す。

2000年の広告が1983年11月22日の記述を明示的に参照する例など、過去の文章へ戻る構造が確認できる。(srcl.net)

ここまでは事実である。

仮説――これは紙の上の「長期ハイパーテキスト」である

ここから考えられるのは、May Day Mysteryが一枚ずつ解く暗号ではなく、

Aを読む。
Bを読む。
BによってAを読み直す。
数年後のCによって、AとBの関係が更新される。

という構造を持っていることだ。

言い換えれば、

紙の新聞上で数十年かけて作られたハイパーテキスト

である。

Hungerfordがこれを「芸術作品」と呼んだことも、この見方なら理解できる。

作品が「時間」そのものを素材にしているからだ。

確実な事実――The Orphanageという名は存在する

Hanceは、The Orphanageを名乗る相手から連絡を受けたと証言している。

Hungerfordも、この一連の広告との関係を取材の中で語っている。

ただし、確認できるのはそこまでだ。(deseret.com)

仮説――巨大な秘密結社ではなく、小規模な知的共同体ではないか

The Orphanageという名前だけを見ると、秘密結社を想像しやすい。

だが、

何人いるのか。
現在も複数人で活動しているのか。
1969年以来同じ組織が継続しているのか。

これらは立証されていない。

したがって、現時点で必要以上に大きな組織を想定する理由はない。

一人の中心人物と数人の協力者。
小規模な思想サークル。
あるいは長期間にわたり継承された共同制作。

その程度でも、現存資料は十分説明できる。

むしろ巨大な秘密組織を仮定する方が、証拠より先に物語を作ってしまう。

CIA説やゾディアック説は、いまのところ証拠不足

May Day Mysteryには、CIA、FBI、ゾディアック事件、革命組織などとの関連説が付きまとう。

実際、ゾディアック事件との関係を主張する人物がHanceへ資料を持ち込んだ例もある。

しかしHance自身は、その説を支持しなかった。(deseret.com)

1969年という年から、当時の学生運動や地下組織へ結びつけることもできる。

だが、「同じ年だった」は関係の証明にならない。

現時点では、そうした説は仮説というより連想に近い。

現時点で最も筋が通る解釈

ここまでを分けて整理すると、見えるものはかなり明確になる。

確実な事実として、

長期間にわたる広告系列が存在する。
広告同士は相互参照している。
Hungerfordは掲載に関与している。
神学、Level、quadrigae、宗教改革史、1972年のAgendaが繰り返される。
1969年8月30日が起点として語られている。

ここまでは押さえられる。

そのうえで立てられる仮説は、こうだ。

May Day Mysteryは、神学と歴史を使いながら、「思想がどう現実の社会的力へ変わるのか」を多層的に読ませる長期プロジェクトではないか。

そして、そのプロジェクト自体が数十年続くことで、読み手にも過去と現在を往復させる。

もしそうなら、May Day Mysteryの「答え」は、単語や座標ではない可能性が高い。

「答え」ではなく「読み方」を見つける

Hanceは、Orphanageを名乗る相手から、

「扉が見えるようになれば、中へ迎え入れられる」

という趣旨のメッセージを受け取ったと語っている。(deseret.com)

この「扉」を、実在する場所やパスワードと考える必要はない。

歴史、神学、政治、言語、日付、数学を別々に読むのではなく、それらの関係を見ること。

一度読んだ広告を、別のLevelから読み直すこと。

後年の広告によって、過去の広告の意味を更新すること。

その読み方自体が「扉」なのかもしれない。

ここは仮説である。

ただし、広告群の構造とHungerfordの発言を同時に説明できる点では、かなり強い仮説だ。

May Day Mysteryは、40年以上かけて答えを隠してきたのではない。

40年以上かけてしか成立しない読み方を、作り続けている。

現時点で最も説明力の高い見方は、そこにある。

そして次に検証すべきなのは、Hungerford自身が重要だと示唆した1989年の広告である。

ここで、この仮説が本当に資料に耐えるのかが試される。

(了)

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