ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 カルト宗教 n+2025 オリジナル作品

同じ札 nrw+333-0108

更新日:

Sponsord Link

古い畳の部屋に、十数人が正座していた。

窓はすべて新聞紙で塞がれ、外の明るさも時間も遮断されている。
裸電球がひとつ、黄色く滲んだ光を落とし、わずかに揺れていた。

線香の甘い煙に、誰かの汗の酸っぱい匂いが混じり、空気が胸の奥に沈んでいく。
逃げ場はない。そう理解するより先に、身体がそれを知っていた。

膝を抱えたまま、私は心の中で「もう帰りたい」と繰り返していた。
声にはしない。声にすれば、ここにいられなくなると分かっていた。

隣に座る年配の女が、無言で私の手を握っていた。
指の力は強く、爪が食い込む。
離そうとした瞬間、何が起きるかを想像する必要はなかった。
この場では、拒むという行為そのものが浮いてしまう。

壇上の男が立ち上がり、声を張り上げた。
「浄められるための献金」
その言葉が合図だった。

金額は異様だったが、誰も顔色を変えない。
財布が一斉に開き、札が静かに差し出される。
紙の擦れる音だけが、部屋を満たした。

私も一万円札を出した。
震える指で。
札を置いた瞬間、視線が集まった。
額に、頬に、首筋に。
祝福なのだと、自分に言い聞かせる。
そう思わなければ、耐えられなかった。

声が重なり、同じ言葉が繰り返される。
私は口を動かしたふりをした。
頭が痺れ、時間の感覚が曖昧になる。
ここに来てから、どれくらい経ったのか分からない。

気づけば、壇上の男が目の前に立っていた。
肩に手が置かれる。
硬く、冷たい掌。
耳元で囁かれた。

「まだ足りない」

背中を汗が伝った。
その言葉が、金額の話なのか、私自身の話なのか、判断できなかった。

――そして今。
私はその出来事を語っている。
会社の休憩室で、紙コップのコーヒーを片手に。
笑い話のつもりで。

同僚たちは黙り込んだ。
どう受け取ればいいのか分からない、という沈黙。
空気が少しだけ重くなる。

その中で、一人だけ深く頷いた者がいた。
「わかるよ」
そう言って、胸ポケットから折れた財布を取り出す。

中を見せられた瞬間、息が止まった。
そこに入っていた一万円札。
折り目の位置、皺の寄り方。
あの夜、私が差し出したものと、完全に同じだった。

その札を見つめる彼の顔が、少しだけ安堵したように見えた。
まるで、まだここに座っていられることを確かめるみたいに。

私の手は、いつの間にか強く握られていた。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, カルト宗教, n+2025, オリジナル作品

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.