古い畳の部屋に、十数人が正座していた。
窓はすべて新聞紙で塞がれ、外の明るさも時間も遮断されている。
裸電球がひとつ、黄色く滲んだ光を落とし、わずかに揺れていた。
線香の甘い煙に、誰かの汗の酸っぱい匂いが混じり、空気が胸の奥に沈んでいく。
逃げ場はない。そう理解するより先に、身体がそれを知っていた。
膝を抱えたまま、私は心の中で「もう帰りたい」と繰り返していた。
声にはしない。声にすれば、ここにいられなくなると分かっていた。
隣に座る年配の女が、無言で私の手を握っていた。
指の力は強く、爪が食い込む。
離そうとした瞬間、何が起きるかを想像する必要はなかった。
この場では、拒むという行為そのものが浮いてしまう。
壇上の男が立ち上がり、声を張り上げた。
「浄められるための献金」
その言葉が合図だった。

金額は異様だったが、誰も顔色を変えない。
財布が一斉に開き、札が静かに差し出される。
紙の擦れる音だけが、部屋を満たした。
私も一万円札を出した。
震える指で。
札を置いた瞬間、視線が集まった。
額に、頬に、首筋に。
祝福なのだと、自分に言い聞かせる。
そう思わなければ、耐えられなかった。
声が重なり、同じ言葉が繰り返される。
私は口を動かしたふりをした。
頭が痺れ、時間の感覚が曖昧になる。
ここに来てから、どれくらい経ったのか分からない。
気づけば、壇上の男が目の前に立っていた。
肩に手が置かれる。
硬く、冷たい掌。
耳元で囁かれた。
「まだ足りない」
背中を汗が伝った。
その言葉が、金額の話なのか、私自身の話なのか、判断できなかった。
――そして今。
私はその出来事を語っている。
会社の休憩室で、紙コップのコーヒーを片手に。
笑い話のつもりで。
同僚たちは黙り込んだ。
どう受け取ればいいのか分からない、という沈黙。
空気が少しだけ重くなる。
その中で、一人だけ深く頷いた者がいた。
「わかるよ」
そう言って、胸ポケットから折れた財布を取り出す。
中を見せられた瞬間、息が止まった。
そこに入っていた一万円札。
折り目の位置、皺の寄り方。
あの夜、私が差し出したものと、完全に同じだった。
その札を見つめる彼の顔が、少しだけ安堵したように見えた。
まるで、まだここに座っていられることを確かめるみたいに。
私の手は、いつの間にか強く握られていた。
(了)