十一月十二日、私は四枚の紙を作業台に並べた。
成瀬さん、杉浦さん、黒田さん、野間さん。それぞれについて、資料と証言から確認できた行動だけを書いたものだった。
調査のための作業表であり、作業室の正式な記録ではない。日付がわからないものは、空欄のままにした。
初めは在任期間ごとに区切ろうとした。しかし、それでは入りきらない行動が多すぎた。
そこで、担当者の名前を横に並べ、用事を縦に並べた。

食事。
配達の受取り。
買物。
窓と水回りの修繕。
舟の模型。
家の明渡し。
最後の欄だけは、誰の名前の下にも日付が入らなかった。
それ以外は、同じ期間に複数の名前が入った。
私はその表を見て、仕事の引継ぎとして読むのをやめた。
杉浦さんに再度連絡した。
黒田さんの写真に買物袋が写っていたことを伝えると、彼女は少し黙ってから、今もときどき品物を置くことがある、と答えた。
「何を買われるんですか」
「お茶とか。洗剤とか。なくなるので」
「なくなったと、どこでわかるんですか」
「行ったときに」
私が前回、作業室をやめたあとのことを十分に聞かなかったのだ。彼女は隠していたわけではなかった。
自宅用に買ったものを、なぜか成瀬さんの家へ持っていくこともあった。店では、自分の分として籠に入れる。家へ帰って棚を開けると、すでにある。そうすると、あちらの分だったと思い出す。
「思い出す、というのは」
「誰かが言ったのを思い出すんじゃなくて。買うつもりだったのを」
「買物は、引き継いだ項目に入っていましたか」
「そんな、洗剤一本ずつは書きませんよ」
彼女の言うとおりだった。
生活の細かな用事を全部、文書にする人はいない。
黒田さんは、家へ来たときに蛇口が緩んでいれば直した。
野間さんは、届いた材料を棚へしまい、その続きを作った。
杉浦さんは、古くなった布巾を持ち帰り、洗ったものを置いた。
彼らの仕事は、相互に小さな理由をつくっていた。誰かが来るから茶が減る。誰かが飲むから食器を洗う。誰かが窓を開けるから、閉まりの悪さに気づく。
成瀬さんがそこへいなくても、家を使う理由がなくならなかった。
私は野間さんと一緒に、私宅に残された物を改めて確かめた。
片桐さんには、成瀬さん本人の許可がないものを処分しないと約束した。
食器は一人分より多かったが、椅子は二脚しかなかった。寝具はない。洗面台には、使い切れずに残った石鹸が三つあった。種類が違い、減り方も違った。
野間さんは、石鹸の一つを、自分の家でも使っていると言った。
杉浦さんへ写真を見せると、別の一つを自分が置いたと認めた。黒田さんは、残りの一つを覚えていた。
三人は、同じ場所で手を洗っていた。
舟の下には、材料についてきた組立説明書があった。
余白に、違う字で書込みがあった。
〈このまま乾かす〉
〈底を削りすぎない〉
〈左の板を先に〉
指示は互いに矛盾していなかった。順番に読めば、ひとつの工作の途中経過になった。
ただし、署名はなく、誰に向けた言葉なのかも書いていなかった。
私が野間さんにそのことを言うと、自分への覚え書きだからではないか、と答えた。
「前に書いたのが誰でも?」
彼は紙を見下ろした。
「作ってるときは、前の続きをやってるだけなんです」
別の人に家で食事をさせ、舟を作らせる考えは浮かんだ。何が起きているのかもわからず、知らない人へ用事を渡すことになる。私は試さなかった。野間さんにも、検証のための行動は頼まなかった。
ただ、その日の水曜日の食事については、本人から、行くのをやめたいと言われた。
「一回、ちゃんと、行かないと決めてみたいんです」
私は小野寺さんに事情を伝え、席を空けないでもらった。野間さん自身も電話をかけ、その日は家で食べると話した。
相手に知らせて終える。それまで誰も、食事の予定についてはしていなかったことだった。
翌朝、野間さんから短い連絡があった。
昨夜、自宅で食べました。
途中で店にいる感じにはなりませんでした。
小野寺さんから電話があって、来週はどうするかと聞かれました。
来週も行かないと答えました。
一晩の報告だった。私の質問に影響された可能性もある。記録したのは、野間さんが予定を決め直し、店側が変更を受け取ったことだった。
小野寺さんにも確認すると、野間さんという名前で電話を受けた、と答えた。
「これまでの席は、成瀬さんの席でしたか」
「そう思ってたけどね」
「次に野間さんが来たら?」
「予約して来るなら、その人の席でしょう」
それを聞いても、私はまだ、解決の方法を見つけたとは思わなかった。
ただ、渡すときには相手がいて、終えるときにも相手がいるのだと、ようやく気づいた。
夕方、作業室で四枚の紙を見直した。
成瀬さんの欄には、二〇一六年以降、こちらで確認できた生活の記録がほとんどなかった。
その隣には、他の三人が引き受けた、食事、受取り、洗濯、修繕、趣味の続きがあった。
成瀬さんの欄が空く一方で、他の三人の欄は、退任したあとも埋まり続けていた。
それまでは、そこに何を書き足せばよいか考えていた。
このとき、空いている部分は、他の三人がすでに埋めているのではないかと思った。
私は作業表に、新しい見出しをつけた。
成瀬修氏の私宅と日常に関する行動記録。
名前を書いた途端、資料の量が変わったように見えた。
数人の善意が長く続いた記録としては、多すぎた。ひとりの暮らしの記録としては、足りないところがよくわかった。
ここにないのは、成瀬さんが自分で終えると約束したことだった。
その夜、私は佐伯さんへ、整理の期限までに終わらないものがあると伝えた。
作業室の明渡しと、私宅の退去は分けて考えたい。家の鍵と未済の用事を、新たな担当者へまとめて渡すのは待ってほしい。
佐伯さんは、理由を最後まで聞いた。
「でも、次の担当者はいませんよ」
「そうですね」
私は言った。
次の人がいないことを、それまで、仕事が終わる理由として考えていた。
実際には、いま用事を持っている人たちが、そのまま最後の人になるだけだった。
[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]
本作はフィクションです。団体、場所、人物、取材、年月日および資料は、すべて作品内の架空の設定です。挿絵は架空の場面を描いた生成画像で、実際の記録写真ではありません。