車で旅行に行った話。
原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」鴨南そばさん 2010/04/13 02:39
僕にバイトを斡旋してくれた先輩と夏休み旅行に行った。
当時、念願のクルマを購入した僕は、ドライブに行きたくてしょうがなかった。
「じゃあ俺の実家行くか?」
そう言った先輩に僕は二つ返事で飛びついた。
道中は特に何もない。ただ、移動距離が飛行機クラスだった。
夜の11時に出発して、着いたのが朝過ぎ。もうアホかと。
先輩の家族はものすごく良い人たちだった。
先輩はきっと拾われた子なんだろう。または遺伝子操作で生まれたんだろう。
受験生の妹もいた。先輩の妹だけあって凄く可愛かった。どうやら兄・先輩・妹の三兄弟らしい。
「手を出したら殺す」と、半ば本気で言われる。
「先輩がシスコンとは意外でした」と言ったら、みぞおちに蹴りをいただいた。ナイスキック。
ここから本題だ。
状況はたったの二文字で表すことができる。
『迷子』だ。
道に迷った迷子だ。
事の発端は、滞在二日目に先輩が「良い所教えてやるから行くぞ」と言ったことだ。
妹ちゃんともっとお話していたかった。
だが、僕が妹ちゃんにべったりなのでやきもちを妬いたのか。
先輩の気持ちは分からないが、僕を外に連れ出した。
囲炉裏のある温泉宿みたいなところに連れて行ってもらう。
そこで昼食の他に、蜂の子(?)と、ツグミ(?)を食べさせてもらった。
どちらも凄く珍しいものと聞いたのだが、グロテスクすぎて食べるのに勇気がいる。
思い出としては懐かしいが、今出されて食べる自信はない。
そこは先輩の古くからの知り合いの店だったようだ。
先輩のことを「タクちゃん」と親しげに呼んでいた。
温泉にも入り、囲炉裏でタバコを吸いながらまったりしていた。
先輩が「サトさん」
と、入ってきた人に声を掛ける。
「おお。お前久しぶりだな、こんな所に何の用だよ」
「サトさんご無沙汰です。今、後輩を連れて帰省中なんです」
「もっと顔出せよ、まあいいや。親父さん元気か?」
「元気ですよ。あ、コイツ後輩のマサシです」
「こんにちは。先輩にはいつもお世話になっています」
「嘘つけよ。お世話してんだろ?」
「…はい」
その後、サトさんを含めて三人で雑談。
サトさんは長身でスラリとしていて、声が太く、口が悪い人だった。
だが、凄く感じのいい人だ。
先輩が懐くのも分かる。
面倒見の良い渋いイケメンとでも言えばいいのだろうか。
建築関係のリース業をやっていると言っていた。実は当時は良く分かっていなかった。
その日は休みだから釣りに来た模様。
「先輩、僕たちも行きましょうよ」
「明日な、今からじゃ遅いわ」
サトさんにそのポイントを教えてもらう。
次の日の早朝から家を出た。
そして、お待ちかねの帰り道。
道に迷う。
先輩が調子に乗って、上流へ上流へと登って行く。
さあ帰ろうと言う時に、現在位置が分からなくなった。
先輩の地元とはいえ山奥。道順など知らないだろう。
もちろん、山を甘く見た僕たちがGPSなど持って行っている訳がない。
「ここどこですか?」
「分からん、ヤバイな」
「まあ道路ありますから、まっすぐ行けばどっかに当たりますよ」
「だな」
道路に上がり歩いた。
しかし、相当な時間歩いてもどこにも着かない。それどころか、看板すら見えない。
段々暗くなってきた。
休憩と称して、ガードレールに腰掛ける。
タバコに火をつけながらふと有名な怪談を思い出す。
「そういえば、オイテケ掘りとかありましたね」
「ああ、なんかの昔話だろ?」
「今の状況それじゃないっすか?」
「荷物になるし、置いてくか」
「オイテケ掘りだけに?」
「オイテケ掘りだけに」
ナイロン製の魚の入った魚篭やえさ箱を道路の脇に置き、釣竿やタモなどの小道具もそこに置いていった。
一応、電話番号と名前と後日取りに来る旨を書いた物を添えて。
オイテケ掘り云々よりもかさばって歩き辛かったのがメインの理由。
持って行かれてもいいや、そんな気持ちだったのは内緒だ。
借り物なのに。
それから更に歩いた。
幸いなことに疲れもほとんど感じない。
緩い下り道が続いていたので、何も考えずに歩いた。何とも無計画な行為。
クルマが来たら乗せてもらおうと思っていたのだが、それも叶わず。
三時くらいに道に迷ったのを先輩が認め、今が夜の八時。五時間以上も道を歩いていることになる。
時速5キロで歩いているとしても、距離にして25キロ。
いくらなんでも、看板やクルマの往来のある道路に出てもいいはずだ。
しかも、ここはちゃんと舗装されている道路。山の中で迷っているのとはわけが違う。
月明かりがあるので周りが分かるくらいの光はあるが、辺りは真っ暗。街灯はほとんどない。
「先輩。これ、本格的にやばくないっすか?」
「俺も思った」
「いや、遭難ですよこれ」
「そうなん、ですか」
コイツ、ダメだ。
「電波あります?」
「おお。バリバリ。電話するわ」
「もっと早くしてくださいよ」
「そう、そう。うん。じゃあ迎えに来てって言って。
え?いや、分かんない。藪重川の上流沿いの道路にいるんだけど、場所はちょっと分かんないや。 そう、近くに来たら教えて。はい、じゃあね」
「先輩。妹ちゃんですか?」
「おお、何で分かった?」
「シスコン」
「うっせ」
「どうする?待つか?それとももうちょっと歩くか?」
「まあ、こんな所で待つのもカッコ悪いし、歩きますか」
「だな」
しばらく歩く。
多分30分くらい。時間の感覚など既にない。
「おい。あれ見ろ」
先輩が小声で僕に囁く。
道路下の川を指差している。
「何かいますか?」
「何だあれ?」
カカシ?木にしては妙に白い。
「何ですかね?流木が岩に引っかかってるんじゃないですか?」
「動いてるぞ。生き物だろ?人か?」
「ちょっと細すぎないすか?人にしては」
「おい、あっちにも居るぞ」
先輩の言うとおり、川の中にその白く細いものが何匹か立っていた。
どうやら川の中から出てきているようだ。
「ちょっと幻想的ですね」
「ああ、なんかキレイだな」
そんなことを二人で言いながら、段々増えてくるその白いのを見ながらタバコを吸っていた。
ppp先輩の電話が鳴る。
「うん、今どこ?え?置いたけど、そうそう、いや、今ちょっと面白いのが見えてるからそれ見てる。え?クルマ通らなかったぞ?じゃあ下ってきて」
「どうしました?」
「釣竿とかは見つけたけど、場所分からないんだとさ」
「そうなんすか」
「一本道なんだがなぁ」
二人でその白いのが静かに増えるのを見ていた。今ではそこかしこにいる。
川の中に溢れるほどの大群。ゆっくりゆっくり下流に向かっているようだ。
「なあ、もうちょっと近くで見ねえ?」
「僕もそれ言おうと思ってたんですよ」
美しい。そういう風に覚えている。
月の光かどうかは分からない。
その白いのに埋め尽くされて、川全体が発光しているようにも見えた。
吸い込まれていきそうな魅力がそこにあった。
pppppまただ、急な電話の音は頭にくる。
「はい、え?おお、サトさん。いやいや酔ってないです。今ですか?道に迷っちゃって、ちょっと面白いの見てるんですよ。 それです!そうです。川の中にしろい…」
『それを見るなっ!!!』
ケータイを通して僕にも声が聞こえた。
『おい!今どこだ!?』
「わかんないです。道に迷ってんですって」
『じゃあ、その白いのはどっちに向かってる!?』
「ああ、下流方向~?ですね」
『じゃあ上に向かえ!いいか!?道を登れ!!』
「街とは反対ですよ、それだと」
『いいから言うこと聞け!!ぶっ殺すぞ!!!』
「どうしたんすか?なんかサトさん怒ってません?」
「わかんね、すっげえ怒ってる」
『お前、言うこときかねえんだったら、妹ちゃんにアノことばらすぞっ!?』
「何すか先輩?アノことって?聞きたいっす!」
「おい、上行くぞ」
先輩の目つきが変わった。
「えええ、登るんですかぁ、疲れますよ~」
足をどかりと蹴られた。登山用のブーツで攻撃力も倍増だ。
「うるせぇ、行くぞ」
五分も歩くと、上から先輩の親父さんの運転するクルマがやってきた。
後少し待てば来たじゃないか、とブツクサ思っていた。
川を見ても白いのはもう居なくなっていた。普通の山道の川だ。
僕は車に乗り込むと、もの凄い疲れを感じた。
先輩も同じだったようだ。家に着いたら風呂にも入らずそのまま寝てしまった。
翌日の早朝、先輩に叩き起こされた。
サトさんが出社前に僕たちを訪ねてきたという。
「お。無事だったか」
サトさんは昨日の電話越しとは違って、とても優しく笑う。
「いや、本当にすいません。昨日帰った後寝てしまって、着信気付きませんでした」
「気にすんな。あれ見たら最低でも二,三日寝込むらしいからな。若いってのは偉大だ」
「何なんですか?あれ?」
「ああ、なんか白ヤマメとか言われてるな」
「結構有名なんですか?」
「地元でそこそこ山に入るやつなら、一回は聞いたことがあると思うぞ」
「キレイでしたけどね」
「…お前。まあ、いいか」
「何ですか?気になりますよ」
「…本当に、キレイだったのか?」
川の中に立つ白いカカシ。
細すぎるけど人間っぽい形はしてた。足はぴっちり閉じてたな。ってかゆっくり跳ねながら進んでた。
良く分からないけど、手?妙に細い腕はあったな。プラプラ揺れてた。
目と口の部分に空洞。空洞?ごとりと落ち窪んだ穴。
長くて白い髪?ボサボサの。枯れたリュウノヒゲみたいな。
もちろん服は着てない。
骨ばっているというより木の皮みたいな肌。
それが川を埋め尽くすほど大量に。わさわさと溢れんばかりに。
何だこれ?何がキレイなんだ?
「なあ、本当にキレイだったか?」
「…いえ、今思い出すと、…気持ち、悪いです」
「まあ神隠しの一種なんだろ。変な所に入り込んじまうんだ。お前のテンションもわけ分からなかったからな」
「すみません。無礼でした」
「だから気にすんなよ。誰でも一時的にちょっと気が狂うもんらしいんだ」
そういえば、あんなに長い間歩いてた割には、二人とも異常に楽観的だった。
先輩の性格なら、自分が遭難の原因だろうと絶対僕に当り散らす。迷ってから一発も殴られなかった。
何よりいくら下りとはいえ、何時間も歩いていて疲れないわけがない。
休憩にしたって、タバコを吸うぐらいだ。
何より飲み物もないのに、のども渇かなかった。
気が狂う、か。そういえば先輩優しかったなぁ。
「無事ならいいんだ。あんまり無茶すんな」
サトさんは、時計を見ながら僕たちに言った。時間が迫ってきているようだ。
「じゃあ最後に一つ」
「おお、何でも聞け」
「何であんなのがヤマメなんですか?魚ってよりもカカシですよ?」
「ヤマメは漢字で、『山女』って書くんだよ」
ぞくり。
背中に汗が線を描いた。