昔々、ある小さな小さな村があった。
仮にS村としよう。
S村はすぐ近くには山菜がよく取れる山や、魚のよく獲れる綺麗な川があって、住むには不自由しない所だった。
そんな生活背景からか、自給で殆どを補える為に、塩や米を買う以外は他所の村との交流がなかったそうだ。
ある日、S村の老人が病で倒れた。高熱と嘔吐、激しい咳という症状の病だ。
その村には医者が居なく、村の若者が隣の村まで医者を呼びに行った。
医者が着いた時にはもう老人は虫の息で、最後に大きくゴホッと咳をするとそのまま亡くなってしまった。
二、三日後、お礼の山菜と魚を貰って、医者が帰ろうとした所、今度はその老人の世話をしていた中年の女性が全く同じ症状で倒れた。
医者は急いでその女性を診てみるが、今まで見たことも無い症状で手のうちようが無い。
そうこうしてるうちに、今度は近くに住む青年とその家族がこれもまた同じ症状で倒れた。
これはマズイ!と医者は急いで自分の村まで戻り、隣の村で見た事も聞いた事もない流行り病が出てしまったと伝えた。
それを聞いた隣村の村長は、さらにその周辺の村の村長と話し合ってある一つの決断をした。
数日後、助けてくれ、なんとか治してくれとS村から若者がやってきた。隣村の村長はその若者にこう尋ねた。
「今、その病はどうなっている?元気に歩けるものはどのくらい居る?」
若者は答えた。
「今はもう自分を含め、大人四人程しか元気なものはいない。子供も女性も苦しんでいる、助けてくれ」
その答えを聞き、満足そうな笑みを浮かべた村長は、その若者を近くにおいてあった鍬で殴り殺してしまったのだ。
村の者に死体に触れないように片づけるように指示した村長は、自分の村と周辺の村の若者数十人を連れてその日の夜にS村へと向かった。
ある村の若者達は人数分の竹槍を持ち、ある村の若者達は飼葉を大量に背負ってS村へと向かった。
月の光がうっすらと照らし出す藪の中で、村の出入口や各家の周りに飼葉を敷き詰め、その周辺に竹槍を持った若者を配置する。
その最中も、村から聞こえる病で苦しむ人の呻き声や鳴き声、叫び声や何かを吐く音が聞こえてきていたそうだ。
夜も更けた頃に、隣村の村長の指示で一斉にその飼葉に火が付けられた。
瞬く間に火は広がり、村は一瞬で火の海と化した。
次に村長は「火事だー!逃げろー!」と大声を上げてS村の人たちを叩き起こした。
当然周りの火の海に驚きS村の人々は逃げ惑う。
しかし、病に冒されてる者は走る事すら出来ずに、火の海の中で力尽きて行った。
また、なんとか走れる者やまだ病に冒されてない者も逃げようとしたが、燃え盛る飼葉を越えた所で待ち構えていた若者に竹槍で貫かれて絶命していった。
夜が明ける頃にはもう生きているS村の住民は居なくなっていた。
隣村の村長はさらに、近くの山の木を切り、S村の敷地に満遍なく敷き詰めて燃やしてしまうように指示した。
こうして、一夜にしてS村の存在は葬り去られてしまった。
村に戻った村長は、この事を口外しないように自分の村の人と周辺の村人にも伝えた。
もともと周辺の村の地図にしか載ってなく、交流も殆ど無かったS村。
記録や人々の記憶から消えていくのもそう時間がかからなかった。
時が流れ、そんな事件があった事も人々が忘れ去ってしまった頃、ある噂が巷を騒がせていた。
とある山の中
「開けた藪の中から多くの人の呻き声や鳴き声が聞こえる」とか
「首が曲がってしまった青年の霊が鍬を持って誰かを探してる」とか
「無残にも殺された人たちの霊が日々誰かを引きずり込もうと彷徨っている」とか……
そんな話を曾祖母から聞いたんだ。
S村と仮定したのは曾祖母が村の名前を思い出せなかったから。
「す……すぎ……すぎなみ?……すぎやま?」と言っていたが……
曾祖母の地元は青森県青森市の合併した某田舎。
まさかとは思うが……杉沢じゃないよな……曾ばあちゃん……
※青森県藤崎-浪岡間に杉沢地区という場所がありますが、一昔前に話題になった杉沢村とはなんら関係ありません。
(了)