七年前、兄が病気で亡くなった。四歳上で、子供の頃から私の前を歩く人だった。
叱ることはあっても怒鳴ることはなく、いつも少し離れた場所から見ているような人だった。
兄が最初に実家へ現れたのは、葬儀から一年ほど経った頃だ。帰省した夜、家族で夕食を囲んでいると、ふと視線を感じた。視線は低い位置からだった。テーブルの下を覗くと、兄がいた。
驚きはしたが、恐怖はなかった。生きていた頃と同じ顔で、表情は穏やかだった。声をかける前に、兄は視線を逸らし、薄く笑った気がした。それきり、何事もなかったように食事は終わった。
それから帰省するたび、兄は現れた。決まって夕食の時間だった。場所も決まってテーブルの下だった。誰かに話しかけることもなく、ただそこにいる。母も父も気づかない。私だけが見ていた。
私は、それを「見守ってくれているのだ」と思うことにした。生前と同じ距離感だったからだ。兄はいつも、近づきすぎない。
結婚してからも、実家に帰ると兄はいた。夫を連れて行った時も、兄はテーブルの下にいた。夫の足元に視線を移し、しばらく動かなかった。私は、兄が夫を見ているのだと思った。
子供が生まれてから、帰省の回数は減った。久しぶりに実家へ泊まった日の夕食だった。兄は、以前よりもはっきりした輪郭で現れた。視線が強く、私から離れなかった。
私が手を伸ばすと、兄は動いた。逃げるように、テーブルの下を移動して、夫の足元へ行った。夫が足を組み替えると、兄は一瞬だけ顔を歪めた。苦しそうに見えた。
それ以来、兄は穏やかではなくなった。睨むような目つきで、テーブルの下から私たちを見上げる。視線が合うと、胸の奥が冷える。
兄が誰を見ているのか、わからなくなった。私なのか、夫なのか、子供なのか。あるいは、誰も見ていないのか。
私は、理由を探した。帰省しなくなったこと。家族が増えたこと。兄を忘れていたこと。そう思うことで、状況を理解しようとした。
だが、兄は何も語らない。ただ、位置を変える。テーブルの脚を伝って、誰かの足元へ移る。触れようとすると、必ず移動する。逃げているのか、避けているのか、それもわからない。
ある夜、子供が泣き出した。夕食の途中だった。私は子供を抱き上げ、あやしながらテーブルの下を見た。兄はいなかった。
代わりに、テーブルの脚に沿って、何かがゆっくり動いていた。視線だけが、私の足元から離れなかった。
その晩から、兄は現れなくなった。次の帰省でも、その次でも、兄はいなかった。テーブルの下は空だった。
安心したはずなのに、夕食の時間になると、無意識に足を引く癖がついた。誰かがいる気がして、椅子を少し引いてしまう。
最近、子供がテーブルの下を覗いて、何かを見て笑った。私は、何も聞かなかった。聞かない方がいいと思った。
兄が見守っていたのか。何かを見ていたのか。誰を見ていたのか。
それを確かめる理由は、もうない。だが、夕食の時間だけは、今も落ち着かない。
[出典:448 :可愛い奥様:2007/10/15(月) 17:53:23 ID:51noEEcU0]