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過去改ざんテスト r+1,946

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正直、最初は「母親に無理やり連れて行かれた」と言ったほうが近い。

自己啓発系のセミナーだって聞いた時点で帰りたかったが、親戚が最近ハマってるって話で、逆らいにくかった。
場所は地元の公民館、和室。六畳くらいの狭い部屋。座布団が円になって敷いてあって、年寄りばかり十人ちょっとが腰をおろしてた。

『家城の杜』って名前だったか。厳密にはもっと長ったらしい肩書きがあったはずだけど、みんな略してそう呼んでた。
中心にいたのは五十代くらいの、おっとりした喋り方の女性と、その弟という男性。兄妹で主催しているらしい。
宗教じゃない、あくまで「心理学研究会」だと言ってた。だけど、妙に牧歌的というか、寄り合いみたいな空気。
参加者の大半はデイサービス帰りっぽい爺さん婆さんで、場違い感がすごかった。

講義の内容も最初はそれなりに和やかだった。
「ポジティブな言葉を意識して使いましょう」とか、「他人の話を自分事として考えれば人生が豊かになる」とか。
おばちゃんの語り口もユーモラスで、俺も最初のうちは「まぁ、こんなもんか」と思ってた。

ところが、話が進むにつれて妙な方向に舵を切った。

「時間には個人ごとの流れがある」
「他人の人生と自分の人生を混線させることで、過去の操作が可能になる」
「過去の再解釈は、現在を根本から書き換える」

そんな話になって、俺の中で警戒心のスイッチが入った。
でも、周囲は頷いたり、微笑んだりしてて、誰一人として怪しんでいる様子がない。
その空気に飲まれていたんだと思う。講師が俺の名前を呼んだ。

「一番若いんだし、試してみましょうか」

逃げ場なんてなかった。十二人しかいない部屋の、ただ一つ空いていた真ん中の座布団に座らされ、
「過去改ざんテスト」を受けることになった。

催眠と言っても眠くなるわけじゃない。
CDを聴かされ、いくつかの映像的なイメージを浮かべさせられた。
内容は、どこかの成功者の生い立ちとか、戦後の混乱期に果物屋で財を成したおばあちゃんの話とか。
そういう人生エピソードを聞いたあとで、俺の「過去」を掘り下げるインタビューが始まった。

その瞬間から、時間の感覚が狂った。

セミナーはたしか夕方の十八時開始だったはずだ。
でも、インタビューの最中にふと障子越しに光を感じて、太陽が真上にあった。
昼だった。確かに、昼だった。
終わった時にはもう夕方で、「日が長くなりましたねぇ」なんて隣のおばちゃんと帰りのバスで会話した。
その全てが現実だった気がしているのに、始まりと終わりの時間がまるで合わない。
記憶が裂けている感じ。

何が起きたのかよく分からないまま家に帰った。
妙な違和感が全身を包んでいた。
時計は進んでるのに、自分の記憶はそこに合ってない。
そして、自分の生活そのものにもズレが生まれていた。

今、俺は独り暮らしのアパートにいる。
だけど、どう考えてもニートがこの家に住めている理由が説明できない。
バイトもしてない。親からの仕送りも最近はなかったはずだ。
それなのに、家賃の心配を一度もしたことがないし、契約書も見た覚えがない。
大家の顔すら思い出せない。

貯金は二十万を切っている。
にも関わらず、毎月携帯が止まることもなく、コンビニで気ままに買い物している自分がいる。

……本当に、俺はニートだったんだろうか?

講師のおばちゃんが言っていた。

「他人の過去を取り込み、自分の時間に接続する。そうすると、過去の出来事が書き換わるんです」
「あなたの『病気をしなかった子供時代』が、今の参加者の誰かに移された可能性もありますよ」

その言葉を思い出した瞬間、背筋が凍った。

たしかに俺は健康だった。
その過去は確かに俺のものだったはずだ。
でも、今その「健康な過去」が、他人の記憶の中で再生されているとしたら。
俺が失ったその記憶を、誰かが使って人生を延命しているとしたら。

それだけじゃない。

子供の頃、週に一度、なぜか豪華なレストランに連れて行かれていた。
父親は地方公務員だった。そんな贅沢をできるはずがない。
エレベーターの中の絨毯の感触まで覚えてる。
その記憶は本当に自分のものだったのか?
あるいは、あの社長のエピソードを、誰かが俺に「接続」したのか?

俺は誰の記憶でできている?
俺は本当に、俺か?

講師はさらに言っていた。
「時間とは、無数の選択肢の束です。それらをつぎはぎすることで、再構築は可能です。ただし、接続が甘いと記憶が混線し、現実感が薄れてしまう」

それからの俺は、毎日現実と夢の境目で生きている。
アルバムを見ても、自分の幼少期に違和感がある。
写真の中の笑顔に、覚えがない。
見たことのない服。行ったことのない海。知らない親戚の顔。

あのセミナーはまた二週間後にある。
親戚が「次も楽しみだね」と言っている。
七万円の会費を出してくれるという。
なんでそんな大金を出してまで……そう思っていたが、今は違う。

たぶん俺は、誰かの「素材」になってる。
健康な肉体と、便利な過去。
それを引き出し、つなぎ合わせ、貼り付けて、自分の老いた人生を補強しているのが、
あの笑っていたおじいちゃんたちだ。

俺の記憶は……もはや俺のものではないのかもしれない。

それでも、またあのセミナーに行く。
俺の人生が、誰のものかを確かめるために。

あるいは、俺が本当にこの世界の「住人」なのかどうかを確かめるために。

[出典:1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/03/11(月) 07:32:16.67 ID:HjlMjMvL0]

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