第18話:鬼の手
皆さんは、金縛りを体験した事があるだろうか?
疲れていると金縛りにあうとよく言われるが、私の経験した金縛りは、そのように身体がこわばるだけのものではなかった。
何かの鼓動や、存在を感じながらの、身体の硬直状態である。
みなさんの中には、ただ感じるだけではなく、その何かを見てしまった人もいるだろう。
そんな人は、私のように、いつも金縛りにあうと”霊”の気配や存在を先に感じるであろう。
そしてその気配を感じると、否応なしに霊が見えてしまう。
見えるというより、ダイレクトに伝わってくると言ったほうがいいだろう。
その夏の日も、寝床で私は金縛りにあってしまった。
しかしその日の体験は特に強烈だったのだ。
なんと私は”それ”に触ってしまったのだ……
その夜、私はとても疲れていた。
なぜなら長い海外旅行から帰ったばかりであったからだ。
それに加えて旅先で撮りためていたビデオの編集を、やっとのことで終わらせたばかりだった。
この私の状態を聞いて、貴方がその道の専門家ならニタリと笑っていると思う。
そして、「ほらごらん、それは身体が疲れていて脳が眠らず……」
と、科学的根拠の下、私の金縛りを説明しようとするであろう。
しかし今回の私の金縛りは、そのそうな解釈を超越したもののように思える。
私自身でさえ、あれほど恐い金縛りは、信じられないくらいなのだから。
あの出来事が起こる前までの私は、金縛りにあうと絶対目を開けないようにしていた。
目を開けると、何かが見えそうで嫌だったからだ。
ただでさえ恐怖なのに、しわくちゃの老婆の幽霊が私の胸の上に乗っかってるのが見えたりしたら、シャレにならないからである。
だから金縛りにあっても、例とかの類は見たことがなかったのだ。
しかし私の霊感はだんだん回を重ねる毎にエスカレートしていった。
そして、とうとう霊の存在を身体で感じるようになってしまったのだ。
例えば胸の上がやけに重かったり、窓が風もないのにガタガタいったり。
そしてある日とうとう何かに足を引っ張られて、両足が壁を突き抜けてしまったことがある。
いやいや本当なのだ。ビックリするでしょうがね。
貴方にはその時の状況を説明しておきたい。
私は二階建てのアパートに住んでいる。
その二階の一室が、私の部屋である。
私はいつも、部屋の角に布団を敷いていた。
体の左側は壁、足の方も壁である。
そして枕元から向こうの壁までは少し距離がある。
各々の壁の向こうには部屋はない。
その下には路地があるだけだ。
私はその日も部屋で金縛りにあった。
やけに息苦しかったのを覚えている。
そうすると急に冷たーい物体が、私の両足首をガッシとつかんで壁の方にズルズルと引っ張るのだ。
のけぞろうと必死に抵抗するが、私の身体は棒のように真っ直ぐな状態で身動きがとれない。
それに、それはものすごい力だ。
とても抵抗できない。
もちろん私を引っ張っているのが何なのかは、とても恐ろしくて見れなかった。
私はもう数秒後には壁にひきずりこまれそうだったのだ。
「もう、だめだ」
と思った瞬間、ドーンと私の身体の中に鈍い音がしたと思うと、なんだか足が寒いのだ。足だけが宙に浮いている感じだ。
その感覚は間違いなかった。
私の足だけが壁をつきぬけて外の風を受けてるのだ。
だけど常識的な感覚としては、体は布団の上で正常に寝ている、という感じである。
しかし、どういうわけか自分の頭が、身体を通りぬけて、自分の腹の位置にずれているように思えるのだ。
「幽体離脱?!」
そう心の中で私は叫んだ。
そうだ、私の足元には壁しかない。
頭の位置がそこまでズレれば、絶対にひざを曲げないといけないだろう。
それなのに、私の両足は棒のように真っ直ぐである。
あそして壁を突き抜けて、こそばゆい風を受けているのだ。
もちろん私の意識ははっきりしていた。
しかし目を開けて私の身体がどうなっているか見たくはなかった。
だから、ただ必死にウロ覚えのお経をつぶやいた。
そうするしか手段はないと思ったのだ。
すると急にフワリと足が軽くなり、身体の位置が元に戻ったような感じがした。
そして恐る恐る、本当に恐る恐る目を開いてみたのだが……
自分の布団は乱れてはいない。
また、私の足元の壁も壊れてなんかいなかった。
「何かが私を引きずって、壁の向こうへ連れて行こうとした?!!」
そう思ったら寒気がしてきた。
夏のむし暑い夜だったが、夏布団をザックリとかぶって眠ったのを覚えている。
このような出来事が数回あり、私もだんだん恐くなってきた。
そこで方位学の本や風水学で、家具の配置を見るなど、それ専門の本を買いあさった。
そして自分なりに部屋をディスプレイしてみたりした。
そうしたら不思議な事に金縛りにはあわなくなったのだ。
しかしそれで終わりではなかった。
1ヶ月後、安心して眠っていた夜、あの”最悪の金縛り”に襲われたのだ。
午前一時ごろだったと思う。
目を閉じ、心地よく眠りの淵に引きずり込まれようとしたその瞬間。
もう忘れかけていた、あの感覚が私を襲った。
「きた!!」
そう心の中で思った。
足元からゾーッとするような寒気が襲ってきて、キーンと耳鳴りがする。
耳鳴りは始めは小さく、そしてだんだんと大きくなってくる。
私の身体は、その嫌な耳鳴りと共に頭の先から足の指先まで徐々に固く、そして動かなくなっていった。
「ふうむっ!!……」
奥歯に力を入れてふんばる。
なんとか体を動かそうとするがピクリとも動いてくれない。
体中が針金でがんじがらめにされているようだ。
全身の筋肉がひきつる。
そして髪の毛が逆立つ。
それが数分程続いた。
こんなに長い金縛りは初めてだ。
しかし、もう終わりだろうと思っていた頃、異変がおこった。
「頭が痛い……」
そう感じだ。
なんだか、何かがグイッと私の頭を押さえつけているのだ。
それにしてもすごい力だ。
私の頭が敷布団に深くめり込んでいく感じがする。
大袈裟に言えば、万力かなにかでギリギリと絞められているようだ。
「や……やめろ……やめろ!!」
叫ぼうとするが声がでない。
叫ぼうと思えば思うほど、”それ”は私の頭を締めつける。
1秒毎に抑える力は強くなる。
別の夜は私の両足をつかみ、壁の中に引きずり込もうとしたが、今度のは地の底へでも突き落とすような気配だ。
「これは、やばいな……」
と思い、必死に手を動かそうとした。
「う、ううむ……!!」
もがく私の喉はカラカラだ。
こうしている間も、相変わらず、嫌な耳鳴りが響く。
自分の”心の叫び”は聞こえるが、のどから出す”肉声”は私の鼓膜に物理的に響いてこないのだ。
それがどうしようもなく恐怖なのだ。
そうして、しばらくもがき苦しんでいると、私に変化が起こった。
左手の小指が少し動く。
まるで、死人の握っている宝石を手の平から取り出すように、指を一本一本、必死で開けて行った。
そうして、ようやく左腕全体が動くようになった。
私はすぐさま、頭を押さえているなにかを振りほどいてやろうと思った。
左腕をゆっくりと動かして頭の上にもっていく。
「えい!!」
するとピタリ、と何かにさわってしまった。
私には”それ”が何かわかった。
「手」、だ!!
恐ろしく冷たい手の感触だ。
そうとう力をいれているのか、血管が浮き出ているような感触がある。
ギリギリ……
私が払いのけようとするのだが、それは力をゆるめようとしない。
「まさか?」
一瞬、自分の手かとおもったが、そんなはずはないのだ。
私の右手は脇腹にくっついているのだから。
そうして私は、その得体の知れない物の手首をつかんで、力いっぱい、引っ張り上げながら、
「放せ!!」
と心の中で叫んだ。
その瞬間、フッと力がぬけた。
それと同時に私の両目がパッと開いた。
するとどうだろう、天井へ”赤黒い一本の不気味な腕”と私をつかんでいたとみられる”手”が舞い上がり、スゥと消えてしまった。
私はあっけにとられてしまった。
しばらくして気付くと耳鳴りは止んでいた。
しかし自分の心臓の音だけがバクバクと鳴り響いている。
そして、私の頭にあった”手”の感覚はまだ残っていた……
私は勇気を出して布団からむっくりと起き上がり、電気を点けた。
しばらくすると照明の眩しさに目がなれはじめた。
私の部屋が普通に見渡せる。
まるでいま起こった悪夢のような出来事は嘘だよと言うように、壁からアメリカ映画女優のポスターが微笑んでいた。
しかし、とても嫌な予感を抱きながら、恐る恐る鏡台をのぞきこんだ。
鏡に映った私の顔……
信じられなかった。
しばらくア然として息をのんだ。
私の額には、鋭い爪痕が生々しく刻まれていたのだ。
「ゆ……夢じゃない……」
そして私が眠っていた枕の上には、私の髪の毛が何本も抜け落ちていたのだ。
そんな怪力で私の頭を押さえつけていたもの。
直感的に”鬼”という言葉がズキズキする頭に浮かんだ。
私は以前のように壁にそって布団は敷かないようにしていた。
そして、足をひっぱられた所の壁には家具を置いて、ふさいだ。
しかし、まさか天井からもやってくるとは。
その朝私は神社にお参りに行き、御札を購入した。
それを私の部屋に張ってからというもの金縛りにはあわなくなったのだが……
今朝見つけた、天井に浮き出た”手形”のような染みが気になる。
なにも起こらなければよいのだが……
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]