人を呪わば穴二つ、こんな諺があります。
しかし僕の田舎では、こう言います。
人を呪わば井戸の中……
僕の田舎は、エヌ県の山の中にあります。
本当に田舎で、人口も千人くらいしかいません。
村の人が、みんな顔見知りのようなそんな所で、僕は18歳まで住んでました。
こんな小さな村でも、一年に一回活気づく時があります。
それは、村の神社の祭りです。
その祭りは、神社の隣に祀られてる、井戸のようなものの周りに、一晩中、焚き火をすると言う、まあどこにでもありそうなものでした。
だけど、僕はこの祭りが大好きでした。
なぜなら、一年で一番美味しいものが食べられるからです。
この祭りの日は、僕の父さんも母さんも村の人も絶対怒りません。
何を言っても笑って許してくれるのです。
僕が17歳の時の、この祭りの日でした。
僕の友達の青木と中山が家へ遊びに来ました。
家族はみんな神社に行っていて留守なので、3人で隠れてタバコを吸っていました。
3人でバカな話をしながら笑っていたのですが、ふいに青木が祭りのことについて話出したのです。
「なぁ、知ってるか?神社の祭りのこと。あれさ、井戸みたいなの祀ってるでしょ、あの井戸さ、地獄につながってるんだってよ」
僕と中山は、笑いながら、「マジで!」とか言ってました。
「いや、ばあちゃんが言ってたんだ。だけど地獄て……笑っちゃうよな。なあ、明日の夜さ、井戸の中、みんなで見に行かないか?」
俺と中山は、顔を見合せ黙りこんだ。
すると青木が、
「何お前ら、怖いのかよ!」
そう言って煽って来ました。
なぜこの時、正直に、怖いと言えなかったのか……
青木に煽られ、僕も中山もムキになり、祭りの次の日の夜、井戸の中を見ることになってしまいました。
祭りの次の日の夜、僕ら3人は井戸の前にいました。
神社の住職も寝てるようで、神社は静まり返っていました。
僕ら3人は、とりあえず井戸の中を覗いた。
かなり深そうで、奥まで見えませんでした。
すると青木が、リュックサックから、ロープを取り出し、
「これで俺を縛って、井戸の中に降ろしてくれ、んで次に中山が降りてこい、僕ちゃんは、とりあえず見張りな」
僕らは、言われた通り、青木の体を縛り、ロープの端は、近くの木に縛り付けた。
「いくぜ!」
青木がゆっくりと井戸の中へ入って行きました。
と次の瞬間、青木は何かに引っ張られるように、井戸の中へ滑り落ちていったのです……
僕と中山は、何が起きたのか理解するのに、少し時間がかかりました。
中山が「青木が落ちた!ヤバい助けなきゃ!」
僕らは、木に縛り付けておいたロープを引っ張りました。
しかしどんなに引っ張ってもびくともしません。
まるで井戸の中から何かにロープを捕まれてるようでした。
井戸に駆け寄り中を覗いて見ました。
しかし、暗くてよくみえません。
その時、井戸の中からもの凄い声が聞こえてきました。
甲高い、男が女が分からない悲鳴が……
「キィィィィィァァァァァァ……」
僕ら二人は、その声を聞き、体が硬直したように動かなくなってしまいました。
「今の青木の声だよな?」
「分からない……」
「お前、神社に行って住職呼んでこい!これ絶対ヤバいよ……」
「わかった!」
僕は、神社の裏にある、住職が寝泊まりしている家へ走り出した。
家に着くと、やはり眠っているらしく、真っ暗だった。
僕は、玄関のドアを叩きながら、精一杯の声を張り上げた。
「すいません!友達が井戸に落ちてしまいました……助けてください!」
すると家の中で、ゴトゴトと音がし、行きなり玄関の戸が、ガラッと会いた。
「お前!今言ったことは本当か!」
いきなり、不精ヒゲをはやしたおじさんが僕に怒鳴り付けた。
「は……はい。井戸の中に滑り落ちてしまって……中から凄い悲鳴がきこえるんです」
「なんてことをしたんだ……ちょっと待ってろ!直ぐ行く!」
おじさんは家に戻り、服を着替えて出てきた。
お坊さんの正装のような格好をしていた。
「走るぞ!」
おじさんは、そう言うなり井戸に向かって走りだしました。
僕もあわてて後を追います。
井戸では、中山が疲れきった表情で座っていました。
多分ずっとロープを引っ張っていたのだろう。
「もう……青木の声聞こえてこないんだ……」
ガックリと項垂れながらそう呟いた。
おじさんが、でかい声で言った。
「いいか、落ち込んでる暇なんてないんだ!早くしないと、友達は全部持ってかれるぞ。俺が井戸に入る。お前らは、俺が合図したらロープを引っ張れ!分かったな!」
そう言うと、青木が体に巻いたロープを辿るように、おじさんは井戸に入って行った。
おじさんは、ゆっくりと井戸の中に入って行った。
僕と中山は、固唾を飲んでおじさんの合図を待った。
おじさんは、井戸の底に着いたらしく、井戸の中からお経が聞こえてきた。
十分くらいお経を唱えただろうか?いきなりおじさんの大声がした。
「お前ら、引けええ!」
僕らは、自分達が出せる限りの力をふり絞りロープを引っ張った。
ロープが動く!
さっきまでとは違い、ロープは僕らの引く方へ動いたのだ。
僕らは、一生懸命ロープを引っ張った。
もう少し、もう少し、お互い声を掛け合って。
すると井戸に顔が出てきた。
青木だ!
しかし、僕らは喜ぶ事が出来ませんでした。
青木の変わりように、僕らは言葉を失いました。
体中にお札が張られていました。顔も手も足も……
そして、何かをぶつぶつ呟いているのです。
青木の姿を見て、呆然としている僕らに、おじさんの大声が聞こえてきた。
「おおい!ロープ垂らせ!早くしろ!」
僕は、急いで青木の体のロープを外し、井戸へ投げこんだ。
おじさんのお経は、止まずに続いている。
お経を唱えながら、ロープを登っているようだ。
僕は井戸の中を覗きながら、おじさんを待った。
井戸の中のおじさんが見えてきた。
おじさんは、お経を唱えながらゆっくり登っている。
おじさんの足元には、煙みたいなのが、モウモウとしていた。
煙?いや……煙じゃない……
それは、井戸の中いっぱいに隙間なく群がる ″手 ″だった。
「うわああああああ」
僕は悲鳴を上げた。
おじさんが、井戸の外へ顔を出した。
手は?手は大丈夫?
僕はガタガタ震えていました。
おじさんの体が完全に井戸からでた時、おじさんは言いました。
「青木に貼ってある札を全部剥がして持ってこい!いそげ!」
僕と中山は、言われた通り、貼ってあるお札を剥がしておじさんに渡した。
おじさんは、それを、お経を唱えながら一枚ずつ。
井戸の中へ落としていった。
最後の一枚を井戸に落とし終わると、おじさんは大きなため息をついた。
そして、僕と中山の前にきて、言った。
「大変なことをしたな……青木は肉体は持って行かれなかったが、もう普通に生活することは出来ないだろう。ここはな、お前達が思ってるような、軽いもんではないんだ。
お前達が、ただの井戸だと思っているものはな、墓獄次穴と言ってな、呪いの穴なんだ」
おじさんは、青木を気遣いながら、静かに話出した。
「人を呪わば穴二つ……人を呪う時は、自分と相手の墓穴が必要だと言うことだ。
しかし、この村では、昔からこう言うんだ。
人を呪わば井戸の中……とな。
この辺りは、昔はとても貧しいところだった。
太陽があまりあたらないからだろうな……田んぼも畑も、僅かな実りしかもたらさなかった。
しかし役人達の、年貢の取り立ては厳しかった……
村人達は、ぼろ雑巾のように働かされ、働かされ、役に立たなくなると殺された……
村人達は、自分の運命を呪った。
そして、自ら命を絶つようになったんだ。
呪いを抱え、この井戸に身を投げたんだ……
村人の死体は、一つとして見つからなかったと言う。
村人達は、「あの井戸は、地獄につながってるんだ」そう噂し恐れた。
命を絶った村人達の呪いは、役人達にふりかかった。
役人達は、次々と行方不明になった。
井戸に呼ばれたんだろうな……あの手に持って行かれたのだろう……」
手……
僕は、あの時の光景を思いだし、おじさんに聞きました。
「僕も、井戸の中の手を見ました。あれは一体なんなんですか?」
おじさんは、
「俺にもわからん、ただ、俺の親父がいつも言ってたんだ、井戸の手が全てを持って行くんだと……井戸の中へ入ったのは俺も初めてなんだ」
僕は、今初めてきがつきました。
おじさんが、震えていることを……
中山が、おじさんに尋ねた。
「青木は……青木はどうなるんですか?」
おじさんは、
「わからん……本当にわからん。こんなことは初めてだからな。とにかく、俺の家で面倒を見る。何か持って行かれたのは確かだ……あの姿を見れば分かる」
青木は、一点を見つめ、ぶつぶつと呟き続けていました。
「朝になったら、お前らの親をここに呼ぶ。それまで、俺の家へ来い!」
僕と中山で、青木を抱え、おじさんの家まで歩いて行った。
なんてことをしてしまったんだろう……
二人とも終始無言だった。
おじさんの家に着いた僕らは、おじさんの作った、熱い味噌汁をいただいた。
おじさんは、日が登ると直ぐに、俺と中山の両親と、(青木には、両親がいない為)青木のばあちゃんを呼んだ。
中山はこのことがあって3カ月後、この村を出て行った。
僕は、高校を卒業してすぐ、両親と一緒に東京へ引っ越した。
青木は、おじさんの家で今もあの時のままです。
(了)