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まだ覚えてるか rw+10,170

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人の業というものは、本当に残るのかもしれない。

そう思うようになったのは、二十代の終わりに親父から聞いた、田舎の葬式の話がきっかけだった。

その夜は二人でかなり飲んでいた。

実家の古い居間で、蛍光灯がときどきチリ、と鳴っていた。外では虫が鳴いていた。

親父はグラスを見たまま、不意に言った。

「うちの田舎な。昔、人を食ってたんだよ」

冗談だと思って笑った。

親父は笑わなかった。

「飢饉とか、そういう話じゃない。葬式だ」

村外れに、小さな神社があったという。

人が死ぬと、遺体の一部をそこへ運ぶ。

神主がそれを口にする。

特に大事なのは頭と背骨だった、と親父は言った。

「食えば、その人のものが移るって考えてたらしい」

もの、とは何だと聞いた。

親父は少し考えてから、

「記憶とか、気持ちとか。そういうのじゃないか」

と答えた。

儀式が終わると、神主は遺族の前に座った。

そして死んだ人間が生前に言いそうなことを話した。

どこに何をしまったとか、誰には謝っておけとか、あの畑は誰にやれとか。

遺族はそれを故人の言葉として聞いた。

本当に当たっていたのか、と俺は聞いた。

親父は、

「さあな」

としか言わなかった。

ただ、村では長いこと、それを「ちゃんと送ってもらった」と言っていたそうだ。

その風習は、昭和の終わり頃にはほとんど廃れていた。

代替わりした若い神主が嫌がったからだ。

法律もある。世間体もある。

何より本人がやりたくなかったらしい。

それでも年寄りの中には、

「自分のときだけは昔どおりにしてくれ」

と頼む者がいた。

神主は何人かだけ、断り切れなかった。

それから二十年ほどして、その神主が病気になった。

最初は熱だった。

次に、ひどい発汗が始まった。

真冬でも着替えが必要なくらい汗をかき、水を飲んでも飲んでも喉が渇いた。

やがて歩けなくなり、話も噛み合わなくなった。

誰もいない部屋に向かって返事をすることもあったという。

病院では原因が分からなかった。

半年ほどで死んだ。

解剖した医者が、脳に普通ではない変化があると言ったそうだ。

親父はそこで一度、酒を飲んだ。

「あとになってな」

と言った。

「プリオン病じゃなかったかって話になった」

俺も名前くらいは知っていた。

脳の中で異常なたんぱく質が増え、長い潜伏期間のあとに発症する病気。

昔、人の脳を食べる風習と結びついた病気があった、という話も聞いたことがあった。

だからそのときは、妙に納得した。

昔の迷信に、現実の病気が追いついただけなんだ。

そう思った。

ところが、それから二十年ほどして、今度はその神主の息子が倒れた。

俺の従兄にあたる人だ。

症状はよく似ていた。

ひどく汗をかく。

喉が渇く。

眠れない。

言葉が少しずつおかしくなる。

今度は医者も、かなり早い段階でプリオン病を疑ったらしい。

治療法はなかった。

従兄は亡くなった。

脳の一部は研究のために保存された、と親父は言っていた。

そこまで聞けば、話は終わったように思える。

昔の風習。

病気。

長い潜伏期間。

それだけの話だ。

俺もそう思っていた。

親父が最後に、

「ただな」

と言うまでは。

神主が死ぬ少し前のことだった。

見舞いに行った親父の顔を見るなり、神主は妙なことを言ったという。

「お前んとこの裏の柿の木、まだ残ってるか」

親父は驚いた。

実家の裏には、昔、大きな柿の木があった。

だが神主がその家に来たことは一度もない。

「なんで知ってる」

親父が聞くと、神主はしばらく黙っていた。

それから、

「下にあるだろ」

と言った。

柿の木の下を掘ると、昔の瓶が出てきた。

中には古い硬貨が何枚か入っていた。

親父の祖父が、戦争中に隠したものだった。

その話を知っていたのは、親父の祖父と祖母だけだったらしい。

どちらも、その神主が若かった頃にはもう死んでいた。

祖父の葬式を誰がやったのか。

俺は聞かなかった。

聞かなくても分かった。

「それ、偶然じゃないのか」

俺が言うと、親父は肩をすくめた。

「俺もそう思うよ」

そこで話は終わった。

それから何年も、俺はこの話を忘れていた。

最近までは。

三か月ほど前から、同じ夢を見る。

古い神社の夢だ。

俺はその神社へ行ったことがない。

場所も知らない。

写真を見たこともない。

夢の中では、鳥居をくぐると右に手水鉢がある。

社殿の左側に、屋根の低い小屋がある。

裏へ回ると、石段が七段だけあって、その先は藪になっている。

毎回、同じだ。

そして社殿の奥で、誰かが何かをすすっている。

顔は見えない。

近づくと、その男が言う。

「まだ覚えてるか」

そこで目が覚める。

必ず、汗びっしょりになっている。

先月、親父に電話した。

「田舎の神社って、どんな造りだった?」

少し沈黙があった。

俺は夢で見たままを話した。

鳥居。

右の手水鉢。

左の小屋。

裏の七段の石段。

途中から、親父が何も言わなくなった。

「どうした」

しばらくして、親父が聞いた。

「お前、あそこ行ったことあったか」

ない。

そう答えると、また黙った。

そのあと親父は、低い声で言った。

「七段の先に、昔、井戸があった」

俺はその井戸を知らない。

親父にも聞いたことがない。

けれど、その瞬間、井戸の形が頭に浮かんだ。

丸い石組み。

半分割れた木の蓋。

縁に巻きついた細い縄。

そして底に沈んでいる、白い椀。

どうして知っているのか分からない。

ただ、今これを書きながら、もう一つ思い出した。

夢の男は、「つぎはおまえだ」なんて言っていない。

あいつが毎回言うのは、

「まだ覚えてるか」

だ。

俺は何を覚えているんだろう。

[出典:263 :本当にあった怖い名無し:2012/07/02(月) 08:06:47.79 ID:bZSVoQ840]

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