「底がない」という表現は、普通なら誇張として使われる。
メル・ウォーターズがワシントン州エレンズバーグに所有していた土地には、直径二メートルほどの穴があった。土地を購入したとき、前の所有者からは井戸のようなものだと聞かされていたという。メルも深く考えず、不用になった電化製品や生ゴミをそこへ捨てていた。
奇妙だったのは、埋まらないことだった。
かなりの量を投げ込んでも、穴の縁から見える景色は変わらない。内部を覗けば暗闇が続き、底らしきものは見えなかった。物を落としても、いつまで待っても着底音が聞こえない。声を出しても反響が返ってこない。
メルは深さを測ることにした。
最初に用意したのは、約一・五キロメートル分の釣り糸だった。先端に重りをつけ、穴の中へ下ろしていった。全部送り込んでも、底に触れた感触はなかった。
そこで糸を継ぎ足した。
彼がのちにラジオ番組で語ったところでは、最終的に下ろした長さは約二十四キロメートルに達したという。それでも重りは止まらなかった。地中へ二十四キロメートルも伸びた糸の先に何があったのか、確かめる方法はなかった。
穴の周辺では、もう一つ奇妙なことがあった。
動物が近寄らない。
鳥も野生動物も寄りつかず、昆虫さえほとんど見かけなかったという。飼い犬を連れて近づこうとすると、犬は激しく抵抗して逃げようとした。人間にはただの黒い穴にしか見えないものを、犬が何に対して拒絶していたのかは分からない。
一九九七年二月二十一日、メルはラジオ番組『コースト・トゥ・コーストAM』に出演し、この穴について語った。
それまで私有地の片隅にしかなかった話が、公になった。
メルの証言では、その後、土地には自由に入れなくなった。軍関係者が周辺を封鎖し、演習中に航空機が墜落したためだという説明を受けたという。しかし彼が確認した範囲では、墜落を示す煙や火災の痕跡はなく、大型車両が出入りした跡だけが残っていた。
さらに彼は、土地の買収を持ちかけられ、国外へ移住することになったと語っている。移住先はオーストラリアだった。
ここまでなら、奇妙な穴と、その周囲に生まれた陰謀めいた証言として終わっていたかもしれない。
だがメルはその後、再びアメリカへ戻った。
二〇〇〇年、二〇〇二年にも彼は番組に出演し、自分の身に起きた出来事を話した。帰国途中のバスで検問に遭ったあと意識を失い、気がついたときにはサンフランシスコの裏路地にいたという。財布と身分証はなく、腕には覚えのない注射痕が残っていた。
同じころ、ワシントン州とは遠く離れたスペインのバスク地方にも、似た穴があるという話が持ち込まれた。
直径はやはり二メートルほどで、底は見えない。その穴は地域の住民によって長く守られてきたとされていた。そこへ氷を下ろして引き上げると、見た目には変わらないまま、火を近づければ燃えたという話もある。さらにヤギを降ろしたところ、途中から鳴き声が変化し、引き上げたときには元の姿ではなくなっていた、という証言まで残されている。
事実として確認できるものと、証言の中にしか存在しないものを分ける必要はある。
ただ、メルの穴について最も厄介なのは、奇怪な証言の多さではない。
確認できなくなったことだ。
二〇〇三年、メルの隣人を含む約三十人の調査団が、穴があったとされる場所へ向かった。隣人は以前、そこへゴミを捨てた経験があり、穴そのものを知っていたという。
ところが、そこには何もなかった。
塞がれていたのではない。埋め戻した跡が見つかったという話でもない。穴が存在したとされる位置には普通の地面が広がり、かつて直径二メートルの開口部があったことを示すものは確認できなかった。
インターネット上でも場所の特定を試みる動きが起こった。衛星画像サービスでは、該当地域の画像が確認できない時期があったとされる。その後に公開された地図画像からも、穴らしきものは見つからなかった。
それ以降、メル・ウォーターズ本人も表舞台から姿を消した。
この話が創作だった可能性は当然残る。二十四キロメートルの釣り糸も、軍による封鎖も、燃える氷も、変貌したヤギも、その大部分は語られた証言としてしか残っていない。
だから、本来なら話はそこで終わる。
証拠がない。場所もない。本人にも確認できない。
それでも、この話には一つだけ奇妙な形が残っている。
最初、メルは穴の底を探していた。
やがて他の人々は、穴そのものを探すようになった。
どちらも、まだ見つかっていない。
(了)