深夜に原稿をいじっていると、決まって同じ窓を開く。
クラウドの文字起こしサービスだ。音声を投げると数分で戻ってくる。機械のはずなのに、毎回どこか人の気配が混じるので妙に助かっていた。
気配というのは、問い合わせ窓口のほうだ。誤変換の癖や、変な区切り方の直し方が一定で、こちらの説明が下手でも要点だけ拾って返してくる担当がいた。名乗りはいつも同じハンドルネームで、文は短い。丁寧だが、過剰に寄り添う感じがない。冷たくもない。必要なことだけ置いていく。深夜の作業にはその距離がちょうどよかった。
ある日、ログイン画面の手前に告知が出た。
「運用上の事情により、当面の間サポート対応を停止します」
妙に曖昧な書き方で、具体的な日付もない。サービス自体は動いているのに、問い合わせだけ止めるというのが引っかかった。障害なら障害と言うはずだし、メンテなら時間を書く。なのに、理由がまるごと空白だった。
その夜、どうしても直したい案件があって、結局いつも通りフォームを開いた。止まっているはずの窓口に送っても意味はない。それでも指が勝手に動いた。送信ボタンを押した直後、画面右下に小さな点が点滅した。
返信が来た。
「確認した。該当箇所はノイズとして処理されている。設定を一段落とすと分離できる」
いつものハンドルネーム。いつもの短さ。テンプレではない。こちらが送った音声の特徴を前提にした答えだった。停止中のはずだろうと思ったが、助かったのも事実で、そのまま指示通りに設定を変えた。結果はきれいに直った。
それから二日、三日と同じことが続いた。告知は消えないのに、夜中だけ窓口が生きている。昼間に送ると無反応で、深夜に送ると返る。返る時間も変に正確で、いつも二分前後だ。人間なら早すぎる。自動応答なら文が生っぽすぎる。どちらにも寄らない中途半端さが気持ち悪かった。
決定打は、四通目のやりとりだった。こちらが何気なく「停止の理由は何ですか」と送った。すぐ返事が来た。
「その件は触れるな。記録が残る」
一瞬、背中が固くなった。普通のサポートが客にそんな言い方をする理由がない。こちらも急に現実味が出てしまって、余計なことを打ち返してしまった。
「記録が残るなら、もう残ってますよね。誰が見てるんですか」
返事は来なかった。点滅も止まった。窓だけが開いたままになり、カーソルが薄く脈打っていた。
翌日、同業者の集まる小さなコミュニティで、例のサービスの話題が出た。障害でも仕様変更でもない。運営側の人間の件らしい、とだけ。そこで初めて、具体的な話を聞いた。
サポートの中核にいた人物が、数日前に急死した。社内の連絡が追いつかず、窓口停止の告知だけ先に出た。葬儀は身内だけで済ませたので外にはあまり出ていない。そういう筋だという。
私は日付を確認した。窓口停止の告知が出た日、その前日にはもう亡くなっていた計算になる。だとしたら、私が受け取った返信は、誰からだったことになる。
勘違いだと言い聞かせようとして、無理だった。返信の内容は、こちらのファイルの癖を知っている前提だった。一般論じゃない。しかも、あの言い回しだ。必要なことだけ置いて消える、あの距離。
その夜、作業はした。だが、フォームは開かなかった。開けるだけで何かを呼ぶようで、指が止まった。私は代替のサービスを探し、面倒な移行をした。効率は落ちた。睡眠も削れた。それでも、あの窓だけは触れなかった。
一週間後、告知は更新された。今度は期限が書かれ、再開の見込みも添えられた。普通の文章だ。曖昧さが消えた。画面が急に健全になって、逆に寒気がした。健全さは、何かを切り捨てたあとにだけ手に入ることがある。
移行した新しいサービスでは、問い合わせに返事が来るまで半日かかる。文面も丁寧すぎて、余計な安心を売りにしている。私は必要な行だけ抜き取って読む癖がついた。
それでも、たまに思い出す。あの二分の返信。あの短い文。記録が残るという言葉。
ログインさえしなければ、何も起きないはずだ。そう思っているのに、深夜の疲れた頭だと、ブラウザの履歴に指が迷う。あの窓は、いまも同じ場所にあるのだろうか。停止中という文字の下で、点滅する点がまだ生きているのだろうか。
確かめない。確かめる必要はない。必要だったのは、あのときだけだった。そうやって自分を押さえ込む。押さえ込むたびに、あの返事の最後の行だけが、逆にはっきりしてくる。
「記録が残る」
(了)