下りだけの道、志那羽岩子。作品共通タイトル画像。

怪談 n+2026 オリジナル作品

下りだけの道|第一章 逆向きの下り iwa+

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石積みから樺平まで、ずっと下りだった。

 樺平から石積みまで、ずっと下りだった。

 別々の筆跡を読み、僕が書き出した二行だった。二枚とも、向かう先は違うのに、足元は下っていた。最初の人が勾配を誤ったのか、二番目の人が出発点と到着点を取り違えたのか。僕は片方を裏返した。裏には何も写っていなかった。二枚を同じ向きにそろえ直した。姉は向かいの椅子に座り、開けた菓子袋の口を指で折りつづけていた。

「それ、直せる?」
「どっちかが間違ってるなら。実際にどうなってるか分からないと」
「道の方じゃなくて、図」

 姉は写真を一枚差し出した。木製の掲示板を写した写真だった。角から塗装が剥がれ、上辺を押さえている木に苔がついている。描かれた山の名前は霧生山。青い三角形の頂上に一四二六メートルとあり、麓の駐車場から赤い線が上がっていた。その線は山の中ほどで二つに分かれ、細い方には「南回り 七〇〇m」と記されていた。

 僕はこうした絵を仕事で描いている。観光冊子の余白に入る港の見取り図や、店の場所が分かるように道を曲げた町の地図だ。印刷される幅の中で、何を小さくして、何を残すかを考える。掲示板の絵も同じだった。山頂を紙の中央に置いたせいで、南の斜面は窮屈になっていた。描き直すだけなら一日でできそうだった。

 ただ、姉の示した道は、僕たちが最後に母と歩いた道だった。

 二〇二五年十月五日、僕はその写真をスマートフォンで受け取り、その日の昼に槙野町へ帰った。姉の千紗は三十七歳で、駅前の写真店に勤めていた。店には祖父の代から使っている引伸ばし機があるが、今の仕事の大半は証明写真と、家族のスマートフォンにたまった写真のプリントだという。僕は三十一歳になり、隣の県の小さな部屋で、絵を納期までに仕上げる生活をしていた。実家に帰るのは三か月ぶりだった。

 姉は道の絵を、秋に店の奥へ並べる自分の山の写真に添えたかった。古い掲示板をそのまま復元するのではなく、写真を撮った場所が分かる一枚の絵にしたい。その中へ、昔歩いた場所も薄く入れてほしい、と電話では言っていた。

「南回りはもう案内してないんだよね」
「うん。歩くために配るつもりはない」
「だったら、現在の道と昔の道は分けて描く」
「分けなくていいところもあると思うけど」

 姉は写真の端を押さえた。爪に透明な塗料が残っている。小学生の頃、姉は絵の具を爪に塗る僕を叱った。大人になってからは、工作の接着剤を爪で剥がすのをやめろと僕が言う。姉の手を見ていると、山の話をしている実感が少し遅れた。

 二枚の紙は、写真とは別の封筒に入っていた。元は小さな帳面のページらしい。横罫の幅が違い、左側の紙には綴じ目の影が写っている。姉は古賀さんから借りた写しだと言った。昔、西沢の小屋にいた人で、父とも知り合いだった。母の捜索のとき世話になった、と聞けば顔を思い出せるはずなのに、僕の中にあったのは雨具の袖と、差し出された紙コップだけだった。

 写しには次のような箇所があった。

 歩行メモA。日付は六月十四日。年の欄なし。
 石積みを過ぎ、南へ。樺平へ向かう。下りが続く。白い倒木。右に枝の根元。水の浅いところを越えた。

 歩行メモB。日付は六月十四日。年の欄なし。
 樺平の方から石積みへ戻る。下り。白い木をまたぐ。枝のつけ根が右。小さい水たまり。

 そのあとにはそれぞれ、出発時刻や休憩した場所らしい数字があった。一部が写しの外にはみ出していたので、僕は読めるところまでしか転記しなかった。紙を回しても、二人が書いた「右」は変わらない。道を横切る同じ幹を反対側から越えたのなら、枝の付け根は一方の人には左に来るのではないか。

 姉に言うと、白い木は何本もある、と返ってきた。それはそうだと思った。山には似たような曲がりや、同じくらいの水たまりがある。二人が別の道を通ったなら、下りが続くこともあるだろう。僕は早く説明をつけるために、写真の外にもう一本の道を想像した。

「でも、この人たちは一緒に行ったんだって」

 姉が菓子袋から手を離した。口を折ったところは、もう元に戻っていた。

木の食卓に置かれた二枚の道のスケッチと、閉じた橙色の帳面。
挿絵:AI生成による架空の場面

父は夕方近くに帰ってきた。町の金物店を手伝っていて、週末でも家を空けることがある。僕が台所にいるのを見て、先に荷物を二階へ持っていけ、と言った。泊まるとは伝えていなかったが、帰るとも言っていなかった。父は僕の分の茶碗を棚から出し、底を水で流した。

「古賀さんの紙を借りたのか」
「写しだけ。明日、直人と会いに行く」
「何をしに」
「図を描くのに聞きたいことがあるって」

 僕が返事をする前に、姉が答えた。父は二枚の紙を見なかった。菓子の袋をつまんで、もう湿気るぞ、と言って戸棚へしまった。その動作が、話を終わらせるためのものに見えた。

 夕食は買ってきたコロッケと、父が作ったキャベツの味噌汁だった。姉は仕事で頼まれた七五三の見本写真の話をした。子供だけが毎年大きくなるので、去年の写真を見本として出したままでいいのか、店主と相談しているらしい。父は自分にも見せろと言い、姉は個人の写真だから勝手に持ってこられないと答えた。三人分の会話に空きができたとき、僕は卓上のソースを振っていた。

 山で母がいなくなったのは、二十一年前の十月十七日だった。父はその日、町で仕事をしていた。母と姉と僕の三人で登り、姉と僕だけが下りてきた。最後に母と一緒にいたのは僕である。

 捜索は長く続いた。最初の数日は、家に人が出入りするたびに母も一緒に来ると思っていた。玄関で父が声を上げると、僕は二階から走って下りた。父が電話を受けると、途中まで着替えた服のまま待っていた。それを何度も繰り返したあと、呼ばれないうちは行かないことを覚えた。

 姉は逆だった。呼ばれる前に玄関へ行き、電話のそばに座った。自分が聞いていないあいだに大事なことが決まるのを怖がっていたように思う。今になって僕がそう見ているだけかもしれない。十六歳だった姉がどんなふうに待っていたかを、十歳の僕はほとんど知らなかった。

 夕食のあと、父は洗った茶碗を一つずつ拭いた。姉が手伝おうとすると、洗い直すからいいと言った。昔からの冗談だったが、姉は笑わなかった。僕は二枚の写しを封筒へ戻し、掲示板の写真だけを机に置いた。

「お母さん、すぐ追いつくって言ったんだよね」

 姉は写真を見たまま聞いた。

「うん」
「先に樺平で待ってて、だった?」
「前にも言っただろ」
「図に、待ったところも入れたいから」

 僕は赤い線が合流する場所を鉛筆の先で示した。樺平という字の「平」がひび割れに重なり、下の横棒だけ消えていた。母を樺平へ向かう線に置けば、どの道も最後は一つにまとまる。鉛筆の先を、僕はそこから動かさなかった。

 その晩、橙色の帳面の最初のページに、石積みと樺平を置いた。父の家の机は、僕が中学生のときから変わっていない。肘をつくと引出しの奥で金属が鳴る。僕は山頂を少し右へずらし、道を描くための空きを作った。

 二つの場所を下りでつなぐ線は、どちらから描き始めても、もう片方へ着く前に紙の下へ出てしまった。

[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]

本作はフィクションです。登場する人物・団体・地名・資料・捜索記録は創作であり、実在の登山道案内や安全指針ではありません。挿絵は架空の場面を描いた生成画像で、実際の記録写真ではありません。

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