Kさんの話を聞いたのは、山に関わる怪談ばかりを集めていた頃だった。
人づてに「あいつに聞けば何か知っている」と言われ、半ば噂話の延長で引き合わされた。
Kさんの祖父は、生前この集落で知らぬ者のいない人物だった。
名家の当主で、土地も山も持っていたが、人望はなかった。理由は単純で、性格が悪かったからではない。もっと直接的な行為があった。
祖父は蛇を殺していた。
狩りでも駆除でもない。山に入る目的は、蛇を見つけて殺すことだけだったという。剪定ばさみを腰に下げ、朝から夕方まで持ち山を歩き回る。枝を払うついでではない。蛇を見つけるたびに、迷いなく刃を入れた。胴体だろうが頭だろうが関係ない。音を立てて切り落とす。その様子を見た者はほとんどいないが、血の跡と死骸だけは何度も見つかっている。
いつしか集落では、K家の山には蛇がいないと言われるようになった。
同時に、必ず祟られるとも囁かれた。蛇は山の主だ。土地の古い言い伝えでは、蛇を殺すことは水を断つこと、山を枯らすことと同義だった。
だが、祖父は何も起きなかった。
九十近くまで生き、病気もせず、寝入るように死んだ。葬式の日、集落の誰もが内心で首をかしげたという。あれだけ殺して、何もないのか、と。
代替わりして父親の代になると、K家は一気に静かになった。
父親は婿養子で、山にほとんど入らなかった。蛇の噂も次第に消え、集落の人間もK家を普通の家として扱うようになった。
異変が起きたのは、Kさんが高校生の頃だ。
ある日、同級生が「お前、山で何してるんだ」と聞いてきた。剪定ばさみを持って歩いているのを見たという。Kさん自身、その時点では大したことだと思っていなかった。ただ、山に入ると落ち着いた。何かを探している感覚があり、それが見つかると安心した。
それが蛇だと気づいたのは、ずっと後だった。
最初に見たのは夢だった。
自分の布団の周りを、細長い影が這っている。目を覚ましても、部屋の空気が妙に重く、布団が冷たい。気のせいだと思い、何度も寝直した。だが翌日、首元に小さな赤い点が二つ残っていた。
幻覚だと思おうとした。
疲れているのだと。だが同じ夢は毎晩続いた。影は増え、絡まり、布団の下で擦れる音がする。噛まれた感覚もある。朝になると、歯形のような痕が確かに残っている。医者に行っても原因は分からなかった。
ある日、山で蛇を殺した。
理由は説明できない。気づいたら刃を入れていた。帰宅した夜、その夢は見なかった。布団は軽く、部屋の空気も普通だった。
それから、Kさんは山に通うようになった。
蛇を見つけては殺した。夢は減ったが、完全には消えなかった。むしろ、殺さなかった日には必ず現れた。数が多い夜もあれば、一匹だけの夜もあった。だが、ゼロになることはなかった。
祖父のことを思い出したのは、その頃だ。
嫌いだった。何を考えているか分からず、近寄ると睨まれた。だが、誰にも言わずに同じことをしていたのかと思うと、妙な感情が湧いた。怒りでも同情でもない。ただ、同じ場所に立たされたという感覚だった。
父親には何も起きなかった。
婿養子だからだろうか、とKさんは言った。血の問題なのか、土地の問題なのか、それとも単に関わらなかったからなのか。どれも断定できない。
今もKさんは山に入る。
集落では、いつの間にか彼を「蛇殺し」と呼ぶようになっている。祖父と同じ呼び名だ。そのことを指摘すると、Kさんは少し困った顔をした。
子供はいない。
それが唯一の救いだと、彼は言った。救いなのかどうか、俺には判断できなかった。原因を知りたいとも言っていたが、本当に知りたいのは終わらせ方ではない気がした。
別れ際、Kさんはこう言った。
最近、夢に蛇が出なくなった。その代わり、朝起きると、布団の周りに細い土が落ちていることがある、と。
その土がどこから来たのか、俺は聞かなかった。
聞いたところで、答えがあるとは思えなかったからだ。
[出典:564 :本当にあった怖い名無し:2006/12/27(水) 19:26:30 ID:32qz80NqO]