これは、とある地方の古老が語った話だ。
闘鶏に熱を上げていた男がいた。周囲では「鶏主」と呼ばれ、その腕一本で数々の名鶏を育て上げてきたことで知られていた。闘鶏の祭事があるたびに、彼の鶏は猛威を振るい、多くの勝利を収めていた。
だが、それ以上に彼の鶏への扱いは冷酷だった。強者を選び抜き、弱者を笑い捨て、勝てぬ鶏は容赦なく屠り、時には闘う前から肉として売り払うこともあったという。
ある日のことだ。鶏舎で世話をしていると、一羽の猛々しい雄が彼に向かって目を光らせた。
その鶏は、過去幾多の勝利を収めた闘鶏の英雄だった。だが、その目に宿る異様な光を見たとき、彼は思わず後ずさった。
「お前は遊びで我々を闘わせ、血を流すさまを楽しんでいる。いずれ地獄に堕ちるぞ。」
はっきりとした人間の声でそう告げられた、と彼は語った。普通ならば恐れおののくはずだが、彼は豪胆だった。鼻で笑い、鶏に向かってこう返した。
「笑わせるな、畜生が。地獄に堕ちるのは勝てないお前たちだ。勝ち残りたければ闘え、そして勝て!」
翌日、その鶏は再び土俵に立ち、激しい闘争の末に勝利を収めた。だが、それからも彼の言葉は止まらなかった。「地獄が待っているぞ」と毎夜耳元で囁かれるような気がしたという。
悲劇はある祭日の夜に起こった。
その鶏を連れて歩いていた男が、突然倒れた。喉から血が吹き出し、地面を赤く染めた。その瞬間、男の首を裂いたのは鶏の足に括り付けられた鋭利な小刀だったことが判明した。
男は地面に倒れ込み、動かなくなった。驚き恐れた近くの者たちはその鶏を捕えたが、奇妙なことにそれ以上は一切暴れることなく、おとなしく取り押さえられた。
「あれは鶏主が仕込んだものだろうか、それとも……」と人々は噂しあった。男の命を奪った鶏は、その後すぐに屠られたが、鶏肉として食す者は誰もいなかったという。
地元では、「バチが当たった」と語り継がれ、闘鶏の文化もこの事件を境に次第に廃れていった。男の鶏舎はいつしか廃墟となり、夜な夜な「お前も地獄に堕ちるぞ」と囁く声が聞こえるという噂が絶えない。鶏舎の跡地に近づく者はいなくなり、今では草が生い茂るばかりだ。
[出典:416 :名無し百物語:2023/10/23(月) 15:28:33.79 ID:5AJl3gIW.net]