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帰っていいですよ rw+3,301

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小学校一年の頃、モスクワの日本語学校でIQテストを受けた。

父の仕事の都合で一家ごとモスクワに住んでいて、週末だけ補習のような形でその学校へ通っていた。校舎は古く、窓から入る光は夏でも灰色だった。薄い絨毯と、少し歪んだ時計、握ると冷たい階段の手すりを覚えている。

その日、担任の先生は教室に入るなり言った。

「今日はIQテストをやります。終わった人から帰っていいです」

一年生だった自分には、IQが何なのかも分からなかった。問題文には読めない漢字が多く、数字も嫌いだった。マークシートだと分かると、考えずに端から適当に塗った。数分で終えて提出し、教室を出た。

もちろん本当に帰れるわけではない。帰りは皆でバスに乗るため、集合時間まで廊下のベンチで待った。テストの結果がどうなるかなど考えもしなかったし、その日のこと自体、ほどなく忘れた。

半年ほど経った頃、両親から妙な話を聞かされた。

「ウクライナの教育機関ってところから招待状が来てるの。旅行がてら行ってみようか」

あのIQテストの結果が「特異」だったため、追加のテストを受けてほしいという。旅費も滞在費も先方が負担するらしかった。何が特異なのかは教えられなかった。自分も気にせず、遠くへ行けることのほうを喜んでいた。

連れて行かれたのは、キエフ郊外の工業地帯の外れにある建物だった。

中はホテルのロビーに似ていたが、窓がなかった。天井も低く、金属とゴムのようなにおいがした。そこで、流暢な日本語を話す四十代くらいの男が出迎えた。頬がこけ、眼鏡が何度も曇っていたのを覚えている。

「では、被験者本人だけ、こちらへ」

両親と別れ、一人で大きな部屋へ通された。学校の体育館ほどの広さがあったと思う。部屋は暗く、何本もの赤いレーザーだけが見えた。光は周囲の鏡で何度も反射し、そのうちの一本が自分の額の中央に当たっていた。

周囲には、自分と同じくらいの年齢の子どもが四十人ほどいた。白人も黒人もアジア系もいて、皆、額に赤い点を当てられていた。暗闇の中で、知らない言葉があちこちから聞こえていた。

背後から女の声がした。日本語だった。

「頭の位置を変えずに、レーザーを避けてください」

意味が分からなかった。

額に光が当たっている。避けるなら頭を動かすしかない。しかし、頭の位置は変えるなという。何をすればいいのか分からないまま、赤い点を見ようとして目だけを上へ向けた。

しばらくして、右端にいた少女の前で変化が起きた。

少女の額に当たっていたレーザーが動いた。

光は額から外れ、空中で輪を描くように回り、何度か方向を変えた。少女自身が何かをしたようには見えなかった。

すると、自分の後ろにいた係員が言った。

「はい、あなたはもう帰っていいですよ」

自分に向けられた言葉だった。

続いて、別の子どものところでも同じ言葉が聞こえた。それからまた別の場所でも聞こえ、子どもたちは次々に部屋の外へ出された。何の説明もなかった。誰かが騒いだ記憶もない。ただ順番に、試験を終えた者として退出させられていった。

その後は皆で簡単な食事を取り、送迎車で戻った。係員たちは最後までにこやかだった。両親に何のテストだったのか尋ねても、「教育関係のテストらしいよ」としか聞かされていないようだった。旅行になったのだからよかったじゃないか、とも言われた。

それきりだった。

成人してから、ふと思い出して母に尋ねたことがある。

「ねえ、あのウクライナの変なテスト、結局何だったんだろうね」

母はすぐには答えなかった。数秒黙ってから、首をかしげた。

「え? あんた、ウクライナなんて行ってないよ」

母の顔には、冗談を言っている様子がなかった。

それでも私は、あの建物の金属とゴムのにおいを覚えている。暗い部屋にいた子どもたちの声も、右端の少女から離れて動き出した赤い光も覚えている。

そして、ごくたまに鏡を見ていると、額の中央だけがじんわり熱くなることがある。

そのたびに思い出す。

最初のテストでも、あの部屋でも、終わった者に言われたのは同じ言葉だった。

「帰っていいですよ」

[出典:295 :本当にあった怖い名無し:2017/10/15(日) 23:20:32.67 ID:iKpw4H9U0.net]

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