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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

隣人はひとり、なのにふたり n+

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大学二年の春、ひとり暮らしを始めた。

街の中心から少し外れた、古びた鉄筋コンクリートのマンション。共用廊下に雨水が染みた跡が残り、夜になると灯りの半分は点かない。
それでも、家賃の安さに釣られて即決した。窓から線路が見えるのも、眠れぬ夜の暇潰しにはちょうどいいと、その時は思った。

引っ越しの当日、隣の部屋から若い男が顔を出した。
二十代前半、まだ社会に馴染みきれていない雰囲気のサラリーマンだった。軽い調子で「よろしく」と言われ、こちらも曖昧に頭を下げた。その背後には制服姿の少年が立っていた。ブレザーのボタンを外したまま、目を伏せて小さく会釈していた。兄弟か親戚だろう、とその時は思った。

しかし数日後、ベランダで煙草を吸っていた夜に違和感が訪れた。
カーテンの隙間から洩れる薄い灯りと、絶え間なく聞こえる声。押し殺したような吐息が混じり、笑いと呻きが交互に続く。
理解した瞬間、無意識に煙を吸い込み、むせた。
「そういう関係か」
頬の裏がじんわり熱くなったのを覚えている。

それでも二人は感じの良い隣人だった。
サラリーマンは人懐っこく、よく冗談を投げかけてきた。
「昨日パチンコ行ってただろ、お前。学生は勉強しろよ」
そんな軽口を叩かれ、こちらも笑って返す。
一方、少年は無口だが、会えば必ず笑顔で会釈した。惣菜屋でバイトしているらしく、売れ残りを包んで差し入れてくれることもあった。唐揚げの匂いに空腹を刺激されながら、なんとなく家庭的な温かさを感じていた。

一年近く、そんな関係が続いた。

ある朝、大学へ向かおうと玄関を開けた。ちょうど隣のドアも開き、偶然に笑って「おはようございます。狙いました?」と声をかけた。
だが現れたのは、見知らぬ女だった。
長い髪を後ろでひとつに束ね、カーディガンを羽織ったOL風の女性。驚いて「すみません、□□さんかと思って」と謝ると、彼女は爆笑した。
「いや、□□で合ってるし。何それ、冗談?」
信じがたい返答に声を失った。

□□というのは、隣のサラリーマンの名字だ。
だが目の前の女も、□□と名乗った。しかも、昔からずっとここに住んでいると言う。さらに、惣菜屋でバイトしているとも笑いながら話した。
その言葉に背筋が冷えた。惣菜を分けてくれたのは、確かに無口な少年のはずだったのに。

「今さら何でそんなこと聞くの? 気持ち悪い」
彼女の目は、笑いながらも露骨な嫌悪を湛えていた。

混乱したまま大学へ行き、夜になって再び考え直した。もしかしたら二人は出て行き、この女が入れ替わりに住み始めたのか。だが、共用廊下で誰かが引っ越す気配はなかった。ゴミ置き場にも大きな荷物は出ていなかった。
ならば、俺の見間違いか、夢でも見ていたのか。そう自分に言い聞かせようとした。

しかし確かに会話を交わした記憶が残っている。サラリーマンの軽口。少年の笑顔。受け取った唐揚げの油染み。煙草を吸いながら聞こえた声。
すべてが現実の質感を持っていた。

大家に尋ねても「最初から□□さんは女性だよ」と言い切られた。
友人を呼んで「隣に若い男と高校生が住んでる」と紹介したこともある。だが友人は「何言ってんだ。あの女目当てでお前の部屋来てたのに」と呆れ顔をした。

気が狂いそうだった。
二人の存在は、女ひとりの影に吸い込まれるように消えていた。
記憶が上書きされているのは俺だけだと確信した。

その後、何度か女と顔を合わせたが、次第にこちらを避けるようになった。俺が真実を探ろうと躍起になるほど、彼女は冷たい視線を投げた。そしていつの間にか、部屋は空になっていた。

引っ越しのトラックを見た覚えはない。ただ気づけば、カーテンの隙間から洩れていた明かりがなくなっていた。

それから五年が経った今でも、あの一年の出来事を思い返す。
あれは俺の錯覚だったのか、それとも、この世界に溶け込み、記憶をすり替えて存在を変える何かを見てしまったのか。
ベランダで煙草を吸うたびに、夜風に混じる微かな吐息を探してしまう。
……だが二度と、あの笑い声も、唐揚げの匂いも戻ってこない。

[出典:730 :本当にあった怖い名無し:2011/06/25(土) 18:14:15.43 ID:mWhCtW72O]

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