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長編 ほんとにあった怖い話

姪と人形【ゆっくり朗読】

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去年の夏の約一ヶ月の事を書くから少し長くなる

738:名無しのオカルト 2007/11/05(月)00:34:39 ID: 68wuSE2E0

気の長い、ヒマなヤツだけ聞いてくれ、信じる信じないも読む人の自由だ。
だけど、この話はオレが去年の夏、確かに経験した事だ。

去年の夏、姉の旦那の実家に遊びに行った。
海も近いし、静かないい所だった。
旦那はと言えば三ヶ月の単身赴任で、その夏も御盆の時に帰ってきただけだという。
義父母と義兄夫婦の住む母屋は別にあり
だからオレにとっては、姉と、それぞれ8歳と5歳になる姉の息子と娘だけの、いわば気楽な夏だった。
ある日の夕方、廊下で姪とすれ違った。
よく見ると胸に一体の見慣れない人形を抱いている。
日本の抱き人形で、少し色が褪せてはいるが、まだ充分、遊べそうな人形だった。
母屋からでも持ち出してきたのだろうか、オレは軽い気持ちで聞いてみた。
けれどそれには答えずに、姪はとっとと自分の部屋に入ってしまった。
いつもは素直ないい子なのに、なにかイケナイ事を聞いただろうか、オレは。

夕食の後、先の気まずさを取りなそうと、またあの人形を話題にあげて誉めあげた。
すると流しで洗い物をしていた姉が耳ざとく聞きとがめて、改めて娘に問い質した。
一瞬しまったかな、と思ったが、どこかで拾ってきたのならダニでもついてたら大変だ。
バツの悪さをそう思いこむことにして、オレも姉と一緒になって問いかけた。
しかし姪は、がんとして口を割ろうとしない。
そこへ傍でテレビゲームをしていた甥が会話に入ってきた。
その人形、近くの○○神社から持ってきたものだと言う。
丁度その時、甥は神社の奥の森で友達と虫を捕まえていたので、一部始終を見ていたのだと得意気に言う。
そこで甥はしまった、という顔をした。
なんでも神社の奥というものは神様が住むところだから入ってはいけないものだと言う、まして生き物を捕るなどは、ということらしい。
特にあの神社は地元に古くからあるものだから、と姉は付け加えた。

その神社は姉の家から子供の足で20分くらいの山の中にある

山の中と言っても斜面を石段が続いており、中腹の辺りに神社の境内が開けている。
相当古くからあるらしく、姉の義父母が子供の頃からすでにあったそうで、いつからあるのかはよく知らないということだ。
なにやら由緒ありげな神社だが、神主、管理者は常駐しておらず
普段は町の方に住んでいるそうで、何かの行事のときにだけ上がってくるらしい。
その神社、オレもここへ来た最初の日に散歩がてら散策してみた。
境内のの右手を入った所に、左右と背面を板、全面を木で出来た格子でかこった、幅120cm、高さにして160cmくらいの物置みたいなものがある。
格子の上部は40cm程開いていて、そこから破魔矢やウチワ、御札、注連縄、それから人形、ヌイグルミと、普段ゴミと一緒に捨てるには、なんとなくはばかられるような物が入れられている。
おそらく、ある決まった日に神主の立ち会いの元、処分されるのだろう。
どうやら姪は、そこからあの人形を持ち出したらしい。
神事に疎いオレも姉と顔を見合わせて、ヤレヤレ困った事をしてくれた、と思った。

すぐに神社に返さなければ、とは思ったが既に日は落ちている。
田舎の夜は暗い。
それに石段の登り口までは街灯もなく、車一台がやっと通れるような道だった。
だから翌朝、朝食を食べる前に、姉とオレ、そして姪と三人で行こうという事になった。
その間、姪は始終無言だったと記憶している。

夜中、姉に割り振られた部屋でオレは寝るでもなく、起きるでもなくうつらうつらと天井を見ていた。
するとスーッと襖の開く音がした。
さすがに田舎の夜の静かさの中で弛緩していたオレはビクっとした。
襖の方を見ると、小さな黒い影が立っていた。
甥だった。

甥は枕元で、隣の部屋で話し声がする、お母さんを起こしても起きないという、妹がいないとも。
姪は自分の部屋は持っていたが、夜は母親の部屋で共に寝る。
その部屋に姪がいない、真夜中だぞ?
オレと甥は隣の部屋、つまり姪の部屋へ様子を見に行った。
部屋の前に来て耳をそばだてると確かに話し声がする。
腰にしがみつく甥が妹の名を呼んだ。
とたん話し声がピタリととまった。
そーっと襖を開けた。
姪が真っ暗な中、膝に何かを置いていた。
入り口の電灯のスイッチを入れた。
膝に置いていたのは、あの人形だった。
姪は眩しそうに、半ば呆けた顔をしてこっちを見ていた。
オレと甥は、しばし呆然と立っていたが、とにかく姪を姉の部屋に送る事にした。
姪の布団をめくり、姪をその上に寝かせると、さすがに姉も目を覚ました。
オレも気が付かなかったが、姪はあの人形を持っていた。
その髪の毛の感触に吃驚したのだろうと思う。
姉は小さく悲鳴を上げると、姪の手から人形を取り上げると、放り投げた。
人形は壁に当たりボタッと落ちた。
オレのいる角度から見ると、落ちた人形は姉の事を睨んでいるように見えた。

怪談噺が好きで、いろいろ聞きかじったし、あちこち凸もした。
だから虚実含めて大抵の事には驚かないつもりだったけど
その時は、何かホントにヤバいんじゃないかと思った、 何かほんとに良くないことが起こるんじゃないか、と。
正直、怖かった、出来れば荷物まとめて東京に帰りたいほどに。

あまり寝付けないまま夜を過ごし、翌朝起きると昨夜の計画通りにオレ達は神社に向かった。
例の箱の前に立ち、姉は姪を促した。
意外にも姪はすんなりそれに従った、多少は抵抗するとも思ったのだが、その前で手を合わせ、社の前でまた手を合わせて、オレ達は神社を後にした。
その日姉は、明日は姪の幼稚園でお泊まり保育があるというので、町まで新しいパジャマを買いに姪と出掛けていった。
オレと甥は二人でテレビゲームをして過ごした。
姉が用意しておいてくれた昼食を食べた後、オレ達は再びゲームに興じた。
と、突然、二階のトイレで水を流す音がした(その家は一階と二階それぞれにトイレがあった)
姉と姪は出掛けている、甥は今、目の前でゲームをしている。
オレは甥をそこに残して二階へ様子を見に行った。
トイレのドアは少し開いていた、だが中には誰もいない。
念のため他の部屋も調べてみたが、やはり誰もいない。
あるいは前に入った時に、水洗のコックが不完全に戻っていたか。
昨夜の事があったから、妙に神経質になっている。
こういう時こそ判断を誤る、まず第一に合理的、科学的に考える事、直感で物事を判断してはいけない。

やがて夕方になり姉と姪が帰ってきた

二人とも別段変わった様子はない。
夕食の際、姪は妙に口数が少なく、また姉も姪も少し食欲が無いようだった。
その事を問うと、なんでも二人とも口内炎ができていて沁みるんだそうな。
姪の口を開けさせて見てみるとなる程、咥内に赤い血膨れのようなものがいくつか見受けられた。
昼に何か刺激物でも食べたのかと重ねて問うと、ざる蕎麦だと言う。
夏の疲れが出たのだろうと姉は言うが、二人同時にとは、何か釈然としないものを感じながら、その日は終わった。
翌朝、朝食の折りに姉の顔を見ると、首の下、鎖骨の辺りに赤い斑点が幾つもあった、毛細血管が浮き上がったような、小さな蜘蛛の巣のような斑紋だ。
さらによく見ると、袖無しのブラウスから覗く二の腕にも同じ様な斑紋がある。
オレは結構な酒飲みで、健康診断の際にはいつも肝臓を指摘されるので知っている。
蜘蛛状血管腫、血管の塊である肝臓が詰まることで、血液が他の経路へバイパスするためにおこる症状らしい。
しかし姉は酒は一滴も飲めない。

また、これまでに一度も肝炎などを指摘された事はないはずだし、輸血をしたこともないと言う。
姪は今朝は大人しく食べ物を口に運んでいた、口内炎はもうひけたと言う。
昼近くになり、しきりに体のダルさを訴える姉は、姪を幼稚園に送りに出た。
姉達を玄関で見送った後、オレは甥とブラリとその辺りへ散歩に出掛けた。
まだ暑い陽の盛りだったが、太陽の下を、雑貨屋で買ったアイスなどを頬張りながら歩いていると、まさに日本の夏休みという感じだ。
水田に広がる青い稲穂が風に揺れて涼しげだったと覚えている。
何の気なしに足があの神社の方に向いた。
長い石段を登り、社の前に立つとオレは小銭入れから五円玉を出し、甥にも渡して賽銭箱に入れると手を合わせた。
その後、あの箱に向かった。
人形がなかった。
様々な物が捨てられた、その一番上に置いたあの人形がどこを見ても無い。

オレは甥を連れて家に戻ることにした。
帰ると姉は既に戻っており、日当たりををしたと言って、茶の間で横になっていた。
姉の家と言っても、主のいない部屋を他人が勝手に覗くのも気が咎める。
オレは甥に頼んで姪の部屋を調べてもらう事にした、あの人形がないかどうかを。
15分程で甥は戻ってきたが、オモチャ箱から押入まで探したけど、人形など無いと言う。
それならばそれでいい。
だいたい、昨日は町へ買い物、今日は幼稚園なのだから神社に行く時間などあるわけないのだ。
それよりも今考えなくてはならないのは姉の事だ、オレは人形の事は考えない事にした。
姉のところへ行くと自室で休んでいるよう促し、明日にでも病院に行くことを提案した。
それでオレの出来る事は全てだった。
料理も洗濯も家事は何も出来ないに等しい。
結局その日の夕飯は甥と店屋物をつつく事になった。

夕食を食べ終わると程なくして電話が鳴った、出ると姉の旦那だった。
彼は三日おきに電話を掛ける事にしている。
オレは一瞬、姉の事を言おうか迷ったが、出先の相手に心配を掛けるのも悪い。
夫婦の間で必要な事なら、姉自身が話すだろう。
姉に替わると互いの近況報告が始まったようだ。
受話器置いて、姉は再び自室に戻って行った。
漏れ聞こえてきた会話の様子から自身の身体の事を話した様子は無いようだった。

翌日、朝食を取ったらすぐにオレの運転で病院に行くことにした

そして診察を終えたら、その足で姪を幼稚園へ迎えに行く、そんな段取りだった。
しかし病院では意外と待たされた。
総合病院という大きな病院はこの辺りではここしかないからだろう、最初に通された内科では結構な人が待っていた。
姉は電話機の所へ行くと、幼稚園に掛け事情を話し、少し迎えの時間が遅れる事、それまで少し預かっていて欲しい旨を伝えた。
ようやく姉の名前が呼ばれ、彼女は診察室に入って行った。
20分程で出てきたが、今度は検査室で採血とエコーだと言う。
ほんとは採血から触診、心電〜CTと一通りのコースになっているらしいのだが、事情を話し少し巻きを入れてもらったそうだ。
やはり疑われるのは肝臓だそうだ、それと何らかのアレルギー、肝臓の持病の有無と最近の食事をまず聞かれたそうだ。
採血はともかく、エコーは時間が掛かった、念入りに、ということたろう。
検査が終わり、薬局で何かの薬を貰うと、オレ達は急いで幼稚園に向かった。
検査の結果は週明けということだ、たしかその日は週の中頃だったと思う。

幼稚園に着き、教室に入ると姪が先生に本を読んでもらいながら昼寝をしていた。
姉を見て二人は立ち上がると互いに挨拶を交わし、姉は遅れた事を詫び、先生は昨日の姪の様子を報告した。
その中で気になる事があった。
先生が夜中、見回りのために起きると姪の布団が空だったそうだ。
驚いて他の先生方を起こしてトイレや他の教室を探したが見当たらない、全員青くなったそうだ、それはそうだろう。
結局、姪は見つかった、幼稚園の門の所に一人でボーっと立っていたそうだ。
先生は詫びるとともに、きっと寝ぼけたんでしょう、と笑いながら言ってはくれたが
オレには姉が眉を顰めるのがわかった。
帰りの車内では姉も姪も口数が少なかった。
徘徊癖でもあるのだろうか、この子は。
幼い子が自立するとき、一時オネショをしたり、そんな癖が出るという事を何かの本で読んだことがある。
同時にオレが離婚する前(実はバツイチ)、娘がちょうど姪と同じくらいの歳の時、義父が死んで丁度四十九日になる日の夜中、やはり同じ様な事があったのを思い出した。

その時は2DKの狭いアパート、探すまでもなかったが。
娘は玄関の前に立っていた、ドアの向こうにジージが来ていると。
家に着くと、甥は茶の間で寝ていた。
クーラーがよく効いていて、甥はゲームのコントローラーを握ったままグッスリと寝ていた。
コントローラーを離し、タオルを掛けてやろうと思い甥の傍に屈み込んで気が付いた。
その頬に一筋、髪の毛が張り付いていた。
クセのある甥や姪の髪の毛ではない。
また薄く茶色染めた姉の髪の毛でもない。
ましてや短く刈り上げたオレのものではない。
ショートカットくらいの黒い、太目の髪だった。
それを手ではらってやると、コントローラーを仕舞い、タオルをかけてやると、その場に座り直し再び姉と姪の事を考えた、再度頭をもたげてきた人形の事はなるべく考えずに。

しかし考えの途中で、ふと思い当たる事があった。
ダニやカビの中には、アレルギーを誘発したり、内臓に損傷を与えるものがあることを思い出したのだ。
それがあの人形に付着していたとすれば?
充分に考えられる事だ。
幸い学生時代の友人に芳香剤の開発室に勤めている奴がいた、かなり畑は違うが顕微鏡くらいはあるだろう、そいつに頼めば調べてくれるかもしれない。
もとから楽天的なオレは安易にそう結論付けた。
しかし、解せないのは何故、口内炎を同時に患いしかも、姪は一晩で収まり姉はまだ続いているのか。
抵抗力の問題か、それなら子供の方が低い気がする。
あるいは体質か。
とにかく、あの人形からサンプルを取らなくてはならない。
昨日は無かったが、明日もう一度よく探してみようと思った。
まずは来週の検査の結果を待って、必要ならば友人にそれを送ろう。
雑貨屋で軍手とピンセットも買った方がいいかもしれない。

その日オレと姉は昼飯も食っていなかったが、もう陽は傾いていた

姉はダルそうであったが、強いて子供達のために夕食を作った、この余計者の為にも肩身の狭い思いがしたが、今はこの親子の側にいた方がいい気もする。
そして検査の結果次第では義兄にも話しを通した方がいいかもしれない。
そこまで考えてオレはハタと気が付いた。
母屋はどうした、まず姉の義父母、義兄達に相談すればいいではないか。

その晩、何故か甥が一人で寝るのを非常に嫌がって、結局オレの部屋で一緒に寝ることになった。
オレにあてがわれた部屋は二階の真ん中の部屋。
二階にはこの部屋の両脇に、一つは半ば納戸代わりに使われている四畳半くらいの部屋が一番奥に、もう一つは義兄が書斎として使っている部屋が階段寄りにある。
甥と姪の部屋、それから姉夫婦と姪の寝室は一階にある。
建て売りではない、設計士が義兄と相談しながら図面を引き地元の大工が建てた割合としっかりした造りの家だ。
建ててまだ10年建っていない。
その家が微かにだが揺れだした。
地震、小さいが確かに揺れている。
まだ起きていた甥が布団から飛び出して、しがみついてきた。

けっこう長く揺れが続いたような気がしたが、実際には10秒位ではなかったろうか、オレもあの地の底の唸りのような地震というものは嫌いだ。
揺れが完全に収まると、オレはまた一昨日の夜と同じ様に、甥を腰にまとわりつかせて階下に姉たちの様子を見に行った。
部屋の前に立ち襖を軽く叩いた、応答はない。
そっと開けてみると、姉も姪も寝ていた。
小さくはあったが、かなり小刻みに揺れていたはずだ。
二人とも余程疲れているのか、眠りが深いのか。

襖を閉めて、茶の間に入るとカーテンを開けて母屋の様子を伺った。
この家と母屋の位置関係は互いの家が見えにくかったが電灯は点いていないようだ。
念のため窓を開け庭に降りてみた。
やはり誰も起き出してきてはいないようだ。
もっとも震度2程度なら気が付かなくても無理ないか。
でも毎年この時期になると毎年、東海沖地震が囁かれる中、静岡に住んでるならもう少しデリケートであって欲しいとも思う。
振り返って家の方を見る。
甥が窓際でこちらを見てる、逆光で表情は見えない。
茶の間に戻り甥を二階に促す、瞬きが妙に少ない。
まだ怯えていた、甥もオレも。
とたん東京に帰りたくなった、娘と、二人の息子に会いたくなった。

甥と二人、再び布団の上に横になった。
昼間の事がまだ頭の中に残っていて、念の為、甥に聞いてみた。
あの人形の事、何か知らないか。
あるいは、あの人形、どこかに移動しなかったか。
甥を疑っているわけではなかった、ただ念の為、昼間、頬にあの髪の毛が張り付いていたのが気になっていたから、あるいは人形の件は甥の質の悪い悪戯か。
みんなが、いやこの時点ではオレと甥だけだったか、疑心暗鬼になっていた気がした。
甥は、知らないと言った、あの人形には触りたくないとも。
オレも同感だよ。
翌日、オレは神社に行った。
かなり探したが、やはり人形は無かった。
あるいは猫がくわえて、縁の下にでも持ち込んだか。
そこまで探した。
シンの三柱(スマン漢字が出てこない)、この下にもあったのかどうか、そこまで確かめる余裕はなかった。
ただ帰り際に古びだ板に書かれた、この神社の祭神を読んだ。
素戔嗚尊、櫛稲田姫尊、それともう一つ、読みがまったくワカラン、毒蛇気神尊。
ドクジャキシンノミコト?!
この読みが分からない為、オレ達は結局苦労した。

肝心の人形が見つからずオレは途方にくれた。
しかし、何もあの人形でなくても、同じ場所にあった物なら同じ物が付着しているかもしれない。
姪がどの辺りから、あの人形を引っ張り出したのかはしらないが、とりあえずオレは、箱の中に積まれている物から、上層部から一点、中頃から一点、それと下の方に格子からはみ出てる破魔矢の羽根に黒いシミがあったものだから、ついでにそれも計三点それぞれの一部を切り取ってケースの中に収めた。
その日、神社から帰った後、オレは母家に行った。
姉の様子を少し伝えておいた方がいいと思ったからだ。
ついでに、あの神社の管理者、あるいは神主の住所も尋ねてみようと思ったが説明するのが難しい。
結局その日は聞かずにおいた。

この家でスイカを馳走になった

身の黄色い小玉西瓜だった、種が少なく、よく冷えていて非常に美味だった。
姉にとっては義姉にあたる、小柄だが気さくな奥さんが、ウチではまだ西瓜を井戸で冷やしてる、と半ば自嘲気味に、半ばは自慢げに言っていた。

そう、この敷地には井戸があった。
この地方は海が近いが、ワサビの名産地でも知られる水の綺麗な所でもある。
そして水を大切にする所だ。
その井戸の傍らに木でできた小さな祠、稲荷のようなものがある。
毎朝その前には白米、菓子などを供えるのがこの家の決まり事だ。
何を祭っているのか、まだはっきりとは聞いたことはない。
が、水を鎮る神様だと言う。
昔、この地方を悪い疫病が襲い多数の死者が出たらしい。
手を尽くしたあげく、原因は水から、となったらしい。
それからだそうだ、どの家でも井戸の傍らに祠を置くようになったのは、母家を辞して姉の家に戻った頃は、もう昼時になっていた。
ただそれがどれくらいの昔なのかはわからない。

素麺のツユを垂らすなと、姉が姪を叱っている。
姉の顔に、以前にはない険があるようだ、母家の奥さんの朗らかな顔を思い出しながらそう思った。
午後は本屋に行くつもりだった。
この時点でオレは神秘主義に陥っているつもりはなかった、ただ何となくあの神社の祭神に興味を惹かれたからだ。

日本の神々、似たような本は何冊かあった。
どれも素戔嗚尊、櫛稲田姫尊の名はあるのだが、毒蛇気神尊の名はどの本にも見当たらなかった。
姉の家にはパソコンがない。
仕方なく予め状況を掻い摘んで報せておいた、先の友人にネットで検索してもらう事にした。

素戔嗚尊、本には元々は出雲の地方神だったらしいがインドの祇園信仰と融合する事で全国で祭られるようになったらしいと書かれている。
説明は省くが牛頭天王と同一と見られる事が多いそうだ。
八坂神社、氷川神社に祭られる。
御利益は災厄、疫病を除くと書いてあった。
櫛稲田姫の方は古事記では櫛名田比売、日本書記では奇稲田姫と書くらしい、素戔嗚尊の妻.

有名な八岐大蛇退治のヒロイン。名が示す通り、稲、水田の神様。
素戔嗚尊が祭られている神社には大抵一緒に祭られているらしい。
他にも色々書いてあったがよく解らんし退屈だ。
本を枕に寝てしまった。

目を覚ますともう日が暮れかけていた

またか、と憂鬱になる。
最近、夜になるのが怖いような気がするのはオレだけだろうか。
とりあえず飯を食わせてもらいに階下に降りる。
姉は相変わらず辛そうだったが皿を並べている、甥がそれを手伝っていた。
オレも手を貸そうとしたところへポケットの中の携帯が鳴った。
東京の友人からだ。
オレは通話にして庭におりた。
彼の話を要約すると、毒蛇気神尊の言葉にヒットするサイトは五件にも満たなかったそうだ。
しかし、この同じ静岡県にあの神社とまったく同じ三柱を祭る神社があるそうだ。
ただ、そちらの方は神主も常駐しており、由緒も正しいなかなかに大きな神社らしい。

関係者に迷惑が掛かるのでこれ以上の事は書けない。

どうも牛頭天王と婆梨妻妻女との間の子、八王子の内の誰か、あるいはその子孫の誰かのことを指すらしい。
なんの神なのか、なんと読むのか、それ以上詳しい事は、その時は解らなかった。
礼を言って携帯を切った。
家の方へ振り向くと窓が開けっ放しだったことに気が付いた。
うっかりしていた、蚊が入ってくる。
オレは家の中に入り窓を閉めた。

その晩も甥は枕を抱いてオレの部屋にやって来た

だが昨晩よりも幾らか表情が和らいでいたので、オレも少しは緊張が解けた。
同時に、姪も姉と共にやってきた。
さすがに姉も気になるんだろう。
もしもウツる病気ならば困るから、しばらくオレの部屋で寝かせて欲しいと。
それならば、姉が作った料理を毎日食べ、同じコップで水を飲んでいるオレ達にとっては、科学的にはあまり説得力のない提案だとは思ったが、ここは姉の言葉に従った。

今ならわかる、当時離婚したばかりのオレは、小さな、頼りない命に餓えていた、誰かを、全力で守りたかった。

甥が姪の布団を抱えて上がってきた。
甥にとってはキャンプな気分だったのかもしれない。

この二人に限らず、親類の子供達にあう度に、愚にもつかない怪談話をして、怖がらせては面白がっていたオレだった。
だが、この時はそんな気分でもなかったし、また、そんな雰囲気でもなかった。
で、オレはスサノオのオロチ退治の話をしてやることにした。
今日買った本の内容を子供向きにして
今から思うと子供には充分コワいか。

最初に甥が寝た。

姪の方はまだ眼が冴え冴えと、じっと天井を見ていた。
次に寝てしまったのはオレらしい。

夜中、顔にサワサワと顔に何かがあたる感じがして、くすぐったくて目を覚ました。
こじ開けるようにして瞼を持ち上げた。
目の前、顔のすぐ近くにあの人形の顔があった。
頬に人形の髪の毛があたっていた。
人形の肩の辺りに小さな指が見える。
悲鳴をあげるのは、生涯、後にも先にもこの時だけのために取っておいたのに。

人形の顔の、そのまた背後に姪の顔が見える。
姪が人形を捧げ持ちオレに向けて何かを喋ってた。
人形にオレを紹介してるのか?
体が動かなかった目玉だけが、ただギョロギョロと自由に動かせた。
声も出なかった。
悲鳴をあげるのは、生涯、後にも先にもこの時だけのために取っておいたのに。

ここで、当時のオレの状況を説明しておく

姉の家に居候していた時、オレは離婚を機にそれまで15年勤めた会社を辞めていた。
結婚と同じ様に、離婚もまた体力と精神力を消耗する。
しかも結婚は二人の共同作業だが、離婚は独りの戦いになる。
疲れていた、心身共に。
退職金は丸々元妻に渡したが、失業手当は 三ヶ月は出るのだし
前に来て、この街の風景が気に入っていたから、少し静養するつもりだった、もちろん三ヶ月丸々ここに居座るつもりはなかったが丁度、旦那が単身赴任、姉夫婦にとっても悪い話ではなかった、いわゆる番犬がわりだ。
ことわっておくが、オレは腕に自信はない、非戦闘民族だ。
オカルトは好きだが、呪文などしらない。
そして疲れてもいた。
この状況下でオレに何ができたろう。
全てが見間違い、勘違いの世界ではなかったか。
今、他人と変わりない日常を送っているオレはそう思う、あれは本当に現実のことだったのか。
だからこうして書く、一つひとつ、当時の事を思い出しながら……

話をその晩に戻す

人形はオレの顔の前にあった。
オレは金縛りにあったように動けない。
今まで、金縛り、って現象に出会った事は何度かあった。
だけど、瞼を閉じることも出来ない、そんな金縛りははじめてだった。
それに、姪が呟いている、この言葉は何語だ?
もとより西洋圏の言葉でないのはわかる。
でも、中国、韓国、そんな言葉でもない。
強いて言えばやはり日本語か。
も少し、日本語勉強しとくべきだった。
ソミンって言葉、皆知ってるか?
当時のオレは全く知らなかった。

結局、そのまま人形とにらめっこをしているわけにもいかず、オレはいつしか寝てしまったようだ。
瞼が閉じれた所までは覚えている。
朝起きるとオレと姪の布団の間にその人形が置かれてあった。
その時、改めてくだらない事に気が付いた、人形って、いつ寝るのだろうか。
隣に寝ている姪もまた、目を開けてジッと天井を見ていた、この子は昨夜寝たんだろうか。
昨夜の事が、夢か現実なのかよく解らないまま、甥を起こし、三人で階下に降りた。
いつものように朝食が出来ていた。
姉は首の下、二の腕に以前あの斑紋はあったが、今朝は心なしか気分がいいように見えた。
それに姪があの人形を抱いていることにも、何も言わなかった。
むしろ、甥の方があの人形を部屋に置いてくるように、しつこく妹に言っていた。

食事の後、甥がやってきてオレの耳元で囁いた。
昨日の夜は怖かったでしょ、と。
見ていたらしい、昨夜の事を。
そこでオレは改めて、あれが夢ではなかったと思うと共に、あの人形がどうして再びこの家に来たのかを思った。
あの神社に人形を戻しに行った日から、姪は神社に行く時間など無い。
強いて言えば昨日オレが本屋に行ったときか。
だが姪も姉も出掛けた様子はなかったが、甥はその時間、学校のプールに行っていて、知らないという。

姪が人形を抱いて玄関を出るのが見えた。
どこへ行くのかと思えば母屋へ行ったらしい。
この家、母屋と反対側に玄関がある。
つまり通りに面してそれぞれに玄関があるわけだ。
通りに出ても互いに行き来はできるが、普段は庭を突っ切って、互いの茶の間から出入りしている。
だから姪がわざわざ通りに出るのを見て、回りくどいことだと思った。

その姪が、今度は母屋の茶の間から出てきて、祖父の(彼女から見て)手を引いて庭に降りてくるのが見えた。
どうやら蔵に入るらしい。
人形の事は一時忘れて、オレは好奇心に駆られた。
あの薄茶の土壁の蔵、オレも前々から興味を持っていたが、まだ入った耕とはなかった。
オレはさっそく甥を誘って庭に降りた。

蔵には普段は黒くてゴツい鍵が掛けられているのだが、思った通りその時は外されて扉は開け放たれていた。
オレは中にいる老人に軽く会釈をすると、甥とともに中に入った。
何を出すのか、とオレは聞いた、手伝いますとも
老人の話では、そんなにたいそうな物ではないらしい。
これくらいの、と言って彼は胸の前に手を広げて見せた。
小さな木の箱らしい。
姪の方を見ながら、どこに仕舞ったか覚えとらんぞ、というような事を言って、またそこいらを探し始めた。
甥が妹に、何を探させているのかと聞いた。
姪が答える。

ソミンショウライフ

ゴズテンノウサイモン

何語だそれ?
ゴズテンノウはわかったが後の言葉は解らなかった。
だが姪はかなり明瞭にその言葉を言った。
そして甥もまた、ジィチャン、あれ蔵に入れてるのか、バチあたるぞ、そんな意味の事を言った。
じいさま答えて、古いやつはな。

蔵には他にも鎧甲やら長持ちやら、興味を引きそうな物が色々とあったが、その聞き慣れない言葉に、幾分かの肌寒さとともにオレの耳は釘付けになった。

蘇民将来符

そういう字を書くそうだ。
オレにとっては、その言葉、聞くのも初めてだったし、その実物を見るのも初めてだった。
それを納めた箱は幾つもあった。
何れも中に納めた将来符は大きさもまちまちだった。
ただ形は断面が六角形であり、先が尖って、何かチビた鉛筆のようだった。
その鉛筆の腹には絵と文字が書いてある。
中には飴色をしたものもあり、その色からして相当古そうな物もある。
牛頭天皇祭文、こちらの方は将来符の縁起を記したもの。
牛頭天皇、今は素戔嗚尊と同一視される事が多い。
蘇民に茅の穂を渡し、我は素戔嗚尊なり、そう言って去っていった風来坊。
何れも、信濃、今の長野県の国分寺が有名なので、ググればすぐ見つかるから興味がある方は引いてみるといいだろう。
国分寺では、毎年一月の7日と8日にその護符が配布?されるそうだ。
効能は災難を取り除く?
但し表面に書かれた言葉によって多少、その意味が違うそうだが。

小難しい話は少し置く

実際、当時、友人(めんどくさいから、以後、メタギアのオタコンにするな、実際よく似てる)
からの情報では、あまりに聞き慣れない漢字が多く、その場ではよく理解できなかった。

ただ何故、姪がそんな物を欲しがったのか。
それはじいさまの次の言葉で合点がいった。
母さん早く良くなるといいな、と。
なる程、疫病にとらわれていたが、病全般に効くものものだろ、この将来符とやらは。
翌日は、病院へ姉の検査の結果を聞きに行く

姪はその将来符の内、手のひらに収まる位の、一番小さいものを手に取ると、それを人形の帯に挟み込んだ。
人形の不思議さがまた一段増した気がした。
聞いたところでは、本来は将来符というのは、家の中、神棚や鴨居の上に並べ立てて置くものだそうだ。
けれどその家では何年か前の、静岡に地震が頻発した際に落ちてきて、太い鉛筆のような尖った先端がじいさまの頭を直撃したそうで、以来、箱に収めて蔵に入れたそうである。
材質は主に柳だそうだが、他に桐やタラも使うそうだ、何れ大きなやつならば、結構重かろう。

蔵を辞すとオレは甥を連れて姉の家に戻った。
姪の方は母屋の子供と遊ぶと言い、じいさまと母屋に向かった。
途中、井戸の横を通り過ぎる、祠にその日は桃が備えられていた、昨日は何だったろうか。
家に戻ると姉が今し方、地震があったと言う、けっこう揺れたと。
確かに蔵というものは堅牢な造りのものだというが、それにしても中には細々としたものがいくらも積まれてあって、それらがカタリともしなかった。
先の夜の事があったから、甥の口は開けたままになった。

家鳴り、その殆どは排水溝や、近くを走る高速道路などの振動が、ある特定の場所に伝わるもの、つまり一種の共鳴現象だ。
だが、そうとも言えない、とても共鳴とは言えないほどの揺れを体験した人もいるという、日本にも外国にも。

家鳴りとは違うが、昔、山に行ったとき、麓の河原の側で一泊した。
オレ達以外に野営している者は付近にはいなかった。
近くに古びた神社があった。
閂が差し込んであるだけだったので、面白半分に友人と忍び込んだ。
暫くして板壁の左右、後ろを、モノ凄い勢いで叩かれた、地震なのか、獣でも壁に突っ込んだのか、今もって解らない。

とにかくオレは部屋に戻ると、机の上に念のために水を入れたコップを置いた。
その時に、出来ることがあれば、取り合えずやってみる主義だ。
一時間程して姪が戻ってきた。
スーパーの袋に、母屋から桃を貰ったと、幾つか入れて帰ってきた、たぶん祠に供えてあったのと同じ桃だろう。
何故か姪は、夕食を前にしてそれを剥けとせがんだ。
よく冷えた桃だったが、一つだけヌルイのがあった、祠に供えてあったものだろうか。

その晩、コップの水に波紋はでなかった。
今日もオレの部屋で寝る甥と姪は、始終、興味深げにコップの表面を眺めていた。
姪は、今日は人形を持ってこなかった、部屋に置いてきたと言う。

翌日、姉と、姪を連れて病院に向かった

病院という所は意外と病気を貰うところで、姉は姪を連れて行くのは嫌がったが、何故かオレは目を離すのが不安で、強いて連れて行くことにした。
甥は母屋に預けた。
何となく、誰かをこの家に一人で残しておくのが不安だった。

検査の結果を説明された、この時はオレも一緒に病室に入った。
姪は待合室に残したが、医者の説明では、確かに肝臓が少し腫れているようだと言う。
しかし血液検査では何も見受けられなかったとも
当時のその時点では、肝炎もなく、しかし急激な発症例からすると、肝吸虫症、肝ジストマ症が考えられると言う。
胆管に寄生する寄生虫らしい。
即、検査入院を勧められたが、事情を話して明日にしてもらった。
今となっては、その判断は後悔している。
家に戻り、明日の入院の用意をしている時、姉はいきなり倒れた。
オレは救急車を呼び、甥を母屋に走らせた。

義兄が到着したのは、その晩も更けようとしている頃だった。

義兄は既に病院に立ち寄ってきたそうだ。
担当医はいなかったが、看護士の話では、便検査が必要との事、便採取は姉が倒れていた間に済ませており、明後日には結果が出るとの事。
そして今は命に云々という状態ではなく、比較的落ち着いてるとの事。
それを聞いて義兄は取り合えず家に戻ったわけだ。
一通り、話が一段落した後、オレはあの神社の事を彼に聞きたくなった。
場合が場合だから、オレの思った事をそのまま聞いたならば、こんな時になにをバカな事を、と一喝されるのは分かっていたから、なるべく婉曲に、世間話に織り交ぜて。
それでも不快かとも思ったが、以外にも義兄は話に乗ってきた。

以下、義兄の話

あの神社の奥、一般に神の場所とされている所に、井戸があるそうだ。
人はその水は飲むことが出来ない、所謂、神の水という事らしい。
その井戸の傍で、義兄の同級生、当時、小学五年生くらいだったらしい、が猫を捨てたそうだ。
捨てたというよりも、箱に入れて、そこで育てるつもりだったらしい。
その同級生は、仲のよかった義兄に、その事をそっと耳打ちしたらしい。
義兄も二、三日の内にはその猫を見に行くつもりだったらしい。

猫に関連する話

その話、当時の地方新聞にも書かれた事なので、あまり詳しくは書けない。
ただ、義兄は、その日もその同級生が猫に餌をやりに、あの神社に行くことは知っていたそうだ。
だけどその同級生は、その日、家に戻らなかったそうだ。
当然、男子行方不明、学校でも朝礼でその話が出たし、新聞にも載った。
両親も、いずれは見つかると思うだろう、ずいぶん長い間、その土地に住んでいたらしいけど、やがて諦めたのか、他の土地に引っ越したらしい。
で、猫の事だが、箱に入れられた猫は、首が切断された状態で、箱に納まっていたそうだ。
もっとも、猫の件は、新聞ネタなのか、クラスの怪談ネタなのかはっきりしないが。
だから、義兄に言わせると、あの場所は人が入ってはいけない場所だそうな。
そう言われると、余計に入ってみたくなる、オレの性分。

ここで、病院の話に出た肝吸虫症について、雑学程度だがも少し書いておきたい。

この寄生虫、まずタニシなどの貝に寄生するそうだ、そしてその貝を食べた鯉やフナなどを加熱せずに食べると、人間を宿主として胆管に留まる。
潜伏期間は6〜8週間位だそうで、発症しても初期の頃は自覚症状が無いことが多いそうだ。
但し重度になると死亡するケースもある。
日本ではあまり例がない病気だが、韓国から中国、マレーシア、カンボジアと、中央、東南アジア圏によく見られるらしい。
8週間前と言えばオレが来る前の事だが。
しかし海外に旅行したとは聞かないし。

食べ物にしても、姉は元来、生物はあまり口にしない方で、まして川魚の洗いなどは食べないだろう。
子供の頃、父方の実家に行くと、よく鯉濃を出してくれた。
交通の便が悪い、山の中の事だったから、せめての滋養、ご馳走だったのだろう。
だが姉は、生臭い、泥臭い、と言ってガンとして食べなかった。

義兄がシャワーを浴びるため、話は一時中断した。

浴室に向かう前に二階に上がったようだ。
書斎に荷物を置きに行ったのと、今日もオレの部屋で寝ている子供達の様子を見に行ったのだろう。

その夜、妙な所からあの人形の出所がわかった。
あの人形は、おそらくは、棄てたものではないそうである。
あの人形の所有者は、あの神社のはずだ、と。

義兄はシャワーから戻ると、ビールを出して再び話し始めた。
今度はオレが尋ねるというより、彼がオレに畳み掛けるといった感じだ。
姪の枕元にあった人形を見た義兄は、まず、あの人形はどうしたのかと聞いた。
オレが答えるより早く、彼は、あの人形を見たことがあると言った。

子供の失踪というのは、身代金の要求とか、表沙汰になるもの以外にも、けっこうあるそうだ、実数はオレは把握できてはないが。
青年の場合ならば家出、駆け落ちがかなりの割合である。
だがそれが比較的低年齢、小学生ぐらいの場合には、親、警察等が先ず考えるのは、事故だ。
義兄の同級生が失踪した当時、まず側にあった井戸が調べられた。
神主の立ち合いのもとで。
次に拝殿、社の中だ。
同時に、その時同級生が社の奥で猫を飼ってる事を知っていたのは、おそらく義兄だけだったのだろうから、当然、彼も重要な参考人として、警察官と共にその場に同行していた。
その時に見たそうだ、社の中を。

中央に銅鏡のようなものが有って、その前に黄色い稲の穂のようなものがあったそうだ。
そして、そのさらに奥、左手に一段低い台、というか棚の様ものがあったそうだ。
その棚に、20体ばかりの人形が飾ってあったそうである。
顔の造りはまちまちで、中には御河童頭の男の子の人形もある。
しかし何れも着物を着ていて、今にして思えば、何となくだか、昭和の初期か大正くらいのものではなかったか、そう言っていた。
確かにあの人形も、オレの祖母の家あったものと同じ、大正時代か昭和の初期の作、顔は少し扁平だか、何やら気品のある顔立ちだ。
作りも今の人形より精巧なような気がする。
勿論、オレはその辺りのことは素人なのだか。
後で知った事だが、人形というのは、着物をめくると、腹の部分に、その作者の名前が書いてある事が多いそうな。
それを知っていれば、あるいは何かの手掛かりにはなったかも知れない。

義兄の話に戻す

あの人形、顔の作りも、着物の柄も、あの時、棚の一番上の、端にあった人形によくにてると。

義兄の年齢から考えると、当時の件は昭和の40年代も半ばの頃だろう。
当時の日本の農村には、まだ肥壷なんてものが当然あった。
あれ、深さが二メートル近くあって、けっこう深いんだ。
大抵は、木の蓋がしてあるのだが、中には蓋もして無く、表面がカパカパに乾いていて、まわりの地面と区別がつかなかったりする。
だから、神社からその子の家までの経路、そんな所にも捜査が加えられた。
しかし、その子の行方は杳として知れなかった。

よく憶えてくれていたと思う、当時の事を。
一因として、義兄は、オレと同じメモ魔だったから
一方は、それを武器にして出世したが、また一方は、それがアダとなり、離婚、退職(オレ様)した。
話の本筋とは違う、オレの愚痴。
とまれ、話は人形に戻る。
その社の人形を見たとき、神主が大雑把に説明してくれたそうだ。
その人形の由来を。

神主の話によると、大正の終わり頃、先代の神主の時に、この村でコレラが流行ったそうである。
現代の日本では発生も稀だし、症状も軽くに抑えられるが。
当時、村、と呼ばれていたこの地域の医療技術や、衛生観念がどの程度のものだったのか。
体力のある壮健な男女は治癒したそうだが、結果的に幼い子供や老人にかなりの死者が出たそうである。
1ヶ月程で流行は下火となったが、その盛りの時に、先代神主が、疫病、災厄除けを、かの神社に祈願したそうである。
村中総出のことで、歩ける村人は皆集まったらしい。
その時に、既に亡くなってしまった子供らの人形も供養して神社に納める事になったらしい。
つまりその人形達は、その時に亡くなった、全ての子供らの依代みたいなものかも知れなかった。
そんな人形を、姪は持ち出してきたのだ。
結局、その時の原因は井戸からと後になってわかったらしい。
どこの家でも井戸に蓋がされ使われなくなり、かわりに脇に祠が建てられた。
水質検査をして使用できるようになったのは戦後の事らしい。
その夜、姪の枕元にある人形を見ながら、寝床で考えた。
でも、何故将来符なんだ。
姪なりの供養の仕方なのか。

翌日、昼近くになって、オレ達は車で病院へ向かった

今日は甥と姪も一緒だ。
病室に入っていくと、姉は半身を起こして出迎えてくれた、まず子供達が駆け寄っていく
姉は義兄の顔を見ると、少し驚いた顔をしたが嬉しそうだった。
久し振りの親子四人の対面。
オレは姉に、入院時の足りないものを聞くと、売店に降りて行った。
姉に言われたものを買うと、この売店には本屋もある事に気がついた。
少し時間を潰そうと思った。
なる程、病院には子供から老人まで、様々の人が入院している。
絵本から盆栽の本まで小さいスペースながら、様々なジャンルがあった。
店内を物色している内に、ふと一冊の小誌に目がいった。
おそらく自費出版に近いものだろう。
装丁もただ厚紙にタイトルの、○○市郷土民族史、と印刷されただけのものだった、著者の欄には○○会とあった。
その本を持ってレジに向かった。

病室に戻ると、姉に売店の袋を渡し、いくつかの会話の後、あとは義兄にまかす事にして、オレは病室を出た。
今日はこれから、昨夜聞いた、神社の奥の井戸に行くつもりだった、暗くならない内に。
バス停に向かう道々、オレは姉の事を考えた。
今日は比較的、楽そうだったが赤い斑紋は増えている気がした。
蜘蛛状血管腫と呼ばれているそれは、別名、メデューサの首とも言われている。

車中では、先程買った本を流し読みする。
やはり、昨日聞いたコレラの記述はなかった。
市の中では、小さい町だ、あの地域は。
だが、それよりも目を引く記述があった。
天保年間後期、あの地域を、痘瘡、天然痘が襲ったそうだ。
最初、災厄は隣の村から来て、あの村に住み着いた。
死者の数限りなく、一日に、棺桶が幾つも寺に運ばれる。
仕舞には棺が間に合わず、遺体を剥き出しのまま、河原で焼いたそうである。
死臭と線香の臭いが混じり合い犬も居なくなったそうだ。
同時に、隣村からは閉め出され、村は完全な孤立状態になった。

天然痘の不思議なところは、10人の内、4人は病に罹り命を落とす。
4人は罹患はするが何とか命は助かる。
そして残る二人は、罹患もしないというところがある。
生まれつき抗体を持っているのか。
その時の詳しい記録は、あの地域で最も古い寺にあると書いてあった。
そこまで読んで、オレは思った。
あの神社、もしかしてその時に建てられたものじゃないかと。

バスを降りると、オレは荷物をとりに一度姉の家に戻った

ラジオ付きの非常用懐中電灯、五徳ナイフ、オフロードバイク用の革手袋、そして5mと10mの細引き二本、針金とラジオベンチ、タッパーとマグカップ。
それがオレのフィールドワークの基本だ。

まだ陽は高い、だか少し早足で神社に向かう。

夏休みである筈なのに、この神社には大抵、子供は遊んでない。
神社の横を通り、さらにその奥、裏手の森に入っていく。
井戸はその中にひっそりとあった。
屋根も、釣瓶も桶もない、正に神だけの井戸と言う感じだった。
井戸そのものは、コンクリでも煉瓦でもない、自然石を組み上げたもの。
ある程度の時間は経っているだろう、まわりには苔が生えていた。
周りは畳6畳ほど開けていて、地面には丸い石が敷き詰められている。
オレはそっと近付いていき、中を覗いてみる。
ほんの4、5メートル先で光は届かない。
昼間だというのに、森の中は薄暗い。
懐中電灯で中を照らしてみる。
ずっと下に、あれは水面か、灯りに照らされ反射している。
ここで下から、髪を振り乱した女が壁をよじ登ってきたらオレは泡吹いて気を失うだろう。
と、どこかの映画のワンシーンを思い浮かべた。

その辺りに落ちている石を拾ってみる、頭上に差し上げ真下に落とす、高さ約2m、下に落ちるまで約20フレーム。
その石を今度は井戸の中に落としてみる。
一、二、三…と数えて約12、3mか、中に入る気はサラサラ無いが。
しかしポチャンと音がした、水はある。
井戸の中を覗いている内に、何だか鼻の奥がツンとなった。
いわゆるスポットめぐり、をしている時に、たまに起こるオレの習慣、たぶん感傷だったろう。
この神社がオレの想像通り、その時建てられたのなら、何の為にこの井戸が掘られたのか。
あの時、無事治癒し、何とか命を拾った者も、結果的には村から追われたそうだ。
わずかばかりの食料を与えられ、山の奥に追われたそうだ、つまりは死ね、ということだ。
痘痕がのこり、失明する者もいた、醜い姿になった彼らは、再び村に災厄を呼ぶと言ってね。
抗体をもち、再び痘瘡に罹ることはない彼らを。
だが、天然痘は完全に世界から駆逐され、文明と技術の恩恵に溺れているオレ達には、彼らの無知を笑う権利はない。

帰る時に改めて気がついた、オレが来た左側とは反対に、左側にも誰かが歩いた跡がある。
誰が最近この井戸を覗いたのか。

これは告発ではないよ、全然

その村の歴史。
いま、自分達が住んでいる街、100年、わずか百年前はどうだったのか。
少し調べてみるといい。

先を急いでいる人がいるし、オレも少し疲れた。
やはりあの時の事、思い起こすのは少しシンドイ。
結果的に言うならば、姉は死んだ、そして姪も。
はっきり言って、あの家族は崩壊した。

残ったのは、甥と彼の弟だけである。

以上

もうすっかり夏ですね、ではとっておきの怖い話を
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/occult/1185699581/l50
からのコピペでした。

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