第21話:死神
私には一人の息子がいます。まだ幼児で、幼稚園にも通っていません。
私達が住んでいるのは会社の社宅で、かなり古い建物で隣の部屋とを隔てる壁も薄いんです。
ある年、社宅内で夏風邪が流行しました。
気を付けてはいたのですが、風邪は息子にも感染ってしまいました。
そして息子の熱が下がったのは一週間程も経った頃でした。
そんなある日、事件は起こりました。
昼下がり、息子は床に敷かれたタオルケットの上でウトウトと眠っていました。
熱は平熱に近くなっていました。
その日、私は一家三人の布団のシーツをいっぺんに洗っていました。
ところが昼過ぎから突然の雨。
慌ててベランダに干してあったシーツを取り込みましたが、それはまだ湿っていました。
私は部屋の中に洗濯ロープを張り、そしてそこにシーツを干したんです。
三つのシーツは、部屋を半分に区切ってしまいました。
ようやく一段落して、私は息子の枕元に腰を下ろしました。
息子が目を覚ましているのに気付いたのは、丁度その時でした。
パッチリと目を開いているんです。
「気分は?」
そう訪ねた私の言葉が耳に入らないとでも言うように、息子は言いました。
「あれ何?」
「え!?」
私はその時、息子が部屋の一点を見つめていることに気付きました。
息子はシーツを見ていたんです。部屋を二つに区切ってしまった三枚のシーツを……
「あれ、何?」
また息子が言いました。と同時にフワリ……
とシーツが動いたんです。
部屋の向こう側から、こちら側へ……
除湿にセットされたエアコンの風がシーツを揺らしたのかしら?
そうではありません。
シーツは、くっきり人の形にその膨らみを移動させているのです。
私達親子のいる方へ……
ゆっくりと移動してくる膨らみを目で追っていた私は、あることに気づいてゾッとなりました。
私の干したシーツが、息子の膝にかかっているんです。
息子の足はシーツの向こう側にあるんです。
次の瞬間、息子の体がズルっとシーツの向こう側へ引っ張られました。
何者かが息子の足を掴んで引張たんです。
家には私と息子の二人しかいないはずなのに……
「あああっ!!」
慌てて息子の腕を掴み、私は声を上げて息子を引っ張りました。
シーツの向こうの何かも引っ張り返します。
私はあまりに異常な事態に何も考えられなくなっていました。
ただ機械的に息子の腕を引っ張って、完全なパニック状態でした。
私を正気づかせたのは、幼い息子の声でした。
「おかぁさぁん」
その声が私に力を与えました。
息子の体を抱きしめると、自分でも信じられないような力で思いっきり引っ張ったんです。
小さな体が一気に引っ張り出されました。
その時、私は見たんです。
私の息子を引っ張っていた何かの手が、小さな足首を掴んだままこちら側へ引きずり出されてきたのです。
その手を見て私は悲鳴を上げ、息子を抱きしめました。
それは、骸骨だったのです。
息子の足首から、骨だけの手がスルッと離れました。
そしてそいつは言ったんです。
「間違えた……」
そしてシーツの向こうへ消えてしまったんです。
夫が帰宅するまで、私達は抱き合って震えていました。
事情を説明しましたが、夫は信じようとはしませんでした。
「本当なんだから!本当に見たんだから!!」
必死の説明を続けているとき、ドアのチャイムが鳴りました。
隣の奥さんでした。
同居していた義理の父がつい数時間前に息を引き取ったというのです。
夏風邪をこじらしたのが原因だったそうです。
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]