小野寺というのは、作業室から駅へ向かう途中にある食堂だった。
看板には店主の姓がそのまま書かれ、入口のガラスに、その日の定食を油性ペンで書いた紙が貼ってあった。野間さんは、水曜日の夕方にここで食事をするのだという。
作業室の打合せを兼ねているわけではない。他の利用者が来ることもない。一人で食べて、一人で帰る。
「毎週ですか」
「行けないときもあります」
「行けないときは、連絡を?」
「しないです。次の週に、先週は来られなかったと言います」
何のための引継ぎ項目なのか、私にはわからなかった。

十一月五日は水曜日だった。
野間さんの了承を得て、私は少し早く食堂へ行った。取材というより、作業室の経費に食事代が含まれていないか確認したい、と店主に伝えた。店主の小野寺稔さんは、手の水を前掛けで拭いてから、カウンターの下を探った。
「つけにはしてないよ」
領収書の控えはないという。野間さんは毎回、現金で払っていた。
席だけは空けておく。水曜は近くの事業所が早じまいで、混むことがあるからだった。
「予約ですか」
「まあ、予約ってほどでもないけど」
小野寺さんは壁の時計を見た。
六時二十分になると、野間さんが入ってきた。入口で私に軽く会釈したが、小野寺さんは私と彼を紹介し直すこともなく、いちばん奥の席へ湯飲みを置いた。
「今日は魚でいい?」
「はい」
「骨、気をつけてね」
特別なやり取りではなかった。
私は入口寄りの席で、自分の注文をした。野間さんは鞄から文庫本を出しかけ、戻した。箸袋の端を一度折り、また戻していた。
定食が来ると、箸で魚を片側に寄せ、骨を外した。皿の縁には、はじめから小さな空きがつくられていた。小野寺さんが別の客に料理を運びながら、そこへ小皿を置いた。
常連の習慣まで引き継いだらしかった。
食事が終わり、野間さんが会計を済ませたあと、小野寺さんは背を向けたまま言った。
「成瀬さん、家のほうは、まだ?」
野間さんは入口のところで足を止めた。
「まだです」
「寒くなるよ」
「ええ」
小野寺さんは、それで話を終えた。
外に出てから、名前を間違えられたのかと聞いた。
野間さんは振り返って、店の灯りを見た。
「そうでしたか」
「今、成瀬さん、と」
「言われたかもしれません」
気にしていないというより、言われたことを思い出そうとしているようだった。
「訂正したことは」
「何をですか」
私が黙ると、野間さんは、ああ、名前、と言った。
少し歩いたところで、彼は立ち止まった。鞄を開け、財布を取り出した。運転免許証を途中まで引き抜き、自分だけに見える角度で確かめてから戻した。
「店にいるときは、名前の話をしてる気がしないんです」
その言い方が理解できなかったので、私は帰宅後の記録に、引用符をつけて残した。
翌日の昼、小野寺さんへ改めて話を聞いた。
野間さんの名前を伝えると、そんな名前だったかもしれない、と答えた。成瀬さんと顔が似ているのかと聞くと、似ていない、と即答した。
「成瀬さんは、もっと年が上。私とそう変わらないから」
「いつごろまで来られていましたか」
「今も来てるでしょう」
「昨日来たのは、野間さんです」
「そういう名前なんだね」
私が手帳に書くのを見て、小野寺さんは困ったように笑った。
「名前をちゃんと覚えろってことなら、ごめんなさい。そういうの苦手なんだ」
呼び名の曖昧な常連なら、ほかにもいる。
成瀬さんの顔をまだ知らない私は、写真を並べることもできなかった。店主の記憶力を試す聞き方は避け、昔の記録を尋ねた。
小野寺さんは、予定帳なら取ってあるものがある、と言った。
貸してもらった予定帳には、仕入れと団体予約が混在していた。人数がつくのは町内の会合や宴会で、個人の名前はほとんどなかった。
二〇一五年の水曜日の欄には、十八・二〇、成瀬、一、と鉛筆で書かれていた。
二〇一九年も同じだった。二〇二二年も、二〇二四年も同じだった。
途中から名前が省かれ、時刻と一だけになる週が増えた。毎週必ず記入されているわけではない。記憶の補助として書いたものらしく、空欄の週に来店がなかったかどうかはわからなかった。
食事の内容については、成瀬さんの左手が不自由だった時期に、骨を外しやすい魚を出していたという話が出た。
「それで、小皿を置くようになったんだと思う。昔のことだけど」
資料二 小野寺食堂予定帳
二〇一五年十月七日
十八・二〇 成瀬 一
左手 まだ少し
煮魚 小皿
資料三 小野寺食堂予定帳
二〇二四年十月九日
十八・二〇 一
小皿
予定帳の二点は、同じ人物の長い通院記録のようにも見えた。ただ、ここに記されている期間の大半、成瀬さんは作業室の担当者ではなかった。
野間さんに、誰から食事の予定を聞いたのか確かめた。
黒田さんから、紙に書いてあるとおりにすれば大丈夫、と言われたのだという。
「初めは挨拶に行くものだと思ってました。工具か何かを預けているのかなと」
「店に行って、違うとわかりませんでしたか」
「ご飯が出てきたので」
「出てきたから、食べた?」
「そうです」
彼は笑わなかった。
二回目からは、仕事が終わると自然に足が向いた。水曜日の夕方に別の用事を入れると、落ち着かなかった。食べなくてはいけないと思ったのかと聞くと、そんな義務感はない、と答えた。
「ただ、あの時間を過ぎると、もう夕飯を食べたような気がするんです。行ってない日でも」
野間さんは一人で暮らしていた。自分の家で夕食を作りかけ、包丁を置いたことが何度かあるという。
食堂で食べた日については、自分で払ったことをよく覚えていた。財布から千円札を出し、釣りを受け取る。味の記憶もあった。ただ、帰り道の途中で、誰と食べたのだったかと思うことがあった。
「一人なんですよ。隣に誰かがいたとか、そういうことじゃなくて」
野間さんは、私が書き留める文章を覗き込んだ。
「一人で食べたことだけが、あとから合わなくなるんです」
その日の記録の最後に、私は次のように書いた。
食堂側は歴代の担当者を、成瀬という同一の呼称で扱っていた可能性。
本人の名を取り違えただけか、単に席の呼称なのか、未確認。
いま読み返すと、その二行には、確かめたかったことと、確かめずに済ませたかったことが同じくらい入っている。
当時の私は、まだ、引継ぎ票の余計な一行を削れば終わると思っていた。
[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]
本作はフィクションです。団体、場所、人物、取材、年月日および資料は、すべて作品内の架空の設定です。挿絵は架空の場面を描いた生成画像で、実際の記録写真ではありません。