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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

混ざる声 ncw+379-0114

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学生時代に一度だけ、口外すまいと固く決めた出来事がある。

だが年月を経ても胸の底に沈殿したまま、夜になると耳鳴りに紛れて浮かび上がってくる。黙っていれば腐るだけだと、最近になって思うようになった。だから、こうして書く。

大学を出て間もない頃、私は短期間だけオーストラリアに滞在していた。都市部から何時間も離れた内陸で、牧場を営む知人を頼って数日厄介になっていた。見渡す限り乾いた大地と低い森が続き、夜になると風の音以外、何も聞こえなくなる土地だった。

滞在二日目の夕方、町の小さな酒場で、妙な沈黙を伴う噂を耳にした。谷を越えた先に、地図に載らない集落があるという話だ。誰かが話題に出すたび、周囲の空気が一段冷え、話は必ず途中で切り上げられる。ただ一言、「行くな」とだけ言われた。

理由は聞けなかった。聞こうとすると、視線を逸らされるか、話題を変えられた。私はそれを、辺境特有の迷信だろうと軽く考えてしまった。禁止されるほど、見てみたくなる。若さゆえの、浅はかな好奇心だった。

翌朝、知人が作業に出た隙を見て、牧場を抜け出した。谷に向かう獣道を辿り、低木と岩の間を進む。踏み跡は次第に薄れ、風の音も届かなくなった。半日ほど歩いた頃、林が不意に途切れた。

そこには、崩れかけたトタン小屋が点在していた。建物というより、寄せ集められた残骸のようだった。木の枝には、布切れとも皮ともつかないものが引っかかり、風もないのに、わずかに揺れていた。

人の気配はない。それなのに、確かに見られている感覚だけがあった。視線が、あちこちの影から突き刺さってくる。

足元の土がぬかるみ、そこで初めて臭いに気づいた。獣の死骸に似ているが、それよりも甘く、重たい。喉の奥に絡みつく匂いだった。

小屋の間を進むと、裸足の子どもが一人立っていた。泥だらけで、こちらを見ている。瞳は澄んでいるのに、焦点が合っていない。笑っているのか、泣いているのか分からない顔だった。声をかけたが、反応はない。やがて子どもは、草むらの奥へすっと消えた。

追おうとした瞬間、背後で何かが擦れる音がした。

「……帰れ」

誰かの声だった。耳元ではない。風に紛れたような、遠い場所からの囁きだった。振り向くと、小屋の隙間や暗がりから、人影が浮かび上がっていた。

老人のようで、子どものようでもあった。年齢の判断がつかない。顔には不自然な皺が刻まれ、目だけが異様に若い。彼らは言葉を発していないのに、低いうめきのような音が重なり合い、空気を震わせていた。

意味は分からないはずだった。だが、その音が、私に向けられていることだけは分かった。

残れ、と言われた気がした。
混ざれ、と聞こえた気もした。

足が動かない。視界が歪み、耳鳴りが強くなる。次の瞬間、地面に倒れた。

気づいた時には、夕陽が傾いていた。頭は割れるように痛み、服も身体も泥にまみれていた。必死に来た道を戻り、牧場に辿り着いた頃には、辺りは薄暗くなっていた。

知人は、私の姿を見るなり顔色を変えた。何があったのか聞こうとはしなかった。ただ黙って翌日の飛行機を手配し、「もう二度と、あの谷には行くな」とだけ言った。

数年後、新聞の片隅で、内陸部の不法居住地が発見されたという短い記事を読んだ。詳細は書かれていなかった。人が住んでいたらしい、とだけ。

それ以来、夜になると耳の奥で、あの重なり合う音が蘇る。声と呼ぶには曖昧で、風とも違う。意味は今も分からない。

鏡を覗くと、輪郭が一瞬だけ滲むことがある。老いているのか、若いのか、自分でも判断がつかない顔が、重なって見える。

私は本当に、外に戻ってきたのだろうか。

[出典:コルト一家の近親相姦]

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