私の住む集落の近くに、犬の死ぬ道がある。
そこを通った犬は、死ぬ。そう言われている。
道自体は、どこにでもある農道だ。リンゴ畑の真ん中をまっすぐ貫き、徒歩二十分ほどで小さな商店に出られる。晴れた日は風が通り、畑越しに山が見える。子どものころから何度も歩いたし、特別な違和感を覚えたことは一度もない。
ただ、犬を連れている人間だけは、あそこを通らない。
大学一年の夏、久しぶりに帰省したときのことだ。集落の外れで、見知らぬ若い夫婦とすれ違った。人の出入りがほとんどない場所だから、余所者はすぐにわかる。しかも若い。観光に来るような土地でもない。
一緒にいた妹に小声で聞くと、先月から住み始めた人だという。奥さんのほうが、この集落に縁のある家の孫らしかった。もう何年も前に亡くなった爺さんの家が空いたままになっていて、そこに入ったのだそうだ。
そのときは、特に気にも留めなかった。
次に帰省したのは年末だった。母から、妙に歯切れの悪い話を聞かされた。
件の夫婦が飼っていた犬が、死んだのだという。小型犬で、まだ若かった。病気でも事故でもなかったらしい。
「原因はわからんの?」と聞くと、母は少し間を置いて言った。
「あの道を通ったらしいんよ」
犬の死ぬ道だ。
「誰か、止めんかったんか」
「言うたよ。ちゃんと」
夫婦は信じなかったのだろう、と母は言った。都会の人間には、迷信にしか聞こえなかったのかもしれない。
翌日、私は近所の余田の婆さんのところへ行った。昔のことをよく知っている人だ。
「あっこの道、なんで犬が死ぬんだ」
婆さんは少し笑って、首をすくめた。
「さあなあ。昔からそう言われとるだけだで」
「神様の話、あるだろ」
「ああ、あるな」
道の曲がり角に、腰ほどの大きさの岩がある。畑の境目に半分埋まったような、目立たない石だ。
「あれがどうとか、言う人もおる」
「御神体だとか?」
「そう言う人もおる」
婆さんは断定しなかった。祠を建てようとして雷が落ちたとか、動かそうとした人間に災いがあったとか、いくつかの話を、すべて伝聞の形で語った。
「犬が嫌いだって?」
「そういう話も聞いたことはある」
理由は語られなかった。昔、犬に何かされたとか、されたらしいとか、されたと聞いたとか、その程度だ。
帰り道、私は例の農道を通った。犬は連れていない。何度も通った道だ。岩も見た。相変わらず、ただの石にしか見えなかった。
その夜、ふと思った。
もし、犬を抱いた人間が通ったらどうなるのか。犬が歩かなければ、いいのか。リードを引いていなければ、いいのか。車に乗せて通ったらどうなのか。犬がいなくなったあと、その道を人間が通るのは、本当に無関係なのか。
集落では、犬を飼っている家が少しずつ減っている。高齢化のせいだ。道を避ける人間も、年々減っている。
あの夫婦は、今もあの家に住んでいる。しばらくは塞ぎ込んでいたらしいが、数年後、また犬を飼い始めたと聞いた。今度は、あの道を使わないようにしているのだという。
だが、それを誰から聞いたのか、正確には覚えていない。
私自身、あの道を通り続けている。犬はいない。だが、何も連れていないとは言い切れない気がする。
最近、道の曲がり角の岩の位置が、少し変わったように見えることがある。畑の持ち主は、そんなはずはないと言う。
犬の死ぬ道は、今日もそこにある。何も起きていないように見える。ただ、それだけだ。
[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「ほしな ◆YZpuwgGc」 2019/03/10]