短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

何も連れていない nc+

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私の住む集落の近くに、犬の死ぬ道がある。

そこを通った犬は、死ぬ。そう言われている。

道自体は、どこにでもある農道だ。リンゴ畑の真ん中をまっすぐ貫き、徒歩二十分ほどで小さな商店に出られる。晴れた日は風が通り、畑越しに山が見える。子どものころから何度も歩いたし、特別な違和感を覚えたことは一度もない。

ただ、犬を連れている人間だけは、あそこを通らない。

大学一年の夏、久しぶりに帰省したときのことだ。集落の外れで、見知らぬ若い夫婦とすれ違った。人の出入りがほとんどない場所だから、余所者はすぐにわかる。しかも若い。観光に来るような土地でもない。

一緒にいた妹に小声で聞くと、先月から住み始めた人だという。奥さんのほうが、この集落に縁のある家の孫らしかった。もう何年も前に亡くなった爺さんの家が空いたままになっていて、そこに入ったのだそうだ。

そのときは、特に気にも留めなかった。

次に帰省したのは年末だった。母から、妙に歯切れの悪い話を聞かされた。

件の夫婦が飼っていた犬が、死んだのだという。小型犬で、まだ若かった。病気でも事故でもなかったらしい。

「原因はわからんの?」と聞くと、母は少し間を置いて言った。

「あの道を通ったらしいんよ」

犬の死ぬ道だ。

「誰か、止めんかったんか」

「言うたよ。ちゃんと」

夫婦は信じなかったのだろう、と母は言った。都会の人間には、迷信にしか聞こえなかったのかもしれない。

翌日、私は近所の余田の婆さんのところへ行った。昔のことをよく知っている人だ。

「あっこの道、なんで犬が死ぬんだ」

婆さんは少し笑って、首をすくめた。

「さあなあ。昔からそう言われとるだけだで」

「神様の話、あるだろ」

「ああ、あるな」

道の曲がり角に、腰ほどの大きさの岩がある。畑の境目に半分埋まったような、目立たない石だ。

「あれがどうとか、言う人もおる」

「御神体だとか?」

「そう言う人もおる」

婆さんは断定しなかった。祠を建てようとして雷が落ちたとか、動かそうとした人間に災いがあったとか、いくつかの話を、すべて伝聞の形で語った。

「犬が嫌いだって?」

「そういう話も聞いたことはある」

理由は語られなかった。昔、犬に何かされたとか、されたらしいとか、されたと聞いたとか、その程度だ。

帰り道、私は例の農道を通った。犬は連れていない。何度も通った道だ。岩も見た。相変わらず、ただの石にしか見えなかった。

その夜、ふと思った。

もし、犬を抱いた人間が通ったらどうなるのか。犬が歩かなければ、いいのか。リードを引いていなければ、いいのか。車に乗せて通ったらどうなのか。犬がいなくなったあと、その道を人間が通るのは、本当に無関係なのか。

集落では、犬を飼っている家が少しずつ減っている。高齢化のせいだ。道を避ける人間も、年々減っている。

あの夫婦は、今もあの家に住んでいる。しばらくは塞ぎ込んでいたらしいが、数年後、また犬を飼い始めたと聞いた。今度は、あの道を使わないようにしているのだという。

だが、それを誰から聞いたのか、正確には覚えていない。

私自身、あの道を通り続けている。犬はいない。だが、何も連れていないとは言い切れない気がする。

最近、道の曲がり角の岩の位置が、少し変わったように見えることがある。畑の持ち主は、そんなはずはないと言う。

犬の死ぬ道は、今日もそこにある。何も起きていないように見える。ただ、それだけだ。

[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「ほしな ◆YZpuwgGc」 2019/03/10]

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