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まだ玄関にいる rw+1,638-0220

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玄関を開けた瞬間、胸の奥にあの夕暮れが貼りついた。

実家は古い日本家屋だった。間口は広く、奥へ奥へと細長い。廊下の板は痩せ、踏めば乾いた音を立てる。障子は茶色く濁り、昼でも光は薄い。梁が落とす影が部屋の隅に溜まり、そこだけ時間が沈んでいるように見えた。

あの日、学校から帰って引き戸を開けたときも、家はいつも通りそこにあった。

ただ、音だけがなかった。

祖母の「おかえり」も、母の足音も、台所の湯気も、祖父の咳払いもない。奥まで見通せる廊下が、息を止めている。

出かけると聞いていない。なのに家の中は空洞だった。息を吸うたび、胸の内側を指で押されるような圧迫が広がる。

奥へ行かなければならない。

理由はない。けれど、その考えだけが、はっきりしていた。行かなければ、ここに立っていること自体が間違いになる。そんな焦りが足を動かす。

靴を脱ぎ、廊下に上がる。襖を開ける。すぱん、と乾いた音が響く。次を開ける。すぱん。さらに、すぱん。

三つ目を開ければ奥座敷のはずだった。だが、部屋は続いた。見慣れた畳の匂いが同じなのに、距離だけが延びていく。

開けても、まだ先がある。

振り返らない。振り返れば、何かがそこに立っていると知っていたからだ。

喉がひゅうと鳴る。息が浅い。足が止まらない。襖の音だけが規則正しく家を刻む。

やがて、行き止まりに突き当たった。

奥座敷だった。

仏壇が暗がりの中で輪郭を持っている。光と呼ぶほどではない。ただ、そこだけが見える。

そこで、ようやく気づく。

ここへ来ること自体が、間違いだった。

引き返そうと振り向いた。

廊下が長い。

開け放った襖が、いくつも並び、その脇に、同じ背丈の影が立っている。

白い衣。腕が長い。膝の下まで垂れている。顔はあるはずなのに、焦点が合わない。目を向けると、輪郭がにじむ。

動いていない。

ただ、こちらを見ている。

私は後ずさる。足の裏が畳を擦る。影は近づかない。だが、距離が縮まっている気がする。

一番手前の影が、わずかに傾いた。

逃げなければならない。

玄関はあちらだと分かっている。けれど、廊下の向こう側が本当に外に通じているのか、急に自信がなくなる。

それでも走る。

目を閉じ、最前列の影に向かって飛び込む。

冷たい。

腕だった。

長い腕が、胸の前で交差し、背中を包む。力は強くない。ただ、離さない。

耳元で、湿った息が触れる。

「おかえり」

声は女だった。

祖母の声でも、母の声でもない。けれど、知っている気がした。

襖が、後ろで一枚、閉じる音がする。

目を開ける。

玄関に立っている。

祖母と母がこちらを見ている。「どうしたの、早く入りなさい」と言う。

私は一歩、上がり框に足をかける。

その瞬間、背中に、あの腕の重さが戻る。

振り返る。

廊下は短い。襖は三枚だけ。奥座敷も、いつもの距離だ。

ただ、母と祖母の立つ位置が、少し奥すぎる。

玄関から、あんなに離れていただろうか。

二人は動かない。

「おかえり」

同時に言った。

声が重なった。

私は、まだ、玄関にいる。

靴を脱いだ記憶がない。

それなのに、背中には腕の感触がある。

家の中に入ったのか、迎えられたのか、それとも、まだ立たされたままなのか。

今も実家に帰るとき、私は必ず一度、玄関で立ち止まる。

あの家は、誰を外に出し、誰を中に入れるのか、決めている気がするからだ。

そして毎回、同じ声が聞こえる。

「おかえり」

それが、本当に私に向けられているのかは、確かめたことがない。

[出典:53 :本当にあった怖い名無し:2022/03/10(木) 17:09:44.14 ID:l9PAXCBH0.net]

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