短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

赤い海【ゆっくり朗読】3200

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これは俺が大学生になった時に知り合った友達の話しだ。

175 名前:海 投稿日:2003/06/27 20:20

オレの名前は仮に田口、友達は仮に佐藤としておこう。

さて、佐藤は今から三年半くらい前に、海の近くのマンションに住み始めた。

佐藤は絵画を描くのが好きで、何より海を書くのが好きだった。

そこで大枚を叩いて、海の眺めが最高によい部屋を借りたのだった。

佐藤は、毎日海を眺め、カンバスに海を描き、朝は波の音で目が醒め、夜は安ワイン片手にベランダで海を眺めると言う、なんともまあリッチな生活をしていた。

オレも実際、佐藤の部屋を何回も訪れてみたが、本当にいい部屋だった。

朝日は入るし、波の音は丁度良い案配で聞こえてくるし、海は絶景という程眺めがよい部屋だった。

さて、佐藤がその部屋に越して来てちょっとたった日、オレは初めて佐藤の部屋を訪れた。

佐藤は、「ヒマだったらいつでも来いよ」と言ってくれたので、来てみたのだ。

ピンポーン

「佐藤?オレだけど」

「おお田口、よく来たな。さあどうぞどうぞ~」

佐藤は人が来たのが嬉しくてたまらないと言った様子でオレを出迎えてくれた。

靴を脱いで部屋に入ってみると、まず目に入って来たのは沢山のカンバス。

それには様々な色、角度、大きさで描いてある海が描いてあった。

しかし、引越して来てから本当にごく短期間だ。

その間にこんなにも絵を描いたのかと驚いて聞くと、

「この部屋から眺める海を見てると、どんどん描きたくなってくるんだ」

と、ホクホクした顔で言った。

その日は夜中まで佐藤の部屋におじゃまして、夜はベランダで海と絵を眺めながら酒を飲んだ。

それから何度も佐藤の部屋を訪れたが、そのたびに絵は増えていた。

新しい絵を見る度に、色使いや角度、タッチなどはどんどん凄みを増していった。

しかし、心無しか絵が増えるたび、佐藤の顔がやつれて見えた。

何回か部屋を訪れているうちに、俺はバイト先からクビを言い渡された。

そこで就職先を探す為、佐藤の部屋に行く機会がめっきり減ってしまった。

クビを言い渡されてから一ヶ月くらいして、オレはいつものように佐藤の部屋を訪れた。

しかしピンポーン、と呼び鈴を鳴らしても反応が無い。

ドアノブを回してみると鍵は開いていた。

部屋の中は真っ暗だった。

「佐藤……?オレだけど……」

恐る恐る声を出してみると、暗い部屋からぼおっと佐藤が現れた。

「よ、よお……」

「……ああ、お前か……入れよ」

「あ、ああ」

靴を脱いで部屋に入ったオレの目に入った光景、オレはそれにギョっとした。

部屋の四分の三をうめ尽したカンバス、すべて海の絵だという事は察しが付いた。

オレはそのひとつのカンバスを手に取り、電気をつけて絵を見ようとした。

……が、灯りが点かない。

カチ、カチと三回程やった所で佐藤がボソリと言った。

「電気ならつかないよ……止められたんだ」

「止められたんだ……って、金払って無いのか?仕事は?」

開けた窓から、冷たい風と潮の匂いが入って来た。

「辞めた……」

「辞めたって……」

「部屋から出たく無い……海をずっと見ていたいんだ……そして描いておきたいんだ……」

オレはぞおっとした。

この一ヶ月の間に、佐藤になにがあったんだ。

前ははきはきとして、自分の絵の解説をして、酒を飲んで、笑って……

一体、何があったんだ?

オレはその日、何も言わず佐藤の部屋を去った。

あんなになってしまった佐藤が恐ろしく感じるのと、就職先を探すので忙しいので、佐藤の部屋にはあれから四ヶ月行ってなかった。

日曜日、オレはふと佐藤の事が気になって、恐ろしい気持ちを押さえ佐藤の部屋を訪れた。

ピンポーン……

呼び鈴を押した。しかし反応はない。

「佐藤?」

ドアをノックしながらオレは声をかけた。しかしやはり反応は無い。

何回かドアをノックしていると、ドアの向うから泣きそうなしゃがれた声が聞こえて来た。

「田口……」

「佐藤?佐藤だな。お前大丈夫か、生きてるか?とりあえずここ開けろ!」

「俺は……もう、だめだよ……駄目なんだ……だめなんだよおおぉ……ぅぅ」

「何が駄目なんだよ!開けろ!開けろって!」

「も、うだめな……ん……うああああああああああああ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛、あ゛あ゛゛あ゛あ゛ーーーあぁーあ゛ーーーーひぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーー」

と、突然扉の向うで耳を劈くような佐藤の悲鳴が聞こえて来た。

まるで、断末魔の様な声が。

「あああああああああ゛ーーーーーー、たぐちいいいいいいい、た、たすけてええぇぇぇ」

「佐藤、佐藤!どうした、まずここ開けろ!開けろ佐藤ッ!」

「ああああああああ、ひぎゃああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ううぅぅぅぅぅああああがあああああ!!!たぐちいいいいい、たすけ、てええ、ころさ……、うみに……」

「!?、佐藤、佐藤!?」

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悲鳴が突然、ピタリと止んだ。

何度も戸を叩きベルを鳴らし、名前を呼ぶが返事は無い。

あまりのうるささにだろうか、隣の住人が出て来て、「どうしたんですか?」と訪ねられた。

「あっ、あの……ここ俺の友達の部屋なんですけど、いきなり悲鳴上げてそれっきり、なにも言わないんです!!」

「そうなの……鍵は開いて無いの?」

「開いてませんっ!!」

「じゃあ、大家さん呼んでくるから、待ってて!」

そういって隣の部屋の人はパタパタと走っていった。

俺はまた名前を呼び続けた。

しばらくしてさっきの人が大家さんといっしょに走って来た。

大家さんは高速で鍵を開けた。

「佐藤!!」

まっさきにオレが扉を開けた。

が、しかし……

玄関には佐藤の姿はなかった。

部屋に入り、部屋のすみずみをさがしてみたがどこにも居ない。

「きゃあ!」

隣の部屋の女の人が、悲鳴を上げた。

オレと大家さんがそこへ駆け付ける。

と、そこにあったものは、佐藤が書いたと思われる海の絵だった。

だが、その絵はどこか変だった。

海が赤いのだ。

赤い絵の具はまだ乾いていないようだった。

しかし……

「これって……」

「…………」

その赤い色は絵の具では無く、血だった。

血が、カンバスの海の部分いっぱいに付けられていた。

オレと、隣の女の人、そして大家さん。

そのおぞましい絵を前に、オレたちは呆然と立ち尽くしていた。

けっきょく、佐藤はどこにも居なかった。

死体すらもなかった。

後に警察が来て、あの血で描かれた絵を持っていった。

それから三ヶ月、オレはなんとか就職先を見つけられた。

佐藤のことが未だ忘れられず、もやもやとした気持ちであったが。

さらにそれから二ヶ月たって、オレの携帯が鳴った。

電話相手は警察だった。

「田口さんですね?」

「は、はあ……」

一体、警察がオレに何の様なんだろう?

「実は、佐藤さんの死体が海から見つかりました」

結局、佐藤はあれからずうっとたってから、何故か海で見つかったのだ。

原因は分からない。

居なくなる直前まで、扉ひとつ隔ててオレの前で悲鳴を上げていたのに、なぜ海にいるのだろう?それは誰にも分からなかった。

ただ、オレはこう思う。

佐藤は悲鳴が途絶える前に

「海に殺される」

というような事を口走っていた。

佐藤は、あの部屋から見える、あの海に取り付かれてしまったのでは無いのか?と。

だれがなんと言おうと、オレはそう思う。

(了)

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