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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

隣の家は夢だった nw+218-0121

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今でも、あの夜の夢を思い出すと、体の芯がざらつくように冷えていく。

夢というものは、目覚めた途端に輪郭を失い、朝の光の中で嘘のように溶けていくはずだ。ところが、あの光景だけは違った。忘れるどころか、年月を重ねるごとに少しずつ形を変え、現実の記憶と混じり合いながら、私の中に居座り続けている。あれが本当に夢だったのかどうか、今では自分でも判断がつかない。

舞台は、私が子供の頃に住んでいた家の居間だった。畳に座り、家族でテレビを眺めていた。画面には、いつも通りの騒がしいバラエティ番組が映っていたはずだ。笑い声と効果音が部屋に流れ、特別なことは何一つなかった。

不意に、画面が乱れた。

砂嵐のようなノイズが走り、音声がひしゃげたかと思うと、唐突にニュース映像に切り替わった。切り替わり方があまりに乱暴で、番組が終わったのか、事故なのか、その区別すらつかなかった。

アナウンサーは無表情だった。視線をカメラから逸らすこともなく、淡々とした声でこう告げた。

「この地域に殺人鬼が徘徊しています。外出は控えてください」

それだけだった。注意喚起とも断定ともつかない、感情の抜け落ちた言葉。日常の中に、刃物のような異物を滑り込ませる声色だった。

私は体を強張らせたが、両親は違った。父は鼻で笑い、母も「物騒だねえ」と軽口を叩いただけだった。冗談まじりの反応が、居間の空気を妙に歪ませた。怖がるべきところで怖がらない大人の態度が、かえって不安を増幅させる。

その緩んだ空気に、針を打ち込むような悲鳴が走った。

母だった。

母はテレビではなく、窓を指差していた。声にならない声で、何かを訴えようとしている。

窓の外を見ると、隣家の暗い窓辺に影が張り付いていた。顔がガラスに押し付けられ、歪んだ笑みを浮かべている。血の気の失せたその表情は、笑っているのに、生きている感じがしなかった。髪は乱れ、肌は土の色に沈んでいる。

だが、何より異様だったのは、その視線だった。

こちらを覗き込んでいるのではない。影は、まず隣の家、その次の家、さらにその隣へと、順番に窓を覗いていくのだ。家の中の人間が見えているかどうかを確かめるように、あるいは、ただ覗く行為そのものを愉しむように。

どの家の住人も気付いていない。カーテンの向こうで、普通の生活を続けている。覗かれている事実を、まるで許してしまっているかのようだった。

その順番が、ついに我が家へ回ってきた。

影がこちらの窓に張り付いた瞬間、肺が凍りついたように息が止まった。ガラス越しに目が合う。口の端が不自然なほど大きく吊り上がり、歯をむき出した笑みが貼り付いている。

その顔には、どこか見覚えがあった。テレビで見たことのある芸能人に似ている気もした。だが、健康や美しさといった要素をすべて削ぎ落とし、骨組みと欲だけを残したような崩れ方だった。

目の奥に、人の感情はなかった。怒りも悲しみもない。ただ、「覗く」という行為そのものに向けられた純粋な興奮だけが、冷たい光を宿していた。

どれほどの時間、そうして見つめ合っていたのか分からない。影は、ふいに体を離し、闇の中へ溶けていった。

安堵する間もなく、全身が震え出した。声を出そうとしても喉が動かない。家族の様子を見る余裕すらなかった。

その直後、母が何事もなかったかのように口を開いた。

「煙草が切れたから、自販機で買ってきて」

あまりに自然な声だった。先ほどの悲鳴など、最初から存在しなかったかのように。

そこで、私は目を覚ました。

布団の中だった。心臓が激しく打ち、背中は冷たい汗で濡れていた。夢だ。ただの夢だ。そう言い聞かせながら、しばらく天井を見つめていた。

だが、おかしなことに気付いた。普段なら、夢の細部など思い出せない私が、この場面だけは何度でも反芻できたのだ。窓に張り付く顔の角度、歯の並び、目の光。思い出そうとしなくても、勝手に浮かび上がってくる。

数日後、霊感が強いと評判の友人に、この話をした。写真の偽物を一目で見抜くような直感を持つ男で、私は半ば冗談のつもりだった。

だが、彼は笑わなかった。

「変だな」

それだけ言って、黙り込んだ。

「女だったんだよな」
「……女、だと思う」

自分の答えに、なぜか確信が持てなかった。

「夢の中で、隣の家を順番に覗いてたって言ったよな」
「ああ」
「それ、本当に隣の家か?」

意味が分からず、聞き返そうとしたが、彼は続きを言わなかった。代わりに、話題を変えるように「最近、眠りは浅くないか」と尋ねてきた。その質問のほうが、胸に引っかかった。

「助かったと思ってるだろ」
「……思ってる」
「本当に目、覚めたのか?」

それ以上、彼は何も言わなかった。説明もしなければ、結論も出さない。ただ、その日の別れ際、妙なことを言い残した。

「窓が出てくる夢は、気をつけろ」

それだけだった。

それ以来、夢に窓が出てくるようになった。最初は些細なものだった。遠くに並ぶ家々。閉め切られたカーテン。だが、回数を重ねるごとに、窓は少しずつ近づいてくる。

覗いてくるのが、あの女なのかどうかは分からない。顔が見える前に、いつも目が覚める。ただ、目覚めた直後、胸の奥に残る感覚がある。あの夜と同じ、ざらついた冷えだ。

母に、昔のことをそれとなく聞いたことがある。あの家に住んでいた頃、夜中に煙草を買いに出たことはあるかと。

母は少し考えてから、首を横に振った。

「夜にあんたを外に出したことなんて、一度もないよ」

その言い方が、妙に引っかかった。まるで、問いの意味を正確に理解していないような、ずれた返答だった。

今でも、眠りに落ちる瞬間が怖い。夢の窓は、いつでもこちらと向こうを繋いでしまう。あの夜、私は本当に「目を覚ました」のだろうか。それとも、まだ途中で、たまたま順番が飛ばされただけなのか。

覗くものは、次も同じとは限らない。

そして、次は必ず、こちらから窓を開ける番なのかもしれない。

[出典:636 :本当にあった怖い名無し 警備員[Lv.2][芽警]:2024/12/22(日) 13:21:02.31ID:5GnoughF0]

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