ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

中編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

【ネットで有名な怖い話】笑顔の肉食獣 r+10,298

更新日:

Sponsord Link

「彼女」は、笑っていた。

部屋の電気はつけた覚えがない。なのに、帰宅した自分のアパートの一室から、柔らかい光が漏れていた。三階の端、見慣れた窓の明るさが、その夜ばかりは異様に思えた。

ドアに近づくと、人の気配。……鍵は、ちゃんと掛けたはずだった。

震える手で鍵を回すと、ドアチェーンが内側からガチャガチャと引かれた。中にいたのは、知らない女子中学生たち。しかも四人。どこの家のリビングのつもりなのか、無防備な空気で寛いでいる。

「……ちょっと、ここ、私の部屋なんだけど!?」

中にいたメガネの子がきょとんと顔を上げて、「あれ、さっち〜ん?」と首を傾げた。
知らん。誰だ、さっちんて。

そのときの彼女たちの反応には、悪びれた様子はなかった。「チャットでお友達になったじゃないですか」などと見当違いな言い訳を始め、しまいには「コミケ近いし」と付け足す。

知らない未成年たちに勝手に部屋を荒らされ、布団はぐちゃぐちゃ、台所の鍋には残飯。あらゆるものが手垢にまみれていた。しかも、彼女たちはこう言ったのだ——「みぽりんさんが、いいって言ってた」

みぽりん。彼女の名を聞いた瞬間、心臓がズキンと跳ねた。


「いい人」の仮面

彼女は、チャットを通じて知り合ったOLだった。落ち着いていて、優しくて、公務員で。口数少ない自分にはまぶしいような存在だった。
だがその夜、彼女は厨房たちを引き連れて現れた。

「困ってる子たちだったから、泊めてあげたの。ご実家にも話しておいたわよ」

言われて、頭が真っ白になった。実家の母が、彼女の言葉を信じ、大家へ連絡を入れたらしい。電話をかけると、母はのんきに言った。「あなたもまともな友達ができたのねえ」

その「まともな友達」が、台所にスーパー袋を広げたとき、ゾッとした。
中に詰まっていたのは、牛・豚・鶏……計8キロ近いだった。


鍋一杯のサイコスープ

その晩、鍋で肉を煮込みながら、背後では六人が咀嚼音を響かせていた。
その中心で、彼女は一リットルの牛乳をラッパ飲みしながら、肉の三分の二を平らげた。

とても、人間の食事とは思えなかった。

台所に下げた皿を洗いながら、目の端に映った玄関の影に、またぞわりと背筋が凍った。
……外には、追い出された厨房たちが帰ってきて、泣きながらドアを引っかいていた。

「……これが、2000年の夏コミ前夜に起きたことだとは、誰が信じられるだろう」

警察も、母も、誰も味方じゃなかった

未成年四人が見知らぬ部屋に上がりこみ、勝手に食べ、寝て、散らかしていた。
常識的に考えれば、それは不法侵入だ。

けれど、彼女——みぽりんが部屋に現れた瞬間、事態は反転した。
彼女の優雅な微笑、手慣れた説明口調、公務員という肩書き。すべてが武器だった。

「矢沢さん、保護者がいるなら問題ないですね。最近多いんですよこういうの」

警官はそう言い残して去っていった。自分の話は、一切聞かれなかった。
私の家なのに。


「肉、まだ足りないの?」という地獄のキッチン

台所に広がるのは、脂の海。
彼女がスーパーから買い込んだ肉たちが鍋に投下され、煮え、吸われ、消えてゆく。

自分は隅で怯えながら、その異様な食卓を眺めていた。
厨房たちは比較的まだ素直だった。スケブを頼まれたし、原稿を見せてと言われた。

だが、彼女は違う。
彼女には感情のスイッチがない。冷めた目と笑顔だけが交互に現れた。

「……ご飯が足りないわよ。私、怒ると怖いって知ってるでしょう?」

怖い。怖すぎる。
昨日の私は、新刊の仕上がりに心を躍らせていた。今日は、肉の匂いに怯えながら鍋をかき混ぜている。地獄の更新は早い。


盗まれたチケット、そして空っぽのスペース

コミケ当日。疲労と恐怖でほとんど眠れなかったが、それでも新刊のために出発した。
そして、会場に着いて凍りついた。サークルチケットが封筒ごと消えていた。

自分は個人サークルで、チケットは3枚とも管理していた。他に使う人はいない。
犯人は厨房の誰か。彼女ではない。彼女には、すでにチケットがあるのだ。

一般入場の列に並びながら、泣きたくなった。
泣くしかなかった。だって、家にも戻れない。戻りたくない。

ようやく中に入り、自分のスペースにたどり着くと、そこには空の机と、
友人の言葉が待っていた。


「売上は、彼女が守ってくれたよ」

友人が事情を説明してくれた。

厨房たちは、勝手にスペースで本を売っていたらしい。
しかも、売上金を持って逃げようとしていたところを、彼女が阻止したという。

「これ、彼女から預かったよ」

売上金は、封筒に入れて返された。

自分は震えた。理由はひとつ。
彼女がまた、「味方の顔」をしていることだ。

彼女は会場に現れた。穏やかな笑顔を浮かべて、言った。

「チケット、なくなってたの?かわいそうに。私、彼女たち怒っておくから。ね、元気出して」

その肩に、なぜか誰も手をかけない。
人当たりのよさと、美貌と、話術。彼女は完璧な善人としてそこにいた。

私が口を開く前に、彼女は在庫の入った段ボールを軽々と持ち上げて、スペースに置いていった。

「さあ、売りましょう?」

——地獄は、まだ終わっていなかった。

肉を持って彼女は、また現れた

夜。私はやっと心を落ち着かせ、ようやく安全圏に戻ったと信じていた。
友人からの電話が心強かった。「今から向かうね」その言葉に、初めて涙が出そうになった。

ドアを叩く音。ノックのリズムは、合図どおりだった。
嬉しくなって、チェーンを外してドアを開けた。

……そこにいたのは、彼女だった。

「こんばんは。顔色、いいわねえ」

私は凍りついた。

「な、なんで合図のノックを……」

「あなたの友達が教えてくれたのよ。私が心配してるって言ったら、すぐにね」

言葉が理解できても、状況が受け入れられなかった。
彼女は入ってきて、またスーパーの袋を床に置いた。袋からは、あらゆる種類の肉が詰まっていた。

彼女は私の肩に手を置いて、言った。

「……今晩も、いてあげる」

この時点で、もう逃げ場はなかった。


お肉とともに、彼女の「目的」も露わになる

再び私は料理をするはめになった。手は震えていた。
調理台の隅に牛乳のパックが転がる。彼女はそれをワイルドに破り、そのままラッパ飲みした。

その姿はもはや野生の女神のようでさえあり、けれど神ではない。
残酷さだけを身にまとった、ただの人間だった。

私は恐怖に震えながら、ついに問いかけた。

「なんで、こんなことするの……?」

すると、彼女は肉を差し出しながら答えた。

「あなたのその“いい人”ぶった態度が、鼻につくのよ」

──善意の化けの皮を剥いで、悪意が牙を剥いた。


「誰もあなたを信じないわよ」

その言葉は、呪いのようだった。

「私が悪者になってもいい。でも、もうやめて。帰って……!」

最後の勇気を振り絞ったつもりだった。だが彼女は言った。

「……賭けてもいい。誰もあなたの言うことなんて、信じないわよ」

そう、誰もが彼女の味方だった。警官も、母も、友人さえ。
彼女は善意の仮面を完璧に使いこなす、笑顔の侵略者だった。

そして——私に生肉を顔に押し当てた

肉の匂い、脂、血のぬるりとした感触。思わず嘔吐した。
それでも、彼女は無表情のまま言った。

「生で食べるなら、それでもいいわよ?」

ここは、厨房でもレストランでもない。監禁された部屋だった。


最後の来訪者

絶望の中で、再びドアが叩かれた。

友人だった。

やっと、やっと来てくれた——!

私はドアに走った。チェーンがうまく外れない。手が震える。
その間にも、彼女が背後から迫ってくる。

それでも私は叫んだ。

「助けて!!」

チェーンが外れた瞬間、友人の顔がドアの隙間に現れた。
彼女が飛び込んできて、私を抱きしめた。

「みぽりんさん……どういうことなんですか?」

彼女は笑顔を失っていた。そして、言った。

「……人がせっかく遠ざけたのに。
 私、あなたのことも嫌いになったわ」

最後に、部屋の床に骨付き肉の残骸を投げつけて、彼女は去っていった。


それでも、「笑顔の彼女」は消えなかった

後日、彼女の消息はぷつりと途絶えた。
郵便関係の仕事に就いていたらしいが、今もどこかで誰かの部屋に、笑顔で入り込んでいるかもしれない。

あの笑顔を見てしまった者は、誰も彼女を疑わない。
だから、自分の言葉は届かない。

……けれど、私はこうしてここに書き残した。

もう、負けたくないと思ったからだ。


🧾あとがき風メモ

この一件を境に、私は同人活動をやめた。作品を書くことそのものが怖くなった。
だって、彼女が私の小説を褒めてくれたのだから。

それが、今も記憶から消えてくれない。
笑顔とともに、血と肉の匂いが、ずっとこびりついている。

[出典:58 :えすじい ◆AC/DC78UDA :2010/01/23(土) 13:48:40.43 ID:+aKZqCMO0]

Sponsored Link

Sponsored Link

-中編, r+, ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間
-

S