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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

逆さに折れた道連れ r+4,145

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トラックの運転手をしている友人から聞いた話を、なぜだか自分のことのようにずっと反芻してしまう。

気づけば夢の中でさえ、その夜の風景が脳裏をよぎるのだ。だからいっそ、自分の言葉として語ってしまったほうが楽になる気がする。あれは確か、鳴子のあたりを走っていたときのことだ。

当時の仕事はあまりにも苛酷だった。会社で荷物を積んで現場に着き、到着の連絡を入れると、今度はその現場近くでまた別の荷を積み込んで次の現場へと走る。その繰り返しで、一度出発したら一週間は家に戻れない。眠りは切れ切れ、疲労で視界は常に霞がかっていた。そんな暮らしが普通だと思い込もうとしていたが、身体は正直だった。エンジン音が子守唄のように聞こえることもあった。

あの夜も、時間は午前三時を少し回った頃だった。街灯ひとつなく、右は林がうねり、左は崖が口を開けて待っていた。ガードレールは頼りなく、そこから落ちれば助かる見込みはない。ヘッドライトに照らされるのはアスファルトの筋だけで、対向車は影も形もない。眠気の膜をまぶたに感じながら走っていると、前方に赤い光が揺れているのが見えた。テールランプだ。

胸の奥で妙な安堵感が膨らんだ。こんな夜中に同じように走っている奴がいる。お互いにご苦労さんだ――そんな独り言を飲み込みながら少しスピードを上げた。近づくと、それは自分と同じ荷を運ぶトラックだった。鉄の塊が孤独に耐えるように、ひとりで闇を進んでいた。

そのときだった。そのトラックが急に反対車線にはみ出し、すぐに元の車線へと戻った。危うい動きに心臓が跳ねる。何か障害物でもあったのか。慌てて速度を落とし、前方を凝視した。

次第に浮かび上がってきたのは、人の影だった。車道の真ん中を、ふらつくこともなくまっすぐ歩いている。思わず舌打ちした。邪魔だ。だが轢いてしまえば人生が終わる。さらに速度を落とし、ヘッドライトがその人影をくっきりと照らし出す。

息を呑んだ。全身タイツのような黒い布に覆われていた。頭から足の先まで、肉の起伏も服の皺も見えない。まるで「モジモジくん」そのものだった。だがそんな滑稽さを打ち消すほどの異様さがあった。関節がすべて、逆に折れている。腕も脚も、曲がるはずのない方向に折れ、骨のきしみを幻聴するほどぎこちなく動いていた。最初は後ろ向きに歩いているのかと思った。それほど常識から逸脱した歩き方だったのだ。

ギクシャクとこちらへ近づいてくる。顔を見た瞬間、背筋に氷が流れ込んだ。口を大きく開け、何かを早口で喋り続けていた。意味のない音の羅列のようにも、知らない言語の呪文のようにも聞こえた。とにかく、こちらを目に入れずにはいられないという気配だけが伝わってきた。

恐怖に押し潰されるようにアクセルを踏み込み、ハンドルを切ってその異形を避けた。すれ違いざま、耳に届いたのは人の声ではなかった。何か濡れた器官が擦れ合うような音。背筋を悪寒が這い上がった。サイドミラーで確かめると、そいつはまだ車道の中央を、ぎこちなく歩き続けていた。

少し先に、前を走っていたトラックが止まっていた。興奮と恐怖で心臓が暴れ、呼吸はうまく整わない。それでも無意識にハンドルを切り、その後ろに車を寄せた。ドアを開けて外気を吸い込むと、冷えた夜の匂いが肺を満たした。前のトラックからも運転手が降りてくる。見覚えのない男だったが、表情は蒼白で、自分と同じ恐怖を抱えているのがわかった。

「さっきの人って……」と声をかけると、男は食い気味に言った。「お前も見たのか」

震える声で「はい」と返す。男は額を拭いながら、唇を噛みしめていた。「何なんだろうな、あれ……。まさか幽霊なんてことは……」

笑い飛ばそうとしているのが見て取れた。だがその笑みは形だけで、眼だけはまともに焦点を結んでいなかった。自分も同じだった。背筋を汗が伝い、声は上ずっていた。「冗談じゃないですよ……ちょっと洒落にならない」

二人で肩を寄せ合うようにして言葉を交わしていると、男の視線が自分の背後に釘付けになった。青ざめた顔が、さらに色を失っていく。

「……おい。戻ってきたぞ」

振り返った瞬間、心臓が喉から飛び出しそうになった。さっきの異形が、こちらに向かってギクシャクと歩いてくる。崩れた人形のように身体を歪め、口は止むことなく動き続けていた。声は相変わらず意味をなさない早口の羅列。道路の白線をなぞるように、真っ直ぐこちらへ迫ってくる。

頭の中で何かが切れた。反射的にトラックへ駆け込み、ドアを乱暴に閉めた。エンジンが咆哮し、ライトが闇を切り裂く。隣の男も同じように車に飛び乗り、同時に走り出した。二台のトラックは夜の道路を必死で逃げた。バックミラーを何度も覗いたが、そこに異形の姿はなかった。だが視界の隅で、どこまでも追ってくる気配が消えなかった。

あれが何だったのか、今も答えは出ない。事故で全身を折り曲げられた人間の亡霊なのか。あるいは、ただの人間で、黒いタイツを着て奇妙な歩き方をしていただけなのか。理屈をつけようとすればするほど、頭の中で声が響いてくる。あの夜聞いた、意味を持たない早口のざわめきが。耳を塞いでも消えない。

思い返すたび、心臓が強張る。サイドミラーに、闇の中からまたあの姿が浮かんでくる気がしてならないのだ。

(了)

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