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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

指しているのは誰か nw+410-0214

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正月になると、九州の奥の集落に一族が集まる。

山と藪に囲まれた古い家だ。舗装の剥げた坂を上がり、竹を押し分けるようにして辿り着く。縁側から差す年始の陽射しはやわらかいが、外気は骨に染みるほど冷たい。座敷には酒の匂いと雑煮の湯気がこもり、笑い声が梁にぶつかって揺れていた。

上座には、籐の揺り椅子が置かれている。そこに婆ちゃんが座っていた。

もう、ほとんど何も覚えていない。名を呼べばにこにこと「ありがとうございます」と返す。孫かどうかも分かっていないらしい。それでも、笑顔だけは崩れない。

その年は、父の兄弟が久しぶりに全員そろった。末弟は長い海外赴任から帰ってきたばかりで、父は朝から妙に落ち着かない様子だった。母と叔母たちは料理を並べ、父は亡き爺さんの口調を真似て「気をつけぇっ」と声を張る。皆が腹を抱えて笑い、酒が進む。

ふと、視線が揺り椅子に向いた。

婆ちゃんの顔から、笑みが消えていた。

唇が動いている。下を向いたまま、誰かと話すように、かすかな声を落としている。「大丈夫?」と声をかけても、反応はない。目は開いているのに、こちらを見ていない。

「疲れたんだろう」

誰かが言った。父は眉をひそめ、「部屋に連れてけ」と母に促す。その前に、と従兄弟が言った。「せっかくだから、写真を」

皆が椅子の周りに集まった。フラッシュが光る。

その瞬間、婆ちゃんの体が大きく跳ねた。

乾いた声が、座敷を裂いた。

「……シゲル」

揺り椅子がきしむ。

「この男じゃ……父様を……」

震える指が上がる。まっすぐ、父の方を指していた。

場が凍りつく。末弟が名を呼ばれて固まり、父の顔色が抜ける。

「藪で……父様を斬って……捨てるなと……捨てるなと、言うたのに……」

言葉は途切れ途切れで、泡が口元に溜まる。母が慌てて肩を抱くが、婆ちゃんの目は父から離れない。

「人殺し……シゲル……」

父が怒鳴った。「連れて行け」

母と叔母に抱えられても、婆ちゃんは振り返り、何度も同じ名を呼んだ。

その場では、誰も何も言わなかった。

だが、家の裏山には、昔から「カワシマの藪」と呼ばれる場所がある。地主が鉈で斬られた事件があった。犯人は捕まらなかった。噂だけが残った。

婆ちゃんは、その地主の妻だった。

そして、シゲルという息子がいた。

事件の後、遠い町へやられたと聞く。

爺さんは戦後、何も持たずに帰ってきたはずだった。なのに、いつの間にかこの屋敷を建て、土地を手に入れていた。父も叔父も、その経緯を話さない。

写真は、その夜、従兄弟がデータを送ってきた。

写っているのは、集まった一族と、揺り椅子の婆ちゃん。

ただ、指の向きが違っていた。

父ではない。

写っている全員の、中央。

そこに立っているのは、俺だ。

確かに、あのときは端にいたはずだ。揺り椅子の脇ではなく、柱のそばに。だが写真の中で、婆ちゃんの指は、まっすぐ俺の胸を指している。

「シゲル」

誰かがふざけてそう書き込んだのかと思った。だが、写真のファイル名が、最初からそうだった。

_shigeru_01.jpg

従兄弟に聞いても、「カメラ任せだろ」と笑うだけだった。

その晩、寝床で目を閉じると、竹が擦れる音が聞こえた。藪は家から離れている。風もない。

翌朝、靴の裏に泥がついていた。

黒く、細かい、山の奥の土。

行った覚えはない。

婆ちゃんは、その年の終わりに施設へ入った。もう誰の名も呼ばない。ただ、目を閉じたまま、何かを数えているように唇を動かす。

正月が近づくと、父は藪に入らなくなった。昔は竹を切りに行っていたのに、今は裏山を見ない。

俺の戸籍を調べたことがある。

養子縁組の記録はない。

だが、出生届の提出日は、事件のあった年と一致していた。

偶然だと、思えばいい。

ただ、写真は削除しても、なぜか別のフォルダに残る。

揺り椅子の婆ちゃんは、笑っていない。

俺を、指している。

藪の名を思い出すたび、背後で足音が止まる。

振り返ると、誰もいない。

ただ、竹が擦れ合う音だけが、近づいてくる。

[出典:613 :1/3:2011/02/25(金) 02:54:46.52 ID:X0zMHTwP0]

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