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妹の手紙 r+4,849

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小学校四年生の時の話。

あの頃の空気って、なんというか、どこか濁っていて、言葉にできない不安みたいなものがいつも教室に満ちていた。
今でも、七月の湿気が混じった空気を吸うと、あの日々を思い出す。

万里ちゃんとは、入学の頃から仲が良かった。ちょっとおっとりしてて、絵が上手で、優しい子だった。
でも、ある時期から、彼女の家の話題がクラスでヒソヒソとされるようになった。
「首にコブができる病気なんだって」「遺伝するらしいよ」「お父さんもお母さんもそうなんだって」
そんな言葉が、下品な笑いと一緒に、廊下をすべっていく。

万里ちゃんには、お姉さんがいた。
中学生で、確かに喉元のあたりがぼっこり膨れていた。病名なんて、小四の私には難しすぎて覚えられなかったけど、病院と家を行ったり来たりしていたと聞いている。
長い髪が、いつも重たそうに肩にかかっていて、まるで水底で揺れる藻のようだった。
目が合うと微かに笑って「こんにちは」とだけ言う。でもその声がいつも、耳の奥に響いて、怖かった。

私は万里ちゃんのことが嫌いじゃなかったけど、他の子たちの目が怖くて、少しずつ距離を取るようになった。
今でも、あの時なぜそうしたのかと問われれば、ただ、怖かったからとしか言えない。
何が怖かったのかも、わからないまま。

その日、久しぶりに万里ちゃんから声をかけられた。
「新しいゲーム買ってもらったの。一緒にやらない?」
戸惑った。でも……断れなかった。どこか、放っておけなかった。

万里ちゃんの家は、記憶よりも静かだった。
二階の部屋でゲームをして、おやつを食べて、笑い声も出た。
あんなふうに笑ったのは、いつぶりだったんだろう。
少なくとも、私はあのとき、彼女の笑顔をちゃんと見た気がする。

途中、トイレに行きたくなって、一階に降りた。
用を済ませて振り返ると、玄関の前に万里ちゃんのお姉さんが立っていた。
静かに、まるで幽霊のように。
「あ……こんにちは」
そう言うと、いつもと変わらない無表情のまま、彼女は私の名前を呼んだ。
「ひろみちゃん」
「はい」
「万里といつも遊んでくれて、ありがとう。万里は、大事な妹だから」
その言葉を、私は何の疑いもなく受け取った。
ただ、心の奥に針のようなものが刺さった感覚があった。それが何なのかは、まだ知らなかった。

その夜、家に帰ると、母が電話を取った。
「……ええ……ええ……そんな……御愁傷様でございます……」
震える母の手。
「ひろみ、よく聞いてね。万里ちゃんが……亡くなったの」
嘘だ、と思った。
だって、さっきまで、あんなに笑ってたじゃないか。
でも、事故だったと聞いて、何かが壊れた音が、心の中で響いた。

その後、断片的に情報を集めた。
あの晩、万里ちゃんは一人で家にいた。
お母さんは、お姉さんの付き添いで病院。お父さんは帰宅が遅くなる。
夕食はコンビニで買うように言われたらしい。
電話で、お母さんに「ひろみちゃんとすごく楽しかった」と何度も言っていたそうだ。
その直後、自転車で出かけて、事故に遭った。
搬送された病院は、皮肉にもお姉さんが入院していた場所。
着いたときには、もう……息をしていなかった。

あのとき……私は確かに、お姉さんに会った。
家にいたはずのない、病院にいるはずのお姉さん。
「大事な妹だから」
あれは、幻だったのか? それとも……

通夜の日、母に手を引かれて焼香をしに行った。
万里ちゃんのお母さんは、涙を浮かべながら私の手を握ってこう言った。
「万里ね、最後にすごく楽しかったって言ってたのよ。ありがとう」
その手の温度が、逆に冷たく感じたのを、今でも覚えている。

数日後、お姉さんも息を引き取った。
家にはもう、誰もいなくなった。
母は万里ちゃんのお母さんを手伝い、葬儀の受付や後片付けもやった。
そしてしばらくして、お母さんから連絡があった。
家を処分する前に、私に挨拶をしたいと。

すでに家具のなくなった家。
ぽっかりと空虚なその空間で、万里ちゃんのお母さんは言った。
「はるみが、ひとりで逝くのが怖かったのかもね……」
あの言葉が、脳のどこかに焼きついたまま、ずっと消えなかった。

私は、万里ちゃんが遊んでいたゲームを譲り受けた。
供養になるなら、と母も勧めた。
四角いプラスチックのカゴに、八本のソフト。
その中に、見覚えのない二本があった。

一つ開けると、折りたたまれた紙。
「お姉ちゃんばっかりずるい……お姉ちゃんなんて死んじゃえばいい」
その文字の中に、子どもらしい嫉妬と、深い悲しみが滲んでいた。
もう一枚、人型に切った紙に「はるみ」そして赤いペンで
『しねしねしね……』と、執拗に書かれていた。

母は泣きながらそれを抱えて、言った。
「万里ちゃん、寂しかったんだね……」
その紙は、誰にも見せずに燃やした。

年月が経ち、私は一人暮らしを始めた。
引越し準備の中で、あのゲームが出てきた。
捨てる前にもう一度、と何気なく手に取ったソフトのひとつ。
遊んだことのないやつ。開けると、また紙があった。

「最近ひろみのやつが冷たい」
「他の子と仲良くしてんじゃねーよ」
「私がいなくてもいいんだね」
そして、もう一枚。

人型に切られた紙に、私の名前。
『ひろみ』
そして身体中にこう書かれていた。

『二十歳の誕生日に、しね!』

私は……来月、二十歳になる。

(了)

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