心の整理がついてきたから、こうして文字にしている。
俺には二人の大切な友達がいた。
原田と大場。
小学校からの付き合いで、社会人になってからも、三人でよく酒を飲んでいた。
去年のちょうど今頃も、いつもの居酒屋に集まっていた。
二杯目のビールが半分ほど減った頃、原田がグラスを置いた。
「お前ら、呪いって信じるか」
俺と大場は顔を見合わせた。
原田は国立大の理系を出て、機械メーカーに勤めていた。心霊番組を見ても、錯覚だの演出だのと言って笑う男だった。
オカルト好きの大場でさえ、すぐには答えなかった。
原田は構わず続けた。
「小学校の頃、俺んちの近くの共選所で遊んでたろ。石に座ってた爺さん、覚えてるか」
覚えていた。
いつも同じ石に腰掛け、俺たちが遊んでいるのを眺めていた老人だ。
声をかけてくるわけでもない。ただ、俺たち三人を順番に見て、時々笑っていた。
「この前、死んだんだ」
原田はテーブルの上を見たまま言った。
「呪いでな」
俺は笑いかけたが、原田の顔を見てやめた。
冗談を言っている顔ではなかった。
「今年の大雪で、共選所の裏にあった社が潰れただろ。あの下に井戸があった。井戸の中に、昔から封じられてたものがある」
大場の表情が変わった。
「その井戸って、女と子供が落とされたってやつか」
原田が顔を上げた。
「知ってるのか」
「話だけはな」
大場は声を落とした。
百年ほど前、その辺りに小さな集落があった。
夫を毒殺したと噂された女が、村人から忌み嫌われ、三人の子供とともに井戸へ落とされた。
一年後に井戸を開けると、女と子供一人の遺体が見つかった。
残りの二人は見つからなかった。
井戸の壁には血と爪痕が残り、女の首には、子供の骨を黒い布で包んだものが掛けられていたという。
それを見た坊主は、井戸に仏像を置いて封じるよう村人に告げた。
その後、村では病人と死人が相次いだ。
人々は逃げ、集落は消えた。
「ただの昔話だろ」
俺が言うと、大場は首を振った。
「話は変わってるだろうけど、元になった事件はあったと思う」
原田は黙って聞いていた。
やがて、上着のポケットに手を入れた。
「爺さんが死んだのは、これを持ってたからだ」
一瞬だけ、黒い布の端が見えた。
巾着のような小さな袋だった。
紐が長く、首から掛けられるようになっていた。
「それ、どこで手に入れた」
大場が聞いた。
「爺さんが座ってた石の下」
原田は袋をポケットに戻した。
「人を呪い殺せる力があったら、お前らなら何に使う」
俺も大場も答えなかった。
原田は少し笑った。
その夜は、それで解散した。
家に着いてしばらくすると、大場から電話があった。
「原田、変だろ」
「ああ」
「たぶん、あいつが持ってたの、本物だぞ」
「本物って何だよ」
「呪具だよ。あの黒い袋」
俺は黙った。
大場は電話の向こうで、しばらく呼吸を整えていた。
「原田を一人にしないほうがいい。あいつ、もう使ったかもしれない」
「誰に」
大場は答えなかった。
翌日、大場は事故で死んだ。
通勤途中、車で電柱に衝突した。
見通しのいい直線道路だった。ブレーキを踏んだ跡はなかった。
葬儀で原田に会った。
焼香を終えた俺の隣に立ち、原田は小さな声で言った。
「あいつ、俺を悪く思ったから死んだんだ」
「何を言ってる」
原田はニヤニヤしていた。
ポケットから黒い袋を出した。
長い紐が、指の間から垂れていた。
「お前、大場の事故に関わってないよな」
俺が聞くと、原田は声を立てずに笑った。
「呪いなんてあるわけないだろ」
袋をポケットに戻し、俺の耳元に顔を寄せた。
「でも、俺に悪意を持ったら、そうなるかもな」
それから原田は会社を休むようになった。
電話をかけても出ない。
メッセージを送っても既読にならなかった。
一週間ほど経った深夜、原田から電話があった。
「あれが来る」
何度も同じ言葉を繰り返していた。
「あれが来る。あれが来る。あれが来る」
俺は車を飛ばして原田の部屋へ向かった。
玄関の鍵は開いていた。
部屋の壁一面に札が貼られていた。
札の上には赤い文字が何重にも書かれ、窓や鏡は黒い布で覆われていた。
原田は部屋の隅に座り、首を両手で押さえていた。
「使っちゃいけなかった」
俺を見るなり叫んだ。
「袋はどこだ」
原田は答えなかった。
「捨てたのか」
「戻ってくるんだよ」
「どこにある」
原田は俺を睨んだ。
「お前も俺を呪う気だろ」
突然、つかみかかってきた。
俺は必死になだめたが、原田は聞かなかった。
「大場と同じだ。お前も俺を疑ってる」
それ以上、部屋にはいられなかった。
警察か病院に連絡するべきだったと思う。
だが俺は逃げた。
翌日から、原田とは連絡が取れなくなった。
数日後、原田が自宅で死んでいるのが見つかった。
死因は心臓発作だった。
葬儀は家族だけで行われ、俺は呼ばれなかった。
黒い袋が見つかったのかどうかも聞けなかった。
俺は短い間に、二人の友達を失った。
呪いなんて信じたくない。
大場の事故は偶然で、原田は精神的に追い詰められていた。ただそれだけの話だと、自分に言い聞かせている。
だが原田が死んでから、彼の家の近くで葬式が三件続いた。
小さな地区だ。
そんなことは、これまで一度もなかった。
最近、もっと気になることがある。
夜中になると、俺の家の前に誰かが座っている。
街灯の届かない場所なので、顔は見えない。
ただ、腰を丸めた老人のような影が、道路脇の石に腰掛けている。
最初に見た夜、俺はカーテンの隙間からしばらく眺めていた。
老人は動かなかった。
俺を見ているのかどうかも分からなかった。
翌朝、石の上に黒い紐が落ちていた。
触らずに通り過ぎた。
夕方に戻ると、紐は消えていた。
それから老人は、毎晩現れる。
今夜もいる。
さっき確かめたとき、老人は石に座り、こちらを向いていた。
膝の上に、黒い袋を置いていた。
窓を閉めようとした瞬間、老人が指を一本立てた。
少し間を置いて、二本目を立てた。
俺は一人暮らしだ。
なのに今、背後の廊下から、誰かが歩いてくる音がする。
[出典:46 :モンキチ:2015/07/07(火) 16:25:39.60 ID:5K9EcLcC0.net]