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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

茶色いカーディガンの記憶 n+

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小学校の裏手に、使われなくなった汲み取り式トイレがあった。

鉄の臭いと湿気がまとわりつく、昼でも薄暗い場所だった。

少年は、壁に立てかけられた鉄の棒で蓋をこじ開け、中を覗き込むのが日課になっていた。
底の見えない黒い闇は、なぜか“呼んでいる”ような気がしてならなかった。

ある日、低学年の男の子がやってきた。
やたら懐いてくるので、少年は苛立ち、蓋の縁に身を乗り出しているその子の背中を――突いた。

小さな体が、短い悲鳴とともに闇へ消えた。

恐怖が脊髄を駆け上がり、少年は蓋を閉じ、棒についた指紋を自分の茶色いカーディガンで拭き取った。
そのまま何事もなかったように授業へ戻った。

──これは「夢」だったはずだった。

数日後、遠い県で小学生が行方不明になったというニュースが流れた。
地域も時期も、自分とはまったく縁がないはずなのに、胸の奥がざわついた。

さらに後日、続報が出た。
“汚物槽から遺体発見。犯人は上級生。茶色いカーディガンを着用。”

夢は完全に現実と重なった。
自分ではない。場所も違う。だが、見たのだ。
まるで、自分の手でやったかのように“主観で”。

予知だったのか、誰かの記憶に同調したのか、それとも別のなにかが見せたのか。
真相は今でも分からない。
ただひとつ確かなのは、あの夢の後味だけは、歳を重ねても消えていない。

茶色いカーディガンの犯人が逮捕されたというニュースを見た翌晩、少年は眠りにつくのが怖かった。
夢の続きが来る気がしたからだ。

布団に潜り、まぶたを閉じた瞬間、世界が暗転した。

──また、あの汲み取り口だ。
だが今回は、自分の視点ではない。
もっと低い。
誰かに腕を掴まれ、無理やり縁へ押し付けられている。

息ができない。
声が出ない。
体が勝手に震える。

その“誰か”の手が、一瞬だけ見えた。
細い指。
爪の隙間に黒い汚れ。

そして、茶色い布地。

自分は理解した。
自分が見ているのは、「夢」ではない。
落とされた子供の“最期の視界”だった。

暗闇に吸い込まれる瞬間、声にならない叫びが少年の頭に流れ込んだ。

──やだ。
──助けて。
──なんで?

その切断された感情が、夢を突き破った。

少年は飛び起きた。
汗でぐっしょり濡れ、喉が焼けるように痛い。
叫んでいたのだと気づいたのは、家族が慌てて部屋に来てからだった。

翌朝。
ニュースでは、犯行の時間帯が報じられた。
少年が“夢”を見た正確な時刻と一致していた。

つまり、“夢を見ていた時”、その子はまさに闇の底へ落ちていたことになる。

理解が追いつかないまま学校へ行ったが、教室のざわつきが耳に刺さった。
犯人が同年代の子供だったこと、犯行が異常に冷静だったこと、そして──

「茶色いカーディガンを着てたんだとよ」

その言葉に、胸の内側がひっくり返った。
自分が夢の中で棒の指紋を拭いたのと、まったく同じ仕草。

少年はふと、窓の外の校庭を見る。
遠くのトイレの脇に、夕陽の逆光で輪郭だけの人影が立っていた。

小さな影だ。
じっと、こちらを向いている。

瞬きするたびに、その影は少しずつ近づいてくる。

“見ていたよ”
“あなたも知ってるでしょ”
“ぼくの落ちる音も、苦しいのも、ぜんぶ”

耳元で囁くような気配。
視界の端がにじむ。

少年は机の下で拳を握りしめた。
夢はもう終わらない。
誰かの記憶が流れ込むたび、あの子は戻ってくる。

それが“予知”なのか。
“同調”なのか。
それとも――

“あなたの中にも、同じ闇がある”

と告げるためなのか。

教室の空気は明るいのに、少年だけが、底のない穴の縁に立っている気がした。

あの事件から二十年近くが経ち、少年は大人になった。
表向きは平凡に暮らしていたが、年に数回、同じ“落下する夢”を見る。
あの子の視点で闇に吸い込まれる悪夢だ。

夢を見るたび、決まって同じ囁きが耳に残る。

──どうして見えるの?
──ぼくは、あなたの中にいるの?

その意味が、ずっと分からなかった。

ある日、実家の物置を片付けることになった。

古い段ボールの中に、小学校時代の写真が詰め込まれている。
懐かしさよりも、嫌な予感が先に来た。

アルバムをめくる。
運動会、遠足、学芸会。

そして――
見たくなかった一枚が現れた。

自分が“茶色いカーディガン”を着て写っている写真。

脳裏が白く弾けた。
あの夢の犯人が着ていた色と同じ。
自分が夢の中で指紋を拭った時の服と同じ。

だが、もっと嫌な事実があった。

写真の隅。
自分の背後に、低学年の小さな男の子が写っていた。
事件の被害者と、成長した自分でも分かるほどに似ている。

そして、その子は
“自分をじっと見ている”
ように写っていた。

まるで、こちらにだけ気づいていたかのように。


喉が渇き、手が震えた。
母に尋ねた。

「この子、誰?」

母は一瞬だけ固まった。
そして、ためらいがちに言った。

「……あなたの後ろの子?
 あら、それ……誰かしら。
 その子、あなたが写真を撮るたびに近くにいたらしいんだけど、
 私は一度も見覚えがないのよ」

心臓が跳ね上がった。

母は続ける。

「写真屋さんが“このお子さん、ずっとお宅の坊やの後ろに写ってますよね”って言ってきて……
 でも、実際にはその場にそんな子いなかったって先生も言うのよ。
 ほら、怖い話じゃなくて、光の反射とか偶然というか……」

母の声が遠のいた。

自分以外の誰も知らない子。
しかし、写真には“必ず自分の近くに”写っている。

あの事件の被害者の顔と一致する。
あの落ちる夢の子と同じ。

つまり――
あの子は最初から、ずっと自分のそばにいた。

犯人に突き落とされた子ではなく、
自分の“内側”に住み着き、
夢を通して記憶を流し込んでいた。

少年時代の“自分目線の夢”も、犯行の再現ではない。
**あの子が、自分の感覚を借りて“助けを求めた”**だけだった。

結局、なぜ自分を選んだのかは分からない。
ただ、写真に写るその子の視線は、はっきり語っていた。

──あなたには、ぼくが見えるでしょ。
──だから一緒にいてよ。
──もう落ちるのは嫌だから。


その夜、寝室の隅に人影が立っていた。
小さな影。
あの写真の子と同じ輪郭。

闇に溶けながら、声もなく言った。

“ありがとう。
 ずっと一緒にいてくれて。”

その瞬間、夢は二度と現れなくなった。

だが、影だけは消えなかった。

自分がどこへ行くにも、必ず半歩後ろに。
見える人間は世界で自分だけだから。

[出典:256 :本当にあった怖い名無し:2008/10/03(金) 23:42:13 ID:xc0M2e0K0]

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