妻が妊娠していたときの話です
439 :あなたのうしろに名無しさんが……:03/09/10 13:59
妻は、妊娠中期頃から異常な眠気を感じていたらしく、常にうとうとしていました。
定期健診などで医者に相談すると特に異常なしで、
「そういった症状を訴える方も少なくないので心配ないでしょう。ただし、生活のリズムを崩さず、適度な運動もしてくださいね」
ということでした。
しかし、妊娠後期に差し掛かると、妻は殆ど一日中寝て過ごしていました。
適度な運動をしないと子供が下に降りて来ず、健康な出産&体を保てないということを聞いていたので、休みの日には散歩や水泳に誘っていたのですが、「今眠いから寝させて」といわれるだけです。
出産予定日に近づくにつれ、妻が恐ろしくなっていきました。
理由を箇条書きにさせていただきます。
1、常に寝ている。(出勤前後ともに寝ている)
2、食事を取らない。(食べているとは言うものの、顔手足が見る見るやせてゆく)
3、寝ているときに生活音以上の物音を立てると怒り狂う。
以上のことから、私は出勤日は、そっと家から出てそっと家に戻り、寝顔を確認して、ちょっと酒を煽り寝てる。
休日は、家が臭くならない程度の家事をし、妻を外に連れ出そうと画策する繰り返しを、数週間続けていました。
そんなある日、いつものように帰宅し酒をちびちびやってたのですが、とあるニュースの続報が気になりテレビをつけた途端、
「ちょっと、うるさいんだけど」
と、青白い顔をした妻が、隣室から憤怒の形相で覗いていました。
その後、妻は勢いに乗ったのか、結婚する以前のことまで遡り、私に怒鳴り散らします。
なだめようとするのですが逆効果で、自らのコレクションであるガラスのオブジェを、私にぶつけ粉々にしてゆきます。
どういった経緯でそうなったか覚えていませんが、
「もう産んでやるから!」
と怒鳴った後、妻は寝室へ通じるドアを閉め、静寂が残りました。
私は呆然としたまま、多分二〇分経ったぐらいでしょうか。
苦しそうなうめき声が聞こえます。
寝室に入ると、ますます呆然としました。
妻だと思っていた人が獣でした。
この時は本当に茫然自失だったのですが、気付くと子機を手にしていたので119に電話し、
「今にも生まれそうなんです」と言っていました。
きった途端、「あたまが」と妻が言うので、見ると出ていました。
妻が泣きそうな顔で私を見るので、
「もっと力んで、首が絞まっちゃうよ」と言うと、ごろっと胎盤とともに出てきました。
……死んでいるようです。
私はその死体のようなものをつかみました。
温かいので何とかならないかと、肋骨の辺りを優しく間隔を置いて押しました。
すると、「ひゃーー」と泣き声を出し始めたので、腰が砕けました。
気付くと、家のチャイムが絶え間なく鳴らされ、電話が変な呼び出し音を鳴らしているので、玄関のドアを開けると救急隊員がいました。
「生まれました」と言うと、子供と胎盤を銀色のシートでくるみ、妻を救急車に乗せようとしました。
妻は「寒い寒い」と言うので、手近にあったのが私のジーンズしかなく、それで肩の辺りを巻きました。
その後、わが子は未熟児でしたが、今のところすこやかにそだっています。
妻も毎朝私を六時(私の出社時刻は十時)に起こすような、教科書で見る模範的な生活を送っています。
この話の何処が人に言えないかというと、
妻が「もう産んでやるから」といったあと、私はドア越しに、
「勝手に生めよボケ。だらだらしやがってよー。一人で苦労してるような顔しやがって。誰が金稼いでると思ってんだ。おめーなんか畑の腐葉土だよ」
と言ったような気がするんです。
妻は出産後、以前よりも生き生きとしていて、出産直前の喧嘩のことなんておくびにも出さないんです。
ドア越しに言った言葉が、妻に届いていたかどうかもわからないし、もし聞いていたなら、何かしらリアクションがあったほうが気が楽なのです。
私は妻の笑顔が怖い……
(了)