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祖母の葬式の日のことだ。

あれから長い時間が経った。けれど、あの日の一場面だけは、古い写真のように色も動きも変えず、頭の奥に貼り付いたまま残っている。思い出そうとしなくても、ふとした瞬間に勝手に浮かび上がってくる。

私がまだ小学生だったころ、父方の祖母が亡くなった。葬式は町外れの、倉庫を改装したような古い斎場で行われた。柱は煤け、天井は低く、棺を運び出す拍子に何かが落ちてきてもおかしくないような、不安定な建物だった。線香の匂いと湿った木の臭いが混じり、息を吸うたび胸の奥が重くなった。

父は次男だった。その場には長男、つまり私にとっての叔父も来ていた。私はその日まで、叔父に会ったことがなかった。祖母の葬式だというのに、父の表情には悲しみよりも緊張が張り付いていた。祖母と同じ墓に、叔父が入ることを恐れているような、奇妙な張りつめ方だった。

あとで知った話だが、叔父は昔、多額の借金を抱え、それを実家に残したまま姿を消した人間だったという。父はそれを裏切りだと言い、もう死んだも同然の人間だと吐き捨てるように言っていた。

その叔父が、何事もなかったかのように現れた。隣には妻らしき女性を連れていた。

奥さんは、ごく普通の中年女性だった。地味な喪服、控えめな化粧、丁寧な受け答え。場に溶け込もうとしているのが分かる人だった。だが、叔父は違った。

初めて見た瞬間から、肌の色が異様だった。土を練ったような灰色で、生きている人間の血色ではない。肩まで伸びた髪は脂気がなく、目の奥は濁っていた。誰かの死体から無理やり取り外した眼球を、そのまま嵌め込んだような目だった。

誰にも挨拶をせず、喪主である父の顔すら見ない。ただ黙って座り、棺の中の祖母を見下ろしていた。舌で唇をなぞる癖のような仕草を、私は何度も目にした。

火葬場へ移ったのは昼過ぎだった。夏だったが風が強く、煙突から立ち上る煙は空中で裂け、絡まり、蛇のような形を作っていた。周囲の大人たちはそれを見て何かを話していたが、私は音だけが遠くなり、視界の端で叔父の動きばかりを追っていた。

収骨のとき、私は母の服にしがみつくようにして立っていた。銀色の箸で、まだ熱の残る骨を拾い、骨壺に収めていく。骨は軽いはずなのに、なぜか指先に重く感じられた。

ふと、空気が変わった気がした。理由は分からない。ただ、見なければならない気がして、叔父の方へ顔を向けた。

叔父は、自分で拾い上げた骨を、口元へ運んでいた。

一瞬、意味が分からなかった。次の瞬間、確かに見えた。骨が唇の内側へ消え、顎がゆっくりと動いた。噛み砕くような動きだった。音は聞こえなかったはずなのに、私の頭の中では、乾いた割れる音が鳴った。

口の端から白い欠片が落ち、それを叔父は舌で拾い上げた。周囲の大人たちは誰も気づいていなかった。

そのとき、叔父の視線がこちらに向いた。

目が合った。私が見ていると分かると、叔父は一瞬だけ動きを止めた。そして目だけで周囲を確認し、ゆっくりと口角を上げた。確かに、笑っていた。

体が動かなかった。声も出なかった。母の服を握る指先だけが、痛いほど強く食い込んでいた。

その日から、私は叔父のことを考え続けた。けれど、誰にも言えなかった。言葉にした瞬間、すべてが夢だったことにされてしまう気がしたし、何より、あの目を思い出すだけで喉が詰まった。

大人になってから、あの出来事をどうにか説明できないかと調べたことがある。人の骨を噛む風習が、昔どこかに存在したらしい、という話も目にした。けれど、それらはどれも、私の記憶の中の叔父とは噛み合わなかった。

彼の目には、敬意も祈りもなかった。あれは、獲物を見る目だった。

先日、法要のために父の実家を訪れた。仏間に入ると、仏壇の脇に一枚の古い白黒写真が置かれていた。画質は荒いが、そこに写っている顔を見た瞬間、背中を冷たいものが走った。

叔父と、同じ顔だった。

聞けば、それは父の祖父、私にとってのひいじいにあたる人だという。若くして亡くなったらしい。説明を聞きながらも、私は写真から目を離せなかった。見ていると、顔の輪郭がわずかに揺れる気がした。

その夜、夢を見た。

白い部屋の中央に、叔父が立っていた。黒い喪服のまま、こちらを見ている。祖母の骨を噛んだときと同じ仕草で、自分の腕を口に入れ、ゆっくりと噛み砕いていた。

私に気づくと、笑った。奥歯の隙間に、白いものが見えた。血が床に滴っていた。

目が覚めると、腕に歯形が残っていた。

もしかしたら、あの日、何かを受け取ったのは叔父ではなかったのかもしれない。見てしまった私の方だったのかもしれない。

それを、ずっと待たれている気がする。

あの目で。

今も、ずっと。

[出典:868 :本当にあった怖い名無し:2015/02/18(水) 13:40:52.80 ID:wY4oBNWw0.net]

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