祖母はいわゆる「みえる人」だったらしい。
らしい、というのは、祖母自身がそう言い切ったことは一度もなかったからだ。
私は祖母に育てられた。昼間は洗濯物の匂いと、縁側に落ちる光の中で過ごし、夜になると布団の中で、祖母の語る妙な話を聞いて眠った。怖い話というより、説明のつかない話だった。
ある昼下がり、洗濯物をたたむ祖母に、私はふと思いついたことを聞いた。
「人っち、死んだらどこ行くん」
祖母は一瞬だけ手を止めて、「あの世やろ」と言った。
あまりにも当たり前すぎる答えだった。
「でもさ、お盆以外でも幽霊は出るやろ。あの世に行かん人もおるっちことやん」
祖母は顔をしかめた。
「あの世に行かんっちことは、決まりを破るっちことや。不良やな」
「じゃあ悪霊なん」
「そこまでは知らん」
それ以上踏み込もうとすると、祖母は決まって話を切った。「みえるからっち、なんでもわかるわけやない」と。
その日も、私は引き下がろうとした。
だが祖母は、洗濯物をたたむ手を止めないまま、ぽつりと言った。
「昔な、人が死んだら、こうなるんかなっち思うもんを、見たことがある」
裏の畑に住んでいた老女の話だった。
口が軽く、毎朝畑に出ては、ついでのように祖母の家を覗き込む人だった。
その老女が、ある日ぽっくり死んだ。
葬式の翌朝、祖母が鶏の世話に出ると、畑に老女がいた。
生きていた頃と同じ場所でしゃがみ込み、何も摘まないまま立ち上がり、祖母の家を覗いて帰っていった。
怖くはなかったという。
ただ、変だった。
それは一週間ほど続いた。
老女の姿は日に日に薄くなり、やがて透け、十日目には消えた。
「あれは幽霊やったん?」
「違う」
「じゃあ、なんなん」
祖母は少し考えてから言った。
「しみついちょったんやろ」
老女が毎日していたこと。
畑に出て、野菜を取り、帰りに人の家を覗く。その動作が、場所に残った。
「車が毎日通る道には跡が残るやろ。通らん日でも、ここは通る道やっちわかる。それと一緒や」
祖母は、そこかしこに残るものがある、と言った。
それが消えたのは、「大元がおらんくなったけん、薄まっただけ」だと。
その話を、私は長いこと、都合のいい作り話だと思っていた。
子どもを煙に巻くための。
だが、大人になってから、同じものを見た。
隣の家で救急車が止まった日。
小道の先で、病気のはずのおじさんが、救急隊を手際よく誘導していた。
背筋を伸ばし、手を振り、当たり前の顔で。
その日の夜、看板に書かれていたのは、おじさんの名前だった。
母は見間違いだと言った。
救急隊は慣れているから誘導など不要だとも。
だが、私は見た。
あの人が生きていた頃、何度も見た姿そのままだった。
責任感の塊のような人だった。
自分の家に来た救急車を放っておくはずがない。
その夜、私は祖母に報告しようとして、部屋の前で立ち尽くした。
祖母はもういなかった。
暗い部屋に、何も残っていなかった。
それ以来、私は考えないようにしている。
もし本当に、行動が場所に残るのなら。
もしそれが、人の意思とは無関係に現れるのなら。
自分は、どんな姿を、どこに残しているのか。
それを考え始めると、夜、家の中を歩く音が、自分のものかどうか、わからなくなる。