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短編 r+ 山にまつわる怖い話

山の怪(やまのけ)・ヨウコウ r+8,463

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福井の山奥に、もう地図にも載らない村がある。

オレの母方の実家は、そこからさらに山を登った先の外れにあって、冬なんかは雪に埋もれて人が来るのも困難な場所だった。
小学校の夏休みになると、必ずそこに預けられていた。親は「自然に触れてたくましくなれ」とか言ってたが、ようは田舎に放り出して自由を満喫したかったのだろう。

だけど、オレにとっては悪くない場所だった。
何より、じいちゃんがいたから。

じいちゃんは元猟師で、今も冬の猪や鹿猟には顔を出しているらしかった。
背中はまるで丸太のように太く、肩には年季の入った銃をかけていた。
あの頃のオレは、それがたまらなくかっこよく思えて、じいちゃんの跡を犬のようについて回っていた。

あの日もそうだった。
じいちゃんは朝から妙に機嫌がよくて、珍しく「今日はボタン鍋くわしちゃるからの!」なんて言いながら山へ連れて行ってくれた。
※あとで知ったけど、本当に仕留めたばかりの猪は食べない。血抜きや寝かせがいるらしい。

じいちゃんはいつも通り、慣れた足取りで山道を進んでいた。
陽が高く昇り、セミの声が耳を刺す。
でも、妙なことに、その日は山がやけに静かだった。
鳥の声も、虫の羽音も、まるで消えてしまったみたいに。

そんな中で、ガサ……ッと音がした。
藪の奥の方、何かが動いた気配。

「危ないけえ、じいちゃんの後ろにおれ」
すぐそう言われて、言われた通り、じいちゃんの背中に隠れた。
いつもなら「待てー!」と叫んで走っていくくせに、その日は銃を構えたまま、固まっていた。
肩にかけた銃は半端に持ち上げられたまま、じいちゃんの指は引き金にも触れていない。

見えない。
自分の背丈じゃ、藪の奥にいる何かを確認できなかった。

「なに? イノシシ? タヌキ?」
じいちゃんに問いかけたが、返事はなかった。
ただじっと、じいちゃんの首だけが、不自然なほど動かず、目だけが何かを凝視していた。
それから数秒して、ようやく口が動いた。
「……あれは……」

言いかけた瞬間、藪がまた揺れた。
じいちゃんが、低く「やめれ!」と叫び、銃を一発撃った。

音が、鼓膜の奥に残る。

すぐにじいちゃんはオレを抱きかかえ、何も言わず山を駆け下りた。
オレは何が何だかわからず、ただ抱えられながら、恐怖で声も出せなかった。

でも、どうしても気になった。
さっきの藪、じいちゃんが撃った“それ”。
振り返ってはいけないとわかっていたけど、首が勝手に後ろを向いてしまった。

見えたのは、毛のない、真っ赤な皮膚の動物……猿のような、いや、人間にも似た形の何かだった。
真っ直ぐこちらに向かって、四つん這いで走ってきていた。

「ケタタタタ……ケタタタタタ!」

妙な鳴き声。
甲高くて、金属を引っかくような不快な音。
じいちゃんが、抱えているオレの体を支えながら器用に弾を込める。
銃口を後ろに向けて、一発撃った。

耳元で鳴った銃声に、聴覚が壊れたかと思った。
音がすべて遠く、低く、何もかもが現実じゃないようだった。

走る。
じいちゃんの心臓の鼓動が、オレの背中に直接伝わってきた。
「助けてくれ……助けてくれ……この子だけでも……」

そんなふうに、小さな声で、呪文みたいにじいちゃんが繰り返していた。
オレの知っているじいちゃんじゃなかった。
あんなに強くて、豪快だったじいちゃんが、まるで子どもみたいに震えていた。

村に戻っても走り続けて、ようやく家の前で立ち止まった。
「ヨウコウじゃ!!」

じいちゃんの叫び声に、ばあちゃんが台所から飛び出してきた。
顔面蒼白、すぐに塩と日本酒を持ってきて、オレとじいちゃんの身体に思い切り振りかけた。
塩は目に入って痛かったし、酒は鼻に入ってむせたけど、そんなことよりも怖かった。
ばあちゃんの顔も、恐怖で歪んでいた。

その晩、じいちゃんは何も語らなかった。
ばあちゃんも黙っていた。
ただ、何かが終わったような、変な静けさが家に満ちていた。

その三ヶ月後。
じいちゃんは、山で一人で猟をしている最中に倒れて、そのまま亡くなった。
葬式のあと、ばあちゃんがぽつりと語った。

「ボクちゃんが見たのはのー、あれはヨウコウって言うんよ。山の神さんじゃけど、うちらにはええ神さんやない……じいちゃんは、あんたの身代わりになったんよ。あんたは、もう山には入ったらあかん」

ヨウコウ。
聞いたこともなかった名前だった。

そのあとすぐ、ばあちゃんも亡くなった。
オレは大学に行き、東京で就職して、結婚もして、子どももできた。
いま三十手前。
あれから十年以上たつけど、毎年夏になると、あのときの山のにおいが鼻を突く。
セミの声が、耳の奥で“ケタタタタタ”と変化する。

ヨウコウ。
調べてみると、富山県の山にまつわる話がいくつか見つかった。
狼の怪、姥の姿をした化け物、夜の山で群れになって人を追う存在。
だけど、オレが見たのは、そんな姿じゃなかった。
赤い、毛のない猿。
だが、それが“あれ”の本当の姿なのかどうかも、いまだにわからない。

ひとつだけ、確信していることがある。
じいちゃんは、“それ”のことを知っていた。
あの日の銃声、震えた背中、最後の「助けてくれ」の声……全部、本気だった。

もう山には近づかない。
子どもにも、絶対にあの村のことは話さない。
じいちゃんとばあちゃんが、オレの命と引き換えに守ってくれたものを、無駄にはしたくないから。

だけど、心のどこかで思ってしまう。
あの赤い猿の目、どこかでまだ見られている気がする。
毎晩、寝室のカーテンの隙間から、なにかの気配がする夜もある。
きっと、忘れさせてくれないのだ。
あの声を――あの名を。

ヨウコウ。

[出典:407: あなたのうしろに名無しさんが 2003/07/01 14:26:00]

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