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これは、幽霊の話でもなければ、怪奇現象の話でもない。おそらく、どこにでもある「夢」の話だ。

ただ、夢というものが脳のどこで、どんなふうに生まれるのかを思えば──あるいはその深部に、ほんの少しだけ「恐怖」の根が這っていたとしても、不思議ではないように思える。

怖い夢を、よく見ていた。
ほんの幼稚園の頃から、小学校に上がるくらいまで。毎晩のように、気味の悪い夢を見ていた。
最初はただ怖い、という思いだけだった。けれど、それが積み重なってくると、もう夢を見ること自体が苦痛になってくる。

眠るのが怖かった。
一人で布団に入ることが、まるで墓の中に自分を押し込むような感覚だった。
二段ベッドを兄と買ってもらったものの、上段の狭い空間に一人きりで横たわっていると、あの夢の世界がじわじわと迫ってくるようで耐えられなかった。
結局、何度も両親や祖父母の布団にもぐり込んだ。無言のまま潜り込んでも、誰も咎めなかった。みんな、私が夜な夜なうなされているのを知っていたから。

記憶に残っている夢は、いくつもある。
たとえば──

……薄暗い部屋で、私はひとり、布団の中にいる。
豆電球のほの暗い灯りが、部屋をうっすらと照らしていた。空気はしんと静まり返っていて、音もない。
ふと横を向くと、そこにあったはずの和人形が、こちらに向かってゆっくりと歩いてきていた。
その人形は、雛人形のような艶やかな着物を着ていたと思う。けれど、動いているのに、足音は一切しない。
……音が吸い取られてしまったように。

怖い、というより、まずは信じられないという気持ちが強かった。
身体を起こそうとしても、指一本、動かすことができない。声も出ない。
そのくせ、人形だけはくっきりと見える。なぜか周囲の景色よりも鮮明で、異物のようだった。
枕元まで来たとき、ようやく目が覚めた。
けれど、そのときの心臓の音は、夢の中の静寂を破るにはあまりに生々しく、まだ夢の一部のようだった。

またあるときの夢では、自室の前の廊下に立っていた。
暗い。照明はついていなかった。
廊下の奥に、なにかがいた。
形の定まらない、漆黒の塊。……粘土細工のような、ぐずぐずした人型の影。
「どろにんぎょう」──当時流行っていたゲームのモンスターを思わせたが、それはもう少し「生きている」ようだった。
逃げようとしたが、身体が鉛のように重い。まるで水の中で動いているみたいに、四肢がもつれる。
声を上げようとした。

「わあああああ……」

出たのは、かすれた呻き声だった。

「んんぁ……ぁ、ぁ……」

足を動かすことができず、私はゆっくり、階段の方へ後退した。夢の中なのに汗が出る。
息が詰まる。
逃げ切った、と思った瞬間、現実に引き戻され、寝汗まみれで目を覚ました。

顔のない女の夢も、何度も見た。
──紙袋の絵だった。
母がどこかの展覧会で買ってきたもので、女の人の体は描かれているのに、顔だけが塗りつぶされたように真っ白なイラストだった。
なぜあんなものが家にあったのかはわからないが、私はそれがとても怖かった。
布団の中でふと目を覚ますと、部屋のカーテンが開いていて、そこに……あの顔のない女が、窓の外に浮かんでいた。
表情がない。眼も鼻も口もない。けれど、こっちを見ているとわかる。

女の手が、ゆっくりと私に向かって伸びてきた。
腕が窓ガラスをすり抜けるように入ってくる。
冷たい空気が指先に触れたような気がして、咄嗟に叫び声をあげた。

気づけば、両親が私の名前を呼んでいた。
けれどそのとき、私は──自分が布団の中で泣き叫んでいる姿を、真上から見下ろしていたような気がする。
夢だったのか?
それとも、ほんとうに「外」に出ていたのか。今でもその境界が曖昧なままだ。

あまりに悪夢ばかり続くので、あるとき、祖母に相談した。
祖母は、「ああ、それはねえ……」と、まるで味噌汁の出汁の話でもするような調子で言った。

「お腹に手を乗せて寝ると、怖い夢を見るよ」

思い返してみれば、たしかに私はいつも両手をお腹の上に重ねて眠っていた。
亡くなった人のように。ぴたりと、胸を押さえるように。
それをやめると、夢の頻度は不思議なくらい減っていった。
何かがすっと、身体から出ていったような感覚だった。

その頃から、少しずつ一人でも寝られるようになっていった。
祖母の知恵は、ちゃんと効いた。そう思った。

けれど──

中学に上がった頃、ふと思い立って、もう一度だけあの姿勢で寝てみた。
「お腹の上に両手を重ねる」。ただそれだけのこと。
……ほんの実験のつもりだった。あの頃の夢は、もう見ないと思っていた。

その夜、また「どろにんぎょう」が出てきた。
何年も会っていなかったはずなのに、影は私のすぐ傍にいた。
息を詰めた瞬間、夢の中であの頃の自分が、じっと私を見ていた。

……何も言わない。
ただ、見ていた。

翌朝、私は布団の中で冷や汗をかいていた。
心臓の音が、耳の中でずっと鳴っていた。

その話を、数人の友人にしてみた。
「面白い」とは言ってくれたが、「試したい」と言った人はひとりもいなかった。

……まあ、そうだろう。
夢の話など、所詮は夢の話だ。

ただ──もし、手軽に怖い思いをしてみたいと思ったら、
お腹の上に、手をそっと置いてみてほしい。

目を閉じて、深く深く沈んでいく時、
その夢の中で、あなたが本当に「一人」である保証はないのだから。

(了)

[出典:536:本当にあった怖い名無し:2013/11/21(木) 01:16:28.11 ID:DdQwFsQF0]

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