義姉が死んで、二年が経つ。
未だにその事実を受け入れられずにいる。あの人は、誰よりも私のことを理解してくれていたからだ。
兄と私は複雑な家庭に育った。両親は気まぐれに家を出て行き、帰ってくる時期も定かではなかった。私たちはそのたびに親戚の家を転々とさせられ、家族というものに期待することを早々に諦めていた。兄だけが、唯一の「家族」だった。
だから兄が結婚した時、私は少し不安だった。兄を奪われるような感覚があったのだ。しかし、義姉はそんな私を自然に受け入れてくれた。彼女と過ごすうちに、私にとっても本当の家族のように思えてきた。
そんな人が突然いなくなった。交通事故だったと後で聞かされたが、どうしても納得できなかった。大学を休学してまで塞ぎ込んでしまったのは、ただの喪失感だけではなかった。
暗い部屋でひとり考え込むうちに、ふと忘れていた記憶がよみがえった。子供の頃、東北の親戚に預けられていた時のことだ。
その村は老人ばかりで、私と兄はいつも二人きりで遊んでいた。遊び声をあげることさえ躊躇われるような、やけに静かな場所だった。そこへ一度だけ、若い女の人が現れた。
彼女は関西弁を話していた気がする。東北の村には不釣り合いな響きだった。私は幼くて無邪気に懐き、兄は最初こそ警戒したものの、やがて一緒に遊ぶようになった。
しかし不思議なのは、その日だけで二度と会えなかったこと。そして遊びの最中にふと「ごめんね」と口にすることだった。理由はなく、唐突に、謝る。幼い私でさえ、その言葉の響きに薄ら寒いものを覚えた。
それを思い出した時、胸の奥で何かが繋がった。
あの女の人と、義姉の姿が重なったのだ。
関西弁。面影。そして「謝る」口癖。
飛躍だと自分でも思った。しかし、どうしても否定できなかった。
さらに、義姉がまだ生きていた頃のことを思い出した。兄と付き合い始めた経緯を尋ねた時、彼女は「すごい勢いで口説かれて、そのまま流されたの」と笑って言っていた。だが私には信じがたかった。兄は他人に心を開かず、誰かを口説くような人間ではなかったからだ。
詳しく聞くと、兄は彼女に「前に会ったことがあるんじゃないか」としつこく尋ねていたという。もしかすると、兄もまた子供の頃のあの女の人を覚えていたのではないか。そう考えると、不気味な符合がいくつも浮かび上がってきた。
だがその推測に取り憑かれていたのは、ほんの数ヶ月だけだった。時が経ち、私は少しずつ立ち直った。兄も表面上は落ち着きを取り戻し、私も大学に復帰し、過去の記憶は再び曖昧な夢のように沈んでいった。
ところが二年後、再びあの出来事が私を揺さぶった。
ゴールデンウィークに兄と会った時、初めて義姉の最期の言葉を聞いた。
「先に死んじゃうなんて、○○ちゃんに申し訳ない。ちゃんと謝りたい」
それが彼女の口から出た最後の言葉だったらしい。
謝りたい。
その響きに、私は背筋が凍った。あの村で出会った女の人の声と、重なってしまったからだ。
義姉は優しかった。いつも私を気にかけ、孤独な私に寄り添ってくれた。だからこそ、幼い私と兄に会いに来てくれたのではないか。見捨てられた子供たちを心配して、未来から訪ねてきて、謝ったのではないか。
だがそんなことが本当にあるのだろうか。
時間を越えて姿を現すなんて、荒唐無稽だ。
それでも私の中で、可能性は消えない。むしろ、答えが増えて混乱が深まっている。
兄には言えない。友人にも話せない。けれど心の奥で確信してしまっている。
──義姉は、私たちの過去に現れていた。
そして、最期の瞬間にまで、私に「謝ろう」としてくれていた。
優しさが、時を越えて私を追いかけてきたのだ。
だが同時に考えてしまう。もしあの女の人が義姉そのものだったとしたら……あの時すでに、義姉は自分の死を知っていたのではないか。だから理由もなく「ごめんね」と言い続けていたのではないか。
あれは優しさではなく、未来の死から滲み出る影だったのではないか。
そう思うと、今でも夜眠れなくなる。
私にとって義姉は、生涯ただひとりの家族だった。
けれどあの時現れたのは、家族の顔をした、未来の死の使者だったのかもしれない。
……答えは出ないまま、今も私の胸の中で疼き続けている。
[出典:581 :あなたのうしろに名無しさんが……:02/05/27 01:02]