ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

父と河童 n+

更新日:

Sponsord Link

今になっても、あの夜の川面に浮かんだ光景を思い出すと、喉の奥がじりじり焼けるように渇いてくる。

父が酒に酔って口にした「河童」の話を、子供の頃の私は夢物語だと笑い飛ばしていた。だが、笑った舌の裏には、言葉にならない重苦しさがいつまでも張りついていたのだ。

父の一族が住むM町は、山と川に閉じ込められた小さな町だ。真ん中を流れるM川は、澄んでいるのに底を覗こうとすると泥色に濁って見える、不思議な川だった。私はそこに何度も遊びに行ったが、あの川の静けさは、町そのものが何かを隠しているように思わせた。

父はしばしば、河童の生態について細かく語った。
「甲羅なんぞ背負ってねえ。背中はワニみてえに硬ぇ鱗だ」「皿は犬の鼻みたいな粘っこい皮でな、渇くと動きが鈍くなる」……そんな調子だった。子供の私にすれば、妙に具体的すぎて気味が悪い。単なる怪談なら笑えるのに、父の声色には妙な確信があった。まるで隣家の子供の特徴を話すような調子で。

やがて私も小学六年になり、頭では「河童なんていない」と割り切るようになった。それでも正月に親戚の家へ行った折、酔った父が散歩に誘ったときには、胸の奥にざわつきを抱えたまま付いていった。

夜風に冷やされた酔気が父の頬を赤黒く染めていた。
川にかかる橋を渡るとき、父が不意に立ち止まり、上流に向かって大声をあげた。
「おーい! おおーい!」
橋の上を歩いていた数人の見知らぬ人々も振り返り、父の視線につられて川面を覗き込む。

胸から上を水面に出した影が、手を振り返していた。
月光に照らされた顔は、禿げ上がった円形の頭。指の間には水掻き。まさしく絵に描かれる河童の姿そのものだった。
私は息を呑んだが、周りの老婦人が「あら、珍しい」と小さく笑ったのがさらに恐ろしかった。誰一人、叫んで逃げようとはしない。

あれから三十年。私は縁あって再びM町に暮らしている。表向きはのどかな町で、夏には「がわっぱ祭」という祭が行われる。町の人々が踊り、仮装した子供達が川辺を練り歩く。しかし、あの祭の熱気の裏に、誰も語らぬ「本物」が潜んでいると私は知っている。

父が死ぬ前夜、病床で私の手を掴み、掠れた声でこう言った。
「いいか……河童は死ぬと干からびる。けどな、干からびたやつを、決して土に埋めるな」
理由を問おうとしたときには、もう父は息を引き取っていた。

不気味な確信を抱えたまま日々を過ごしていたある夏、川沿いを散歩していた私は、藪の陰に積まれた小さな筒袋を見つけた。縄で縛られたそれは乾いた皮のように見えた。恐る恐るほどいてみると、縮んだ人のような形をしていた。皿の痕跡のような凹みが、頭頂に黒ずんで残っていた。

私は袋を閉じ、再び縄で縛った。汗が止まらなかった。
その夜から、私の夢には必ず川の中の影が現れる。彼らは言葉を持たぬまま、私の枕元に立ち、粘りつく声で「お前、俺、返せ」と繰り返す。父の残した忠告の意味がようやく理解できた。

川は、いまも変わらず町を横切っている。昼は子供たちの遊び場だが、夜になると私には水面がざわめいて見える。あれは風ではない。彼らの手のひらが波を立てているのだ。
私は今日も見ぬふりをして通り過ぎる。けれど足音がふいに止まると、背後の水面から微かな声が追ってくる。

「俺 お前 返せ……」

[出典:840 :本当にあった怖い名無し:2009/08/22(土) 11:15:39 ID:JHpsKCxWO]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚, n+2025

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.