私が中学生のころのお話です。
674 名前:タズ 投稿日:2001/07/25(水) 20:56
当時、実家に住んでいた私は兄弟の部屋と離れ自分の部屋を好きに使っていました。
部屋を広く使おうと思い、隅に布団を敷き、枕元に自分で買ったはじめてのステレオを置いて、普段は布団にねっころがりながら耳元のスピーカーから音楽を聴いていました。
あのころは携帯もなく、実家では流行のコードレスフォンを導入し、私は夜になると自分の電話のように部屋に持ち込み、一日中友達と電話で話していました。
ある日、部活の事情で家族の外出に同行できなかった私は家で一人、いつもと同じように布団に横になって友達と電話をしていました。
部活の疲れが出たのか、友達と電話で話していて眠くなったので電話を切り、部屋の電気を消して眠りにつきました。
夜中に目がさめました。
季節はいつだったか覚えてません。
決して寝苦しくて起きたわけではないのですが、起きた瞬間に体が動かないこと、頭が割れるほど痛かったことを憶えています。
暗闇の中、数秒で「金縛りかな」という判断はできました。
その瞬間までは別に怖くはありませんでした。
ふっ…と目の前のコードレス電話の緑色の通話ランプが光るのが見えました。
電話を切るのを忘れてた?
違う、明らかについた瞬間を見た。
起きた拍子につけたわけでもなく、鳴ってないんですからかかってきた電話をとった訳でもない。
間もなく電話の発信音が聞こえてきました。
プゥーーーという音の中に何かボソ…ボソ…という音が聞こえます。
耳からは少し遠いので聞き取れません。
「グズッ、グズッ、」
「…してやれ。」
声…?
男の声…!
そう思うといきなり背筋に悪寒が走りました。
その瞬間、後頭部の方に位置する大きなスピーカーから
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ
というノイズの轟音が堰を切ったように溢れ出してきました。
体は動かない。
全身に汗が噴きだし、頭の中で
「嫌だ!嫌だ!」
と叫び、聞かないようにしても意識をそむけることができませんでした。
だんだんとその中に少しづつ声らしきものが漏れてくるのを聞き取れるようになりました。
AMとFMの局の雑音が混じったような音。
今でいえばダイヤルアップ接続する時のようなあの音。
その中に大勢の人の声が耳に入りこんでくるのです。
かろうじて聞きとれたのは
「ころして」
「くらい」
「きたよ」
「でたい」
「つめたい」
などの単語。
あとは読経のような抑揚のあるリズムの声。
体はガタガタ震えながらも熱く、満足に呼吸もできない状態でした。
「嫌だ!やめろ!」
頭の中でずっと叫びつづけていると、10秒ほどで雑音の中ではっきりと、一人の男の声が聞こえてきました。
「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」
「え?」
頭の中ではすぐに何を言いたいのかわからず、ただその言葉を反芻していました。
「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」
「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」
「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」
男の声は何度も何度も繰り返され耳元で怒鳴られているかのように頭に響きました。
私は頭が割れそうな中、精一杯の声を振り絞り
「やめてくれーーーー!」
と叫びました。
声になっていたかはわかりません。
が、その瞬間声は止み、体は動くようになりました。
急いで部屋の電気をつけようと体をゆすって起きようとするのですが頭の痛みが収まらず、なかなか立ち上がれませんでした。
思い出し、先程の言葉の意味を考えていると更に怖くなり涙が出てきました。
部屋に電気をつけ、カラダの震えがようやく収まってきた頃、
がたん。
部屋の階下で物音がしました。
家族が帰ってきたかも知れない。
夜中の話ではありましたが、期待感からそう思いました。
なんとか立ち上がり、重い木製の引き戸まで足を運びました。
不安と期待で迷いましたが確認するためには引き戸を開けるしかなかったんです。
恐怖で指先は震えていました。
ほんの少し、5ミリほど引き戸を開けると目の前の階段は電気がついており、
安心感から更に引き戸を開け、様子をうかがいながら少しずつ扉の外に出て行きました。
が。がり。
部屋で聞くよりも少しだけ音がよくわかります。
やはり下の会から聞こえてくる音でした。
ただ、実家の床は木製タイル、歩くときしむ音のように思えました。
部屋から完全に抜け出し、階段の下をうかがいましたが下の階は暗くてよく見えません。
人の気配がしたので階段を中腹まで下りてみると、ガリ、ガリ、ガリ、ガリとはっきりした音が聞こえてきました。
家族じゃないと気付いた時にはもう手遅れでした。
全身が再び神経剥き出しになるような感覚に襲われ、まだ終わってないんだということを強烈に思わされました。
そこには真っ黒な不透明(半透明?)の男が階段下の廊下に四つん這いになっている姿がありました。
がり。がり。がり。がり。
真っ黒な男は両手の指で一心不乱に床を掻き毟っているのです。
真っ黒なのでどこを向いているのかわかりませんが、上体を起こした時の仕草は確実にこちらを見ていました。
とにかくヤバイ!
早く部屋に戻りたい一心で階段を駆け上ろうとするとバタバタとその男が階段に近づいてくる音がしました。
振り返りたくはなかったので部屋に飛び込み引き戸を精一杯閉め、カギを掛けました。
音は何も聞こえなくなり、追いかけてきた気配は気のせいだったかもしれないと思い一息つき、引き戸に耳をつけて向こうの様子を伺おうとしたその時、戸を隔てたすぐ向こう側、数センチのところから聞こえてきました。
「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ!」
泣いているような声でした。
もちろん返事などできません。
じっと黙っていると向こう側でガリガリと再びその音は始まり、今度はずるずると階段を下りていきながら何時間も床を引っ掻いていました。
私はというと布団を抱え耳をふさぎ、その日は朝まで震えていました。
その後、その家ではしばらく一人になるのを避けつづけていました。