八年前の今頃、母が体験した、少し不思議な話を書いてみる。
お酒が絡んでいる話だから、正直どこまで本当なのかは怪しいけど、母の言葉を信じてそのまま語る。
その夜、母は職場の飲み会に参加していて、十時にお開きとなった。自宅まで歩いて帰ろうとしたものの、途中で気づいたら地面に倒れていたらしい。
場所は、大きな家の前庭のような敷地で、塀に囲まれた大きな木のそばだったという。母は驚いて飛び起きた。「酔っぱらって寝ちゃったのか?早く帰らなきゃ、明日は仕事だ!」と焦りながら、暗い田舎道をさまよい始めたそうだ。
少し進むと、飲み会で利用した店が目に入った。「これで方向がわかるかも」と扉を叩いてみたが、中には誰もいないし、灯りも消えていた。ここでようやく、靴も鞄も持っていないことに気づく。携帯すら手元にない。「手ぶらで歩いてるなんて……」と思いながら、帰り道を思い出そうとするが、酔いが回っているせいか見当がつかなかった。
さらに暗い道を歩き続け、電柱に目を向けてみると、そこに書かれた住所が見覚えのない地名だった。少なくとも、自宅周辺ではないことはわかった。進む先にはようやく集落のような民家が見えてきたが、引き戸を叩いて助けを求めても誰も出てこない。灯りすらつかないので、住人が怖がって出てこないのか、もしくは空き家なのかと考えたが、とにかくここで助けを得ることは無理だと判断して、また歩き続けることにした。
やがて街灯もない広い農道に出た母。歩きながら「誰か車で通らないか」と祈るような気持ちだった。そんなとき、後ろから静かに車が近づいてきた。黒っぽいワンボックスカーで、ウィンカーも出さずにスーッと母を追い越し、10メートルほど先で止まった。
「助かった!」と思い駆け寄ろうとしたが、何かが引っかかる。車の中を覗き込んでも真っ暗で、誰がいるのか全くわからないし、誰も降りてこない。「普通、声をかけたりするよね……?」と不審に思い、結局車には近づかないことにした。
母は昔から霊感があると言っていた。登校中や夜に「見える」ことがたまにあったらしい。このときも、「この車は普通じゃない、乗るべきじゃない」と直感的に感じたそうだ。そして少し距離を取って様子を伺うことにした。
その間もワンボックスカーからは何の反応もなかったが、運のいいことに次の車がすぐやってきた。これも田舎では珍しいことだ。車から降りてきたのは普通の男性で、母に「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。母はその言葉に安堵し、全身の力が抜けた。
その男性に家まで送ってもらうことになった母。車に乗り込むとき、ふと先ほどのワンボックスカーをもう一度見ると、やはり車内は真っ暗だった。男性もその車をちらりと見て、「あれ、あなたの車ですか?」と尋ねてきた。もちろん違う。どうやら幻覚ではなく、実際に道端に停まっていた車だったようだ。
自宅に着いたのは朝の四時。母がインターホンを何度も鳴らす音で目を覚ました自分は、最初「ヤバイやつが来たのか?」と警戒したが、聞き覚えのある母の声を聞いて慌てて鍵を開けた。玄関に入ってきた母は酒と嘔吐物、そして血の匂いをまとっていた。口を切って血だらけで、後日判明したことだが左の鎖骨も折れていたらしい。
母を送ってくれた男性には感謝の言葉を何度も伝えたが、名前を教えることもなく、さっと帰ってしまった。母は「本当にありがたい人だった」と何度も口にしていたが、なぜかその人は、ボロボロの母を見ても特に驚いた様子はなく、終始落ち着いていたという。
当時、高校生だった自分は、霊感のある母の話に「もしかして、あのワンボックスカーは"お迎え"だったんじゃ……?」と妙に怖くなったりもしたが、結局母はその後も普通に元気に暮らしている。
後日談として、なくした鞄と靴は無事に見つかった。鞄には給与明細が入っていて、職場の電話番号から連絡があったという。ただ、メガネだけは見つからなかった。たぶん転んだときにどこかへ落としたのだろう。
名前も告げずに去っていったあの男性、今でも考えるたびに「不思議な人だったな」と思う。普通なら警察を呼びそうな場面でも、彼は静かに助けてくれた。そして、あの黒いワンボックスカー……本当にただの車だったのか、それとも何か別の存在だったのか、謎は残ったままだ。
(了)
[出典:489 :本当にあった怖い名無し:2016/06/27(月) 21:00:24.30 ID:HXjDqC9k0.net]