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【遠州七不思議幻】突然現れる池 r+1,887

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地元の山に「突然現れる池」があるらしい。

そう言うと、誰もが首を傾げる。だが、俺は確かに子供の頃、その池を目にした。

まだ小学生だった頃、父親に手を引かれ、登山道から少し外れた林の奥でそれを見た。鬱蒼とした木々の間に、不自然なほど大きな水溜まりが広がっていたのだ。山の中で、水脈も川もない場所に突然池がある。それは静まり返っていて、鏡のように木漏れ日を映していた。妙に冷たい風が吹いていたのを覚えている。

あれから二十年以上経つ。

先日、法事で地元に帰ったとき、叔父と世間話をしていて、その山の名前が出た。池の記憶がふっと蘇り、思わず「子供の頃、親父と見に行った」と言った。ところが叔父は一瞬言葉を詰まらせ、変な顔をした。

「そんなもん、あの山にあったか?」

母に聞いてみても知らないと言う。兄や妹にも話したが、みんな「知らない」と首を振るだけだった。父はもう他界しているから、確認のしようがない。

「新聞にも載ってたんだよ。親父と一緒に行ったんだ」

必死にそう訴えても、誰も取り合わない。あまりに変だと思い、昔の同級生に聞いてみることにした。ちょうど祭りの宵宮があって、詰所に顔を出せば懐かしい連中に会えるはずだった。

夜、太鼓や笛の音が賑やかに響く詰所に入ると、かつての同級生たちが酔いながら笑っていた。久しぶりに昔のあだ名で呼ばれて、少し気恥ずかしい気持ちになった。酒を飲まされ、近況を語り合ううち、酔いも回ってきた。

そこで、ふと思い出して例の池の話を切り出した。

「なあ、昔さ、山の途中に池が出るって……」

すると一人が、思い出したように声を上げた。

「ああ……そういやあったな」
「今はもう現れねえのか?」
「全然聞かねえな」

やっと共感してくれる声を聞き、胸が少し軽くなった。さらに区長に酒を注ぎに行くと、老人は杯を受けながら呟いた。

「あれか……昔は何年ごとに現れるなんて言われたもんだ。気候も変わったからな。こんなに暑くはなかったろう」

やはり幻ではなかった。そう確信した俺は、翌日その山へ行ってみようと決めた。

翌朝、朝食をとりながら「池のことは夢じゃなかった」と家族に話した。すると、昨日は不在だった祖母が静かに言った。

「知ってるよ……あそこには昔から気味の悪い話があるんだ」

「じゃあ、今日一人で行ってみる」そう言った途端、祖母の顔色が変わった。

「やめなさい。危ないよ」

強く制止されたが、俺は「友達と行くから」と嘘をつき、その場をやり過ごした。だが結局、山に向かったのは俺一人だった。

登山口の駐車場に着くと、車は一台もなく、曇り空の下は薄暗く静まり返っていた。登山道を登るにつれ、木々が密になり、汗が背中を冷やす。二十分ほど登ったところで、思わず足を止めた。

林の奥に、猟銃を抱えた男が立っていたのだ。

男は周囲をうかがいながら、藪の中へと消えていった。俺はとっさに木の陰に身を隠した。心臓がうるさいほど鳴っている。銃声が響くのではないかと、背中に冷たい汗が流れた。

「こんな場所で……本当に猟か……?」

恐ろしくなり、これ以上登る気力を失った。引き返し、家族には「場所が分からなかった」と嘘をついた。祖母は安堵の息をつき「無事でよかった。あそこは気持ち悪い噂もあるんだから」と呟いた。

その夜、俺は夢を見た。

暗い林の中、湿った土の匂い。目の前に池がある。水面は月を映し、冷ややかに光っていた。隣には白いワイシャツ姿の父が立っている。亡くなったはずの父だ。

ふたりで黙って池を眺めている。その背後、木立の陰に人影があった。銃を構えた男が、こちらをじっと覗いていた。

銃口がこちらを向いた瞬間、胸の奥が凍りつき、飛び起きた。汗でシーツは濡れていた。

あれから眠れずにいる。

池のことを話しても、今ではもう誰も信じてくれない。だが、俺の目には確かに映った。子供の頃、父と見たあの池も、そして夢の中で見た父の背中も。

あの男は……一体誰なのか。なぜ俺を見ていたのか。

あれ以来、夜になると窓の外に黒い影を感じる。気のせいだと思いたい。だが、ときおりガラスに映る自分の背後、林の中にいたあの銃を持った男が立っているように見える。

もし次に池が現れたとき、俺はまたそこへ行ってしまうのだろうか。父に会うためか、それとも……。

[出典:http://www.harubow.com/album/koshonodensetu/KOSHO/30.html]

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