午前一時、私は七階建ての貸しビルで夜間警備の見回りを終え、警備室に戻った。
エレベーターは一台だけ。各階のエレベーター前には監視カメラがあり、集中モニターで常時確認できる。非常階段は外にあるが、各階の扉は内側から施錠されていて外からは開かない。
その夜は小高さんと二人勤務だった。
「四階の映像、暗くないか?」
言われてモニターを見ると、四階だけが黒く潰れていた。照明切れというより、映像そのものが塗りつぶされている。
「俺、見てくる」
小高さんが出ていく。私は日誌を書き始めた。
しばらくして、ふと視線を戻すと、四階だけでなく一階と七階の映像も黒くなっていた。三か所同時に。
カメラの不具合だと思い、私も四階へ向かった。エレベーターは途中停止せずに上がる。四階の照明は点いていた。廊下も異常はない。だが小高さんがいない。
非常扉は内側からしか開かない。鍵もかかっている。
一階に戻ると、小高さんが警備室にいた。
「四階、異常なし。カメラだな」
「さっき行ったんですよ。いませんでしたよ」
「型番見るから脚立持ってきてくれ」
私はエレベーターに乗ったが、扉が閉まる直前で手を差し込み、降りた。カメラは高い位置だ。脚立がいる。
警備室に戻ると、小高さんはいない。
脚立を持ったまま、違和感が形を持った。
さっき四階に行ったとき、なぜエレベーターで会わなかった?
このビルのエレベーターは一台だけだ。
外から非常階段で入ることもできない。
警備室の外で足音が止まった。
ガチャ。
ドンドン。
扉が震える。
「小高さんですか」
返事はない。
ドンドン。
「小高さんですか」
答えない。
私は鍵をかけ、体で扉を押さえた。モニターを見る。一階、四階、七階が黒い。
ドンドン。
衝撃が続く。
天井近くの明かり取りの窓に目が向いた。机に乗れば外に出られるかもしれない。
扉の揺れが一瞬止まった隙に、机に飛び乗り、窓を押し上げた。
すぐ目の前に顔があった。
女だった。
窓の高さは天井近い。地面からは到底届かない位置だ。それでも顔は至近距離にあった。両目の焦点が揃っていない。首が少し、傾いているというより、折れているように見えた。
視界が暗くなった。
目を覚ますと、警備室のソファだった。昼勤の二人が立っている。
私は机の上で倒れていたらしい。扉は閉まっていた。
「小高は?」
その一言で、夜の記憶が戻った。
モニターを巻き戻してもらう。
一時ちょうど、私が見回りから戻る。四階の映像は正常だ。小高さんが警備室から出る。エレベーターで四階へ。
四階の扉が開く。
小高さんの背後、画面の端に何かが映る。
白いもの。
次の瞬間、はっきりする。女だ。背中に重なるように立っている。いや、触れている。腕が肩にかかっている。
小高さんは気付いていない。
エレベーターに戻る。女も一緒に入る。
だが次に映ったのは一階ではない。七階だ。
七階のエレベーター前で、小高さんはふらついている。背に女を負ったまま、非常扉の方へ向かう。
扉を開ける。
外に出る。
女を背負ったまま。
同時刻、四階には私が映っている。小高さんを探している。
時間が重なっている。
やがて一階の非常扉の奥から、小高さんが歩いてくる。背後には何もいない。
警備室の前で扉を叩く。
何度も。
助けを求めるように。
だが七階で外に出たはずだ。
非常階段を上がると、二階のせり出した部分に小高さんが倒れていた。
七階の手すりに指紋があった。
それだけだった。
私は警備を辞めた。
あのビルは今も営業している。監視カメラは最新型に交換されたらしい。
だが映像の記録媒体は、交換前のものも一定期間保管されていると聞いた。
あの夜、一時から数分間。
四階、一階、七階の映像が黒く潰れている時間帯がある。
原因は機器の不具合と報告されている。
私はあの黒い画面の中に、何が立っていたのか、確かめていない。
確かめない方がいいと、今も思っている。
(了)