この話は、私がまだ大学生の頃、とある七階建ての貸しビルで夜間警備員のバイトをしていた時の話です。
そのビルは、警備室が一階の正面玄関脇にあり、各階のエレベーター前に監視カメラが付いていて、警備室の集中モニターで監視するシステムになっていました。
主な仕事の内容は、モニターの監視と定時の各階の見回りです。
その夜は三十代の小高さんと二人で勤務していました。
私が午前一時の見回りを終えて警備室に戻ってくると、小高さんがモニターを凝視しながらいいました。
「四階のモニターが真っ暗なんだよね。エレベーター前の照明切れてた?」
「あれ、ほんとだ。照明切れてる階はありませんでしたけど……」
夜間は店舗の照明は落としてますが、監視の為にエレベーター前の照明だけつけています。
「俺ちょっと見てくるわ」
小高さんは警備室を出ていきました。
私は変だなと思いながらも、特に深く考えず、椅子に座って見回りの日誌を書き始めました。
日誌を書き終えた頃、ふとモニターに目をやると、四階のモニターが真っ暗……というより、真っ黒になっていました。
これは照明が切れているというより、監視カメラ自体の故障だと思い、小高さんに知らせる為に私も警備室を出ました。
エレベーターで四階に着くと、エレベーター前の照明はついていました。
やっぱり監視カメラだなと思いながら辺りを見まわしましたが、小高さんが居ません。
小高さんを呼びながら廊下を歩いて非常トビラまで行きましたが居ませんでした。
店舗は全て施錠しているので入れません。
おかしいなと思いながらエレベーターに乗って一階に戻りました。
警備室に戻ると小高さんが居ました。
「四階の照明切れてなかったわ。監視カメラの故障だな。お前どこ行ってたんだ?」
「それを伝えに四階行ったんですよ!小高さんこそどこに行ってたんですか!?」
「わりぃわりぃ、業者に修理依頼出すのに監視カメラの型式番号いるな。ちょっと見てきてくれ」
「分かりましたよ……」
警備室を出てエレベーターに乗りこみ、四階のボタンを押す。
トビラが閉まる直前で慌てて手を入れエレベーターから出ました。
監視カメラは天井近くの壁に付いているので脚立がいる。
警備室に脚立を取りに戻りました。
再び警備室に戻るとまた小高さんが居ない……
まったくあの人はしょうがないなと思いながら、脚立を取って警備室から出ようとした時、ある事に気付きました。
さっき小高さんを探しに四階に行った時に……何で途中で会わなかったんだ……?
このビルのエレベーターは一台だけです。
外に非常階段がありますが、各階の非常トビラは内側から施錠するタイプで外からは絶対開けられません。
疑問が恐怖に変わっていきました。
脚立を持ったまま固まっていると、警備室の外から足音が聞こえてきました。
私は咄嗟に鍵を閉めました。
ガチャ……ガチャガチャガチャ……ドンドン……
「すいません!小高さんですか!?」
ガチャガチャ……ガチャガチャ……ドンドン……ドンッ!
「すいません!ごめんなさい!小高さんですか!?小高さんですか!?こたえてください!」
ドンドン……ドンドン……ガチャガチャ……ドンッ!ドンッ!
小高さんではない……
まずい……どうする……
蹴っているのか、衝撃の度にトビラが歪みます。私は体でトビラを押さえました。
モニターを見ると、一階、四階、七階のモニターが真っ黒になっていました。
どうなってるんだ……
私は半泣きになりながら、今にも蹴破られそうな衝撃を体で押さえていました。
警察呼んでも来るまでトビラがもたない……逃げるしかない……
天井近くの壁に明かり取りの窓がある……
机に乗って何とか窓から外に出れる……
タイミングを見ながらトビラから離れ、一気に机に飛び乗り、窓を開けました。
しかし窓の外に見たものは……
血だらけの女の顔。
両目がおかしな方向を向いている。眼球が飛び出ていたのかもしれない。
天井近くの窓なのに浮いているのか、至近距離で見てしまった。
視界に黒い点が増えていき、やがて真っ黒になりました。
気絶したんだと思います。
遠くで自分の名前を呼んでる声が聞こえました。
気が付くと、警備室のソファーの上でした。
昼勤の宮沢さん、中村さんが私の顔を覗き込んでました。
「おいっ!大丈夫か!?どうした!?何があった!?」
「救急車呼ぶか!?」
「いえ……大丈夫です。すいません……」
意識が朦朧とした中、話を聞きました。
朝二人が出勤してきたら正面玄関が施錠されていたので、鍵を開け、警備室のトビラも閉まっていたので不審に思いながら鍵を開けると、私が机の上で倒れていたそうです。
中村さんが「小高はどこにいる?どこに行った?」
その言葉で我に返り、説明しました。
小高さんか分からなかったのでトビラを開けなかったと。
中村さん「小高か分からなかったって、モニター見ればいいだろ?」
モニターに目をやると、各階綺麗に映っていました。
そんなはずない……
確かに一階、四階、七階のモニターが真っ黒になっていたはずだ……
「すいません、モニターを戻してくれませんか?」
巻き戻っていくモニターを見ながら、真っ黒の部分が出てくるのを待ちました。
宮沢さんが「止めろ!……おい……これ……小高じゃないか!」
警備室外でトビラを叩いていたのは確かに小高さんでした。
「何度も聞いたんです!小高さんですかって!でも全く返事が無かったから……」
「しかし何で小高は鍵開けないんだ?持ってるだろ?」
「おい!これなんだ!?」
中村さんがモニターを指差す部分、廊下奥の非常トビラの方から、警備室トビラを叩く小高さんの後方に、カクンカクンと近付いてくる影。
その影が小高さんの背後まで来ると、照明に照らされて、それが女だと分かりました。
ただ、首や手足の関節が有り得ない方向を向いていました。
私が対面した女はこれだと確信しました。
小高さんは全く気付く感じも無く、ただひたすらトビラを叩いていました。
女は小高さんにおぶさるように抱き着くと、そのまま二人とも消えてしまいました。
宮沢さんがつぶやく
「……連れて行かれた……」
「おい!なんだよこれ!?どうすんだよ!?警察呼ぶか!?」
と中村さん。
「すいません!モニターを一時まで戻してください!」
私はどうしても確かめたい事がありました。
モニターには一時の各階の映像がでています。
ちょうど見回りをしている私が映っていました。見回りを終え警備室に戻る私。
おかしい……四階モニターは綺麗に映ってる……
しばらくすると警備室から小高さんが出てきました。
四階を見てくるって出て行った時だ……
一階エレベーターに乗りトビラが閉まる。
四階エレベーターのトビラが開き、出てくる小高さんの後ろにさっきの女。
照明を見たり、監視カメラの方を見る小高さん。
後ろにいる……背負っている……小高さん気付いてないのか?
再びエレベーターに乗る小高さん。女も一緒に。
次に小高さんがモニターに映ったのは一階エレベーター前ではなく、何故か七階エレベーター前。
今度は明らかに様子がおかしい。
女を背負いながら、フラフラと、モニター奥の非常トビラの方へ。
非常トビラの鍵を開け、外に出ました。女を背負ったまま。
ちょうどその頃、私が四階モニターに映っていました。
小高さんを探して、見つからず警備室に戻る私。
この時、私が話した小高さんは誰だったんだろう……
しばらくして警備室から出てくる私。
エレベーターに乗って、慌てておりて、脚立を取りに警備室に戻る私。
しばらくすると、一階モニター奥の非常トビラの方から小高さんがフラフラ歩いてきました。
外から開けられないのに……どうやって入ったんだ?
小高さんは警備室前までくると、必死にトビラを叩いていました。
何かに追われているように、必死に助けを求めているように見えました。
「おい!非常階段見に行くぞ!」
三人で一階非常トビラを開け、外に出ましたが小高さんは居ない。
「七階まで上がるぞ!」
非常階段をあがっていくと、四階くらいで宮沢さんが急に立ち止まり、下を覗き込みました。
そして下を指差しました。
小高さんが居ました。
二階の一部せり出した部分に、変わり果てた小高さんが横たわっていました……
その日、警察の現場検証が行われました。
七階非常階段の手すりから、乗り越えた時に付いたであろう小高さんの指紋と、靴跡が出ました。
私がモニターを見せながら説明していると、警察の方はどうも自殺のような処理に持っていくので尋ねました。
「あの?この女が突き落としたと考えないんですか?もしかして見えてませんか?」
「ああ、これね。こんなにはっきり映ってるのは珍しいんだけどね。よっぽど怨みが強かったのかね……。でも明らかに生きてる人間じゃないでしょ?捕まえようが無いし」
警察から解放された時には既にその日の夜勤の人が出勤してきていました。
一通り引き継ぎを終え、宮沢さんと二人でビルを出ました。
宮沢さん「お疲れのところ悪いんだけど……少しつきあってくれないか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
近くの居酒屋に入り、軽く飲んだ後、宮沢さんが話し始めました。
小高さんと宮沢さんは、今の警備会社に勤める前も同じ職場に居たそうです。
実はあのビルの四階に、以前二人が勤めていた会社の事務所があったそうです。
当時のある朝、宮沢さんが出勤してくると、給湯室で揉めている小高さんと事務員を見つけたそうです。
小高さんは結婚していて奥さんが居ましたが、その事務員と不倫関係にあったそうです。
事務員は宮沢さんの顔を見ると給湯室から飛び出して行きました。
ところが朝礼時間になっても、その事務員の姿がなく、朝に顔を見ていた他の社員達も不審に思い、全員で探したそうです。
ちょうど二階の一部せり出した部分で、小高さんが死んでいた同じ場所で、直視出来ないくらいの惨状だったそうです。
七階からの飛び降り自殺でした。
しばらくして、小高さんの奥さんは事故で亡くなりました。
みんな口には出しませんでしたが、誰もが事務員の怨念だと思ったそうです。
その後、不況の煽りで会社は倒産、宮沢さんはこのビルの警備会社に知り合いが居たので、小高さんを誘って、二人で警備員になったそうです。
宮沢さんはそこまで話すと、一息ついて、自分を責めるように言いました。
「俺が警備員に誘わなければ……小高は死ななかったかもな……」
「そんな事言わないでください。そんな事言ったら、私は必死に助けを求めていた小高さんを見殺しにしたんですよ?」
「いや、あの時、お前はトビラを開けなくてよかったんだよ。モニター見ただろ。あの時、トビラの外に居たのは生きてる小高じゃなかったんだぞ。もしもトビラを開けていたら、お前は小高の魂と一緒にあいつ(事務員)に連れて行かれたぞ」
私は背筋が凍りました。
宮沢さんは深く溜め息をついた後、再び話し出しました。
「それにしても、女の怨みは凄まじいな……。小高のカミさんを殺して、小高まで自分と同じように殺したのに……。それでも怒りがおさまらず、逃げ惑う小高の魂までも追い回すなんて……やっぱり連れて行かれたんだな……小高は俺のことを怨んでるかもな……」
私はすぐに警備員のバイトを辞めました。
宮沢さんもそのうち辞めると言っていましたが、その後は分かりません。
しばらくして、一度気になって宮沢さんの携帯に電話してみましたが、現在使われていませんとのガイダンスでした。
無事で居てくれてればいいのですが……
(了)