ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 山にまつわる怖い話 n+2026

咲いている場所 nc+

更新日:

Sponsord Link

日中の陽だまりが、まだ斜面に残っていた。

藤の木が大きく枝を広げ、薄紫の花房がいくつも垂れ下がっている。風もないのに、花はわずかに揺れ、宙に浮いているように見えた。斜面はそのまま静かな淵へ落ち込み、水面は光を拒むように黒く沈んでいる。妙に穏やかで、しかし逃げ道のない空間だった。

夕方だった。今夜の寝床を決める時間だ。
行き当たりばったりで山を歩いていると、気持ちのいい場所は驚くほど少ない。だからこそ、この場所に足が止まった。藤の下に立った瞬間、身体の奥が静かにほどける感覚があった。

風が吹いた。
木漏れ日が砕け、光の粒が花房に触れた。その一瞬、藤の花が透き通り、内側から膨らんだように見えた。甘い香りが散り、笑い声のような気配がした。
花に顔などない。それは分かっている。だが、藤の木全体が、確かに歓喜していた。

そのとき、違和感が遅れてやってきた。
あまりにも自然に受け入れている自分に、気づいたのだ。

「ねえ、ここで咲こうよ」
足元から、子供の声がした。

「ぼくはもう、十年も咲いてるんだ」
声は増え、重なり、花房の奥から滲み出してくる。

「淵に入ればね、来年から咲けるよ」

水面を見た。
そこには何も映らない。ただ、黒い。深さの見えない黒だった。
それでも、不思議と恐怖はなかった。ここで藤の花として毎年咲く。そう考えることが、ひどく自然に思えた。

風が斜面を抜け、光が消え、日が落ちた。
気づけば、足元にテントを張っていた。いつの間に決めたのかは思い出せない。

夜のあいだ、藤は何も語らなかった。
ただ、何かが静かに数を数えている気配だけがあった。

朝になり、私は立ち上がった。
「いつか、本当に咲きたくなったら、また来るよ」
そう口にした瞬間、その言葉が、以前にもここで発せられたものだと理解した。

藤の花は揺れなかった。
ただ、花房のいくつかが、もう十年以上そこにあったような色をしていた。

[出典:586 :全裸隊 ◆CH99uyNUDE :2005/05/23(月) 06:32:49 ID:fBqbyjb30]

📚 この怪談の続きは、Kindleで

伝聞怪談コンプリート合冊

サイト未公開の話を多数収録。Kindle Unlimitedなら追加料金なしで読み放題。

【合冊版】558ページ・100円のお得セットあり

伝聞怪談1 伝聞怪談2 既刊6冊

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, 山にまつわる怖い話, n+2026

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.